第5話 如何なる騒音を受難してでも肉声を届ける①

「これより、天条悠人攻略会議を始めます」


 分厚い暗幕で日の光が遮られた薄暗い会議室に、その声は静かに響いた。


 室内にいるのは、三人の少女だ。


「ミコ、アンタもうこっち来て大丈夫なの?」


 ミコに疑問の視線を向ける、出雲亜衣。


「言うて妾も、所詮は『次期王女』でしかないからの。出来ることもそう多くはないし、一週間も手伝ってやっただけで十分じゃ」


 それに対して鷹揚に頷いて見せる、ミコ・プリンセス・ユニヴァース。


「お二人とも! そんなことより! 天条悠人攻略会議です!」


 そして、そう言ってバンバンと机を叩く空井凜花である。


「そんなことってアンタ、一応宇宙戦争よ?」


 亜衣が言及しているのは、二週間前の告白チャレンジから発展した一連の騒動についてである。


 最初はキャプテン・スカルとの個人的な戦闘だったはずが、周囲の星にも戦いの余波が及び、報復が更に被害を拡大させ、便乗して利を得ようとする星々も参加し始め、最終的に宇宙全域を巻き込む大戦争にまで発展したのである。


「女の子にとっては、宇宙の命運なんかより恋の行方の方が大事でしょう!」


 宇宙を巡る壮大な争いを、凜花はそんな言葉で斬って捨てた。


「うむ、然り」


 ミコが同意の声と共に頷く。


「いやまぁ、一番の当事者がそう言うなら別にいいけどさ……」


 亜衣は軽く肩をすくめた。


 なお宇宙戦争そのものは奇跡的に一週間で終結を迎えたものの、ミコはユニヴァース帝国次期女王としての事後処理で更に一週間拘束されていたため、今日が二週間ぶりの登校である。


「当事者といえば、教室で話したがユートの奴も元気そうじゃったの」


「結局、今回も二日入院しただけだったしね」


「はっはっ、全身複雑骨折した上に生身で宇宙に放り出され、挙句そのまま恒星に突っ込んだ結果とは思えんの」


「どんどん人間離れしていくわよね……」


 ミコが快活に、亜衣が苦笑気味に笑った。


「だから、その悠人くんを攻略する会議を始めるのです! さぁ、ハリーハリーハリー!」


 興奮した様子で、凜花が捲し立てる。


「いや、何をそんな急ぐことがあんのよ……」


 それに対する亜衣の表情は、呆れの色を宿していた。


「二週間も事態が停滞しているんですよ!? 急ぐのは当然です!」


 必死の形相で机を叩く凜花とは、かなりの温度差があると言えよう。


「つーかアンタに関してはもう十年以上停滞してんだから、今更二週間程度は誤差なんじゃないの?」


「ギャフン!」


 言葉が実際に刺さったかのように、凜花は胸を押さえて机に突っ伏した。


「ほぅ、地球人は本当にギャフンと言うんじゃのぅ」


「アタシもリアルで見るのは初めてだけどね……」


 感心した様子でミコが頷き、亜衣が失笑した。


「時に、妾に一つ案があるのじゃが」


「どうぞ、ミコさん」


 何事もなかったかのように復活した凜花が、手を挙げたミコを指す。


「今日は、ドーナツ屋にでも行かんか?」


 キュウ、と小さくミコの腹が鳴った。



   ◆   ◆   ◆



 というわけで所は変わって、駅前のドーナツチェーン店の店内である。


「ひへ、ふひほはふへんふぉふぁ……」


「王女とは思えない行儀の悪さね……食べるか喋るか、どっちかにしなさいよ」


「……………………」


「食べる方選ぶんかい」


 などと、ミコと亜衣がお約束的なやり取りを交わした後。


「うむ」


 六つ目のドーナツを平らげたミコが、満足気に頷いた。


「して、インドネシアに観光に行くならどこがオススメかという話じゃったかな?」


「そんな話は一ミリもしてません」


 凜花がピシャリと言い放つ。


「そうじゃなー。やはり、初心者にはバリ島辺りがオススメじゃな。寺院群も良いものじゃが、ちと高校生には渋すぎるかの? サーフィンやダイビングをやりたいというならスポットには事欠かぬが、せっかくなので妾がとっておきの穴場を教えてやろう」


 だが、ミコは気にした様子もなく話し続けた。


「ツッコミ入ったらやめなさいよ。ていうか、どんだけ好きなのよインドネシア」


「月ニで行く程度には、かの」


「思ったよりガチでした……」


「アンタ、地球ライフ満喫しすぎじゃない……?」


 凜花と亜衣が共に乾いた笑みを浮かべる。


「まぁ冗談はさておき……あ、妾が月ニで行く程インドネシアが好きというのは冗談ではなくガチじゃぞ?」


「別にその補足はいらないわ」


 今度は亜衣がピシャリと言い放つが、やはりミコに気にした様子はない。


「して、次の手じゃが……もっかい宇宙でいってみるかの? 前回のようなことは、流石にそうそう起こらんじゃろ」


 しれっと話を本題に戻すミコ。


「その言葉、凄くフラグっぽいです……」


「ていうか、アンタんとこが一番苦労したでしょうに、よく、もっかいとか言えるわね」


 凜花が嫌そうに顔を顰めて、亜衣が呆れ気味の目をミコに向けた。


「フッ、甘い」


 ニヤリと、ミコは年齢不相応に邪悪な笑みを浮かべる。


「ドサクサで敵対勢力の力を削げた上、政府による復興支援と企業による兵器輸出という裏表両輪で国内の利益は実に最大で九〇〇%増! この間の宇宙戦争、一週間と短かったがユニヴァース帝国における経済効果はなかなかに上々なのじゃ!」


 フハハハ! と高笑いを上げるミコの表情は完全に悪役のそれであった。


 加えてわざわざ椅子の上に立って胸を張っているので、店内の視線が一身に注がれている。


「そういうのはいいから、座んなさいよ」


「うむ」


 亜衣に窘められると、ミコは素直に椅子へと腰を下ろした。

 表情もフラットなものに戻っている。


「まぁ何にせよ、です」


 仕切り直すように、凜花がパンと手を打つ。


「前回の方向性でこれ以上粘るのは、危険だと思います。今度は、宇宙存続の危機とかに繋がりかねません」


「仮にそうなったとて、妾たちならばどうにか出来るじゃろ?」


 気青いのない様子で、ミコが軽く首を傾けた。

 そこには、これまで数々の危機を乗り越えてきたがゆえの自負が伺える。


「まぁそんな気もするので、ぶっちゃけそれ自体は別にいいんですけど」


「いいんかい」


 亜衣がツッコミを入れるも、彼女自身も大して危機感は持っていないらしく。

 その口調は、義務感から発せられたような気のないものだった。


「けどあの方向のまま続けても正直上手く行く気がしないというのと、あと……」


 凜花の声が、やや沈んだ調子に。


「あんまり長くなるのが続くと、留年が視野に入ってくるので……」


「あー……」


 続いた凜花の言葉に亜衣も納得の声を上げ、二人して渋い顔となる。


 度重なる冒険の数々によって、地味に出席日数が危うくなっている女子高生二人であった。


「なんじゃ、別に構わんじゃろそんなもん。将来が心配なら、働き口なぞ妾がなんぼでも手配してやるぞ?」


 一人、涼しい顔でミコ。


「それは頼もしい限りなのですが……」


「出来れば、普通に地球で日本人として真っ当な人生を歩みたいっていうか……」


 歯切れ悪く、凜花と亜衣は苦笑気味に語る。


「もうだいぶ踏み外しとるっちゅーか、ユートと共にあらんとする限りそれはなかなか望み薄なんじゃないかの?」


『あー……』


 凜花と亜衣、納得の声が重なった。


「ま、もっとも」


 と、ミコが表情を改める。


「先の方向で続けたところでユートに想いが伝わるビジョンが見えぬという点については、確かに妾も同意じゃ……となると、新たな方向性を模索する必要があるわけじゃが」


 眉間に皺を寄せ、ミコが思案顔となった。


「とはいえ、邪魔を排除しないことにはどうにもならないというのは確かなんですよねー……」


 凜花も頬に手を当て、考える仕草。


「物理的に邪魔になる全てを消滅させて良いなら、話は楽なんじゃがのぅ」


「アンタの《ユニヴァース》なんかは、まさにそういうのにお誂え向きだものね……」


 残念そうに呟くミコに、亜衣が苦笑を浮かべる。


「そういうのは、悠人くんが嫌いますからね……」


「……なんか、天条の好みの点さえクリア出来るならそういう手段も辞さないみたいな言い方に聞こえるけど」


「失敬ですね」


 亜衣の言葉に対して、凜花は心外だとばかりに眉根を寄せる。


「辞さないどころか、その場合は最大限積極的にそういう手段を採用しますよ」


「失敬ってそっち方向にかい。アンタ、恋心と引き換えに他の部分……人の心的なのを悪魔にでも売り渡したわけ?」


「ふっ……」


 遠い目で、凜花は悲しげな笑みを浮かべた。


「悠人くんの心に少しでも入り込めるなら、人としての心など悪魔に売るなり豚の餌にするなりご自由にどうぞって感じですよ」


「アンタ、ちょいちょいラスボスっぽいセリフ吐くわよね……」


 亜衣が浮かべるのは、感心と呆れの混じった半笑いである。


「……ここは再び、発想の転換が必要なのかもしれぬの」


 そんな二人のやり取りには構わず、ミコは自らに言い聞かせるようにブツブツと呟いていた。


「例えば、そうさのぅ……」


 むむむと唸りながら、ミコは両手の中指でこめかみの辺りをほぐすようにグリグリと押す。


「邪魔が入らない場所を探すのではなく……邪魔を排除するのでもなく……」


 ミコに倣って、凜花と亜衣も一度顔を見合わせた後に思考する体勢に。


 しばらく、場を沈黙が支配する。


「……邪魔が入っても、それでも声が届くようにする……とか、ですか?」


 やがてポツリと、凜花が思い付いた事を適当に口にしたような調子で言った。


「それじゃ!」


 そんな凜花を、ミコは表情を輝かせて指差す。


「とはいえそれは、より一層難易度が上がる感がありますね……」


 しかし発案者である凜花の表情は、いまいち乗り切れていない様子だ。


「簡単に浮かぶのは、周りの騒音に負けぬ程めっちゃ大音量で叫ぶとかじゃが……」


「結局、それ以上の大音量が被さってくる未来が見えるようです……」


「そう、量で上回ろうとしても更にそれを上回られれば終いなんじゃよなぁ……」


 再び、思案顔となるミコ。


「ふーむ、となると必要なのは……」


 ミコの眉根がますます寄っっていく。


「……如何なる騒音があろうと関係なく絶対的に声を届ける方法、かの?」


 僅かに眉間の皺を緩めたミコが、そう言って片眉を上げた。


「そんなの、ありますかね……?」


「さてのぅ……」


 凜花とミコがそれぞれ首を捻る。


「……あ」


 その傍らで、亜衣が何かに思い至ったように小さく声を上げた。


「ある……かも」


 二人の視線が、物凄い勢いで亜衣の方へと集まった。


「如何なる騒音があろうと、関係なく絶対的に声を届ける……そんな『魔法』が、ね」

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