模擬戦

 アルフが斬り掛かる。様子見程度の浅い踏み込みと上段斬りだ。右側に杖を持っているので防ぎづらいように左側から攻めようとしてくる。


 ボクは杖を蹴った。足元から杖が跳ね上がり、アルフの踏み込みを止める。間合いが急に広がったので、アルフは左への動きを強める。


 杖を横に振ってもいいけど、剣で防御されるのは目に見えてる。杖を引いて脇で抱えて右へステップを踏む。


 無理やり向き合う形に持ち込みながら、脇まで引いた杖を一気に押し出した。


 声にならない驚きとともに、アルフはなんとか避ける。ボクは身体強化をかけて後方に飛んだ。


「……え」


 アルフが唖然とする。ボクは三十センチほど浮いていたからだろう。


 魔術は機能してるな。よしよし。戦闘に差し込んでも問題なしと。


「魔法、か」


 アルフの表情が引き締まる。

 ボクは浮かぶのをやめて着地した。


「いいのか、浮いたままじゃなくて」

「色々お試し中だし、キミの強さも見たいからね」


 背中で杖を二回転させ、短く持つ。


「好きに打ち込んでみなよ。ボク、案外強いかも」

「じゃ、遠慮なく」


 木剣が迫る。

 ボクは意識を集中させて、軌道を予測し、避ける。杖で打ち合うつもりはない。実戦を考えるのであれば剣は鉄で、杖は木製だ。魔術で補えるから、試合だからといって慢心してはいけない。特徴を把握し、よく見て活かすこと。それが魔術の基本だ。


「ふむふむ」


 アルフの実力は他の兵士よりは上だろう。ボクの目線や重心に合わせて攻撃を繰り出してくる。足元を狙われた一撃を避け、ふわりと浮かぶ。着地のタイミングをずらして、リズムを崩す。細かい身体強化による動きの緩急と空中歩行の魔術での高さの認識を惑わせる。高さが変わるということは急所がブレるということだ。だから、首を狙った一撃がすっと虚空を斬ることになる。そうして生まれる予測と外れたという動揺と空振りの隙に魔術をドカーンッ! って昔はよくやってたな。


「よっ」


 上体をそらして突きを放つ。アルフは首を曲げてなんとか突きを躱した。


 ボクは杖を振り回しながら距離をとり、脇で抱えるように後方で杖を持った。


「……うん。筋良いね」

「手も足も出てない感じなんだけど」


 アルフが苦笑いする。


「戦いは間合いを操れるやつのほうが勝つ。杖は持ち方が多種多様だからね。いくらでも操りやすい。単純に間合いが広くても強い。キミはなんで剣を握ってるんだい?」


 ボクが問いを投げると、アルフは首を傾げた。


「なんでって……教わってるから……?」

「ボクは魔術を使うとき、間合いを詰められたらこいつで戦うしかない。魔術はどうしても時間がかかるからね。刹那の凌ぎでも魔術に頼らないものが必要だ」


 杖をバトンのように回しまくり、地面に突き立てる。


「回してると楽しいしね。キミがその得物を使う理由はなんだい?」

「俺が、剣を使う理由」


 アルフは自分の持っている木剣を見る。


「もちろん武器には得意不得意がある。だから、これが最強なんてものはない。自分が信じられる武器、振るいたい武器は動きや迷いのなさから違ってくる」


 剣というのは最もスタンダードな武器だ。携帯しやすく、殺傷能力が高く、他の特徴的な武器と比べると筋力や技量を求められるわけでもない。


 だからメインにもサブにも持ちやすい。


 持ちやすいからこだわりは持ちづらい。精神的な土台や芯になるものといえばいいかな。それを持てれば動きも変わってくる。


「近接戦においてボクとキミの実力差はあまりない。ボクは棒術のプロでも何でもないからね……手も足も出ないと思うということはそう思わされている……惑わされているということさ。自分の強みと相手の弱みを見つめ直すといい」


 アルフはボクと己の剣を交互に見る。ボクは攻めに入ることもせず、彼の姿を眺めた。


「……すぅ」


 アルフは決心したように剣を正眼で構える。


「行くぞ!」


 そして真っ直ぐに突っ込んできた。


「……正解!」


 突きは正面に構えた剣で防げるし、横からの攻撃も対処可能だ。突きの間合いより近づかれれば横薙ぎもただの苦し紛れの一撃になる。


 ボクは身を翻しながら後退する。だけど体格差もあって、アルフの距離を詰めるスピードのほうが早い。


 ボクは杖を地面に突き立てた。


「もらった!」


 アルフの一撃が杖を捉える。

 ボクはというと杖を突き立てた勢いのまま飛び上がった。杖から手を離し、アルフの一撃で杖が吹っ飛ぶ。


「げっ」

「ほいっ」


 空中でアルフの額にデコピンをかまし、地面に転がす。


 着地してから魔術で転がった杖を手元に戻した。


「そこまで」


 ガリアがボクの方に手を挙げる。


「あたた」


 額を抑えながら立ち上がるアルフ。


「参りました……」

「ふふん……ドヤ!」


 いぇーいピースピース。







 マオが去った後、ガリアは腕を組み思案していた。


 先程の模擬戦だ。


 マオはあのとき、


 派手な魔法を使わず、棒術を目立たせることでそれの警戒を強め、そしてあえてそれへの対処を課題として問いかけることによって、己の武器をひとつ封じる。封じられたことによって隠していた別の手段で攻撃し、倒す。


 完全に不意をつける。


 剣士が剣を投げ捨てて、殴りかかってきたら誰であれ、虚をつかれる。


 一秒に満たなくとも、明確な虚というのは致命打を与えられる隙になる。


 魔物たち相手に魔法で戦っていたため、戦い方は魔法使いの遠距離攻撃が主体のものだと思っていた。だが、最初に剣技を使っていたし、近接戦闘が苦手な雰囲気もない。

 棒術もある程度の技量は持ち合わせているようだった。


 やれやれ、敵にはしたくないな。


 ガリアは城を見る。


 妻も、子どもも、もう死んでしまった。生きる意味はもうほとんど残っていない。

 守るべきセーナ姫はこうして保護された。で、あればガリアにできることはセーナ姫が笑って過ごせるように戦うこと。兵を育てることだ。


 そして、叶うのなら。


 マオにも……。


「お願いします」


 アルフが木剣を構えて、ガリアと対峙する。先程よりも動きが良くなっている。


 ガリアも木剣を握りしめる。


「若者には負けてられぬな」


 強くあらねば。


「いくぞ」

「はいっ」


 木剣の打ち合う音が、空に響いた。


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