第4話 如何なる能力を駆使してでも邪魔を排する③
凜花たちがファストフード店を後にしてから、更に三十分程が過ぎた頃。
先程と同じ店の同じ席に、項垂れる三人の姿があった。
「ダメでしたね……」
「ダメだったわね……」
「ダメじゃったの……」
彼女らの顔は、等しく暗い。
「ユートの友人が近づいてくるのを防いだとこまでは良かったんじゃがの……」
「亜衣さんの警告のおかげで、先んじて《
「居眠りトラックにも対応出来たしのぅ……」
「《ゲート》で空井を助手席に送って、夢に割り込んで急ブレーキかけさせたからね……」
「突如イナゴの群れが飛来してきた時は肝を冷やしたもんじゃが……」
「《
「いきなり空間を突き破って次元怪獣が現れた時はもうダメかと思うたが……」
「咄嗟に《ゲート》で足止めしてる間に《
そこで全員、溜め息を吐く。
『まさか、地震に邪魔されるとは……』
三人の声が重なった。
「いくらなんでも、大地相手に《
「地球ごと《ゲート》にぶっ込んでも意味ないしね……」
「ユートの奴、倒れてきた色んなもんに巻き込まれとったの……」
これまた三人揃って、苦笑を浮かべる。
「……ところでさ」
ふと、亜衣がミコをジト目で見た。
「ミコ、アンタ今回結局何もしてないわよね」
「仕方なかろう、妾の《ユニヴァース》はほぼ攻撃特化じゃ。罪もない一般人や野良次元怪獣を傷付けるわけにもいくまいて」
怯んだ様子もなく、肩をすくめるミコ。
「にしても、イナゴくらいどうとでも出来たでしょうに」
「校舎ごと焼き尽くしても構わんならやってもよかったが」
「ミコさん、手加減苦手ですもんね……」
しれっと言ってのけるミコに、凜花が苦笑を浮かべる。
「……はぁっ」
そこで、亜衣が大きく息を吐いた。
「って、ごめん。八つ当たりだったわね」
「構わぬよ」
頭を下げた亜衣に、ミコは鷹揚に頷いて見せる。
「素直に謝ることが出来るのは、汝の数多い美点の一つじゃな」
微笑んで見せるミコに、亜衣も小さく笑みを返した。
少し、場の空気が弛緩する。
「ま、確かにああいう場面はアタシや空井の方が向いてるわよね。特に空井なんて、対人特化っていうか、生物特……化……」
肩の力を抜いて話している途中で、亜衣は考え込むように言葉を切った。
「……ってかさ」
何か思いついたような表情で、凜花に目を向ける。
「よく考えたら、端から天条自身に《
「ふっ……」
亜衣の問いに対して、凜花は遠い目となって口元に笑みを浮かべた。
しかし、それも一瞬のこと。
「そんなことが! 出来るなら! とっくにやってます!」
一転、般若の如き形相となった凜花がガン! と机を叩く。
「でも! 悠人くんの《
ガン! ガン! ガン!
ファーストフード店のお世辞にも丈夫とは言えないテーブルが若干傾いた。
「そ、そういやそうだっけ……」
自身も思い出したらしい亜衣が、「しまった」とでも言いたげに頬をヒクつかせる。
「そうなんですよぉ!」
凜花、嘆きの叫びが店内に響き渡った。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ空井……」
店内の注目を集めまくる凜花を宥めようと、亜衣が恐る恐ると凜花へと手を伸ばす。
「これが! 落ち着いて! いられますか!」
しかし、言葉通り一向に落ち着く様子を見せない凜花。
「一番声を届けたい相手に届けられない力なんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 虚しいだけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ついには獅子舞の如く激しく頭を振り始めた。
「あー……地雷踏んじゃったかー……」
半端に手を伸ばしたまま苦笑を浮かべる亜衣の肩に手を置き、ミコがそっと首を横に振る。
処置なし、ということだろう。
「つーか空井ってさ、昔はこんなんじゃなかったわよね……? なんていうか、おしとやかで、常識人で、ストッパー役で……有り体に言うと、ツッコミ枠っていうか……」
もう凜花を止めるのは諦めたのか、亜衣は誰にともなくそんな疑問の声を上げる。
「そんなものは! とっくに! 亜衣さんに譲ってます!」
「譲られた覚えないし譲られても困るんだけど!?」
どうやら周りの声も聞こえてはいるらしい凜花──獅子舞ヘッドンバンギング継続中──の返答に、亜衣も思わずといった様子で叫んだ。
今や、彼女たちは店内の注目を一身に集めている。
「まぁそれはともかく、じゃな」
ミコが、周りの視線など意に介した様子もなく口を挟む。
宇宙を統べる大帝国の王女たる彼女は、大衆の視線など文字通り産まれた時から慣れっこなのである。
「話を戻さんか? 今は、過去や出来ぬ事を嘆いておる時ではあるまい」
「そ、そうね……」
「すみません、取り乱しました……」
最年少のミコに諭され、顔を赤くした亜衣と凜花が浮いていた腰を落ち着けた。
「では引き続き、如何に邪魔を排除するかについてじゃが……」
「それなんだけどさ」
表情を改めた亜衣が手を上げる。
「最終的に、邪魔が入ったら排除するしかないのは仕方ないにしても……やっぱ、最初から邪魔の入りにくい環境を選ぶっていうのは結構重要じゃない? 全部は無理でも、候補が減るだけでも楽にはなると思うの」
「確かに、それはそうですね。安易にまた学校を舞台に選んでしまったのが、そもそも甘かったということですか」
こちらも表情を改めた凜花が頷いた。
「ふむ、そうなると……例えば、無人島なんかはどうじゃ?」
「教室よりはだいぶマシだろうけど……」
「今度は落ちてくる飛行機とかに注意が必要ですかね。あと、津波の可能性も……」
既に散々苦渋を味わってきている三人は、慎重な態度で検討を進める。
「ならば、どの航路も通っておらぬ島を選べばどうじゃろか? 津波の方は、アイの《ゲート》でどうにかならんか?」
「うーん、それ自体は大丈夫だと思うけど……それ以前に、そんな島までどうやって天条を連れ出すわけ?」
「そんなもん、それこそ汝の《ゲート》で……あぁ」
言葉の途中で何かに気付いたようで、ミコは納得の声を上げた。
「そういえば、汝の《ゲート》もユートの周囲では無効なんじゃったか」
「そ。天条の《
言って、亜衣が肩をすくめる。
亜衣の《旅人》と同様、悠人も《癒人》という体質を持っている。
その性質は、空間の傷を修復するというもの。
こちらは悠人の意思にてオフにすることも出来ないため、結果的に悠人の周囲では《ゲート》が開けなくなる。
正確に言えば、開けた端から《癒人》に修復され《ゲート》が閉じてしまうのだ。
「であれば、妾のハイパー・プリンセス号で行けばよい」
「あぁ、あの壊滅的な名前とデザインの宇宙船ね……」
「あれが宇宙では最新トレンドじゃぞ?」
亜衣の失笑に対して気分を害した様子もなく、ミコは鷹揚に笑った。
ちなみにミコ所有の宇宙船たるハイパー・プリンセス号の外観は流線型の先進的な形状をしており、色合いはどぎついピンク一色である。
「つーか宇宙船って、大気圏内の移動も出来るもんなの?」
「何を言うておる、前に南米までユートを追った時に汝も乗ったじゃろうに」
「あー……そういや、そうだっけ……」
記憶を引き出すように、亜衣は宙に視線を彷徨わせた。
「あの時は緊急事態だったので気に留めてませんでしたけど、今思えばよくUFO騒ぎになりませんでしたね……」
傍らで、凜花が苦笑気味に笑う。
「ハイパー・プリンセス号が、地球の機器如きに観測されるものか。無論光学迷彩も完備しておるで、肉眼で捉えることも不可能じゃ」
そう言って、ミコは自慢気に胸を張った。
「………………ん? ちょっと待って?」
何かに引っ掛かりを覚えたような表情で、亜衣が軽く手を上げる。
「アンタのハイプリ号って、確か運転手とか必要なかったわよね?」
「その略称が妾のハイパー・プリンセス号を指すとすれば、その通りじゃ」
「そんで、外からは誰も観測出来ない……と」
「うむ。宇宙広しといえど、ハイパー・プリンセス号を観測出来得る存在なぞ片手で数えられよう」
ミコの表情に、更に得意気な色が増す。
「と、なると……」
顎に指を当てて、考える仕草を取る亜衣。
「……告白場所、むしろその中がちょうど良んじゃない?」
『……おぉ』
次いで挙げられた提案に、凜花とミコ、二人が同時に手を打った。
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