天条悠人の平凡な日常⑤
俺の名は
今は、
屋上って、立ち入り禁止じゃなかったっけ……?
なんて思っていたら、屋上へと続く扉を施錠していたと思しき錠は粉々に砕けてその残骸が床に転がっていた。
この雑な感じは、たぶんミコの仕業だな……まったく。
「よく来てくれました、悠人くん」
ミコに、一言言っておかないと……。
なんて、そんな考えは屋上で待っていた凜花の表情を前に霧散した。
長年の付き合いだから……いや、恐らく付き合いの浅い奴だってわかるだろう。
今、凜花は何らかの『覚悟』を持ってこの場にいる。
それは、凜花より一歩下がったところに立つ
「悠人くん、早速ですみませんが校庭を見て下さい。そこに、私たちから伝えたいことが書いてあります」
「あぁ……わかった」
緊張の面持ちで告げてくる凜花にゆっくりと頷いて見せて、屋上の端へと歩みを進める。
しかし、校庭か……そういえば、こないだも凜花に見ろって言われたな。
結局隕石騒ぎで有耶無耶になったけど(俺も全身火傷で入院することになったし)、あの時の事と関係あるんだろうか……?
そんな思いと共に、屋上の端から校庭を見下そうとした瞬間。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
両目に走った激しい痛みに、俺は思わず仰け反った。
目が、焼けるように痛い……いや、『焼けている』!?
「あ、天条の両目に空から降り注いだ炎の弾が命中した」
冷静な出雲の声に、現状を知る。
「やはりこうなりましたか……けど、想定通り!」
続いて聞こえたのは、確固たる自信を感じさせる凜花の声だ。
なるほど、やっぱり凜花たちはここで何かが起こるってことを知ってたわけだな……。
それなら彼女たちの覚悟の表情にも、この状況にも納得出来る。
つまり……敵の攻撃を受けてるってことだな!
「《バグズ》、シンクロ開始!」
そんな凜花の声と同時、チクリと虫に刺されたような痛みがこめかみ辺りを走った。
と。
「おっ……見える!?」
失われたはずの視界に、光が戻った。
真っ青な空が見える。
「よし、成功です……って、あぁっ!?」
しかし次いで、ザッと視界にノイズのようなものが走ったかと思った瞬間、再び視界が闇に閉ざされた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
更に、焼けた礫で次々打たれているかのような痛みが全身に生じる。
「無数の小隕石が、次々と《バグズ》を破壊しておる……じゃと?」
「あと、ついでのように悠人くんにも降り注いでます!」
「チッ……なら、ここはアタシに任せなさい! 《ゲート》オープン!」
上空に、《ゲート》が次々と開いていく気配を感じた。
「これで全部宇宙行きよ! 空井、今のうちにやりなさい!」
「ありがとうございます、亜衣さん!」
また、視界に光が戻った。
かと思えば、今度も訪れるノイズと闇。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
次いで、焼けた礫で次々打たれているかのような痛み。
「この隕石、いくつか《ゲート》をすり抜けてる……?」
出雲の訝しげな声が聞こえる。
出雲が作る《ゲート》は、空間そのものに空いた穴だ。
回避ならまだしも、『すり抜ける』なんて事象が発生するわけがない。
そう、それが普通の隕石であるならば。
「まさか、多次元存在になってるってわけ……?」
出雲の口調は疑問混じりではあったが、ほとんど確信を得ているようでもあった。
俺も、同意見だ。
出雲が作る《ゲート》は空間そのものに空いた穴ではあるが……それはあくまで、『この次元』の空間に空いた穴に過ぎない。
見えないだけで、無数に重なる多元世界。
その『お隣さん』に一時的に退避することが出来るならば、『この次元』の《ゲート》を回避することも容易だろう。
「ならば、《ゲート》をすり抜けた分は妾が受け持とう!」
そんな、ミコの頼もしい声が響いた。
「《ユニヴァース》副砲全門顕現! 《多次元干渉モード》!
屋上に《ユニヴァース》の一部が顕現する気配を感じた直後、上空から次々と爆発音が届く。
「いかに次元を渡ろうと、全次元に砲門を向ければ逃げ場はあるまい! 今のうちじゃリンカ、やれぃ!」
「ありがとうございます、ミコさん!」
三度、戻ってくる光……だが、やはりそれはノイズと共にすぐに失われた。
しかし、今度は焼けた礫に打たれるような痛みは生じない。
「くっ、今度は隕石じゃありませんね……人、いえ人型の何かです! 直接、《バグズ》の子機を狙ってきてます!」
「痺れを切らして本体が出てきおったか、好都合じゃ! 《ユニヴァース》!
《ユニヴァース》の砲撃が次々放たれる音。
しかし、爆発音は続かない。
「なっ……!? すり抜けたじゃと!?」
代わりに響くのは、ミコの驚きと焦りの声だ。
「バカな、どの次元にも存在せんとでも言うのか!?」
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
光、ノイズ、闇。
目の前で星が瞬いているかのように、ゼロコンマ以下の周期で光と闇が繰り返される。
「くっ……悠人くんに繋ぐ《バグズ》はランダムで選定してるっていうのに、どうしてこんなにも正確に破壊されるんです!? 子機残数、百を切りました!」
凜花の焦った声が耳に届いた。
「アタシが存在を《掌握》しきれない……!?」
再び、出雲の訝しげな声。
「となると……たぶんだけど、奴の能力は確率操作! だとすれば、ランダム選定なんて奴の掌の上よ!」
推定の言葉を伴ってはいるが、それは断定口調だった。
「チィッ! 妾の攻撃も、自身の存在確率を操作して避けておるということか!」
「確率変動体ってことですか!?」
確率変動体か……随分と懐かしい名称を聞いたもんんだ。
出来れば聞きたくなかったその名前に、思わず苦笑いが漏れる。
かつて、【確率の悪魔】を名乗る集団と戦った時は苦労したもんんだ。
その辺りの事は詳しく語ると単行本一冊くらいにはなるだろうから詳細は省くけど……なるほど、これで執拗に俺の視界を奪おうとする奴の回りくどい行動にも得心がいった。
なにせ恐らく、奴が一番恐れているのは俺の《目》なんだろうからな!
「凜花、一瞬でいい! 俺に奴の姿を見せてくれ!」
凜花のいる方角へと叫ぶ。
「ぐむむむ……校舎にまで被害が出てますし、ここは流石に敵の排除が優先ですか……」
何やら、葛藤するような凜花の呟き。
「えーい、仕方ありません! 悠人くん、お願いします! これが最後の子機です!」
次いで吹っ切れたような――あるいはヤケクソのようにも聞こえる――凜花の叫びが聞こえると同時、『奴』の存在を視認することが出来た。
妙にブレているような……透明なようにも色濃く存在するようにも見える、不安定な姿。
確実に見ているはずなのに、その存在をはっきりと認識することが出来ない。
それが、そこに『いる』可能性と『いない』可能性を同時に存在させることが出来る、確率変動体と呼ばれる存在だ。
通常、その姿を真に捉えることは不可能。
だが――。
【可能性の果て】と呼ばれる場所で『名も無き悪魔』と名乗った存在から貰った俺のこの《目》――この場合の《目》とは観測者としての俺の概念そのものを指し、物理的な眼球の有無については関係ない――は、あらゆる『可能性』を『確定』させる!
――『視』えた!
さぁ、今度はこっちの反撃だ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
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