超長距離転移魔術

 眉をひそめる。


 全く新しい場所への転移は非常に難しい。ボクはおぼろげに頭の中に存在しているデザイアメイロの地図を思い浮かべながら探知の魔術を広げる。


 この探知魔術で正確な位置を感知してから転移魔術に移る。転移がしやすいようにいくつか補助魔術をかけて、三人分転移する。


 転移魔術の難易度に関しては、ボクがいた世界では伝説級の魔術だ。ちなみに伝説になったのはボクね。元祖転移魔術。


 デザイアメイロはゲームの仕様上、数分でたどり着けるエリアになっていたが、さすがにそうは問屋が卸さないようで、十三日かかる距離だ。魔力にものを言わせて、超長距離にまずは探知魔術を伸ばす。探知魔術によって軽いマッピングと情報収集を行うのだ。そして転移先の座標の目印となる場所に魔力を置いていくための準備だ。


 脳内では空撮映像のように、空から見下ろす形で景色が流れていく。ほとんど燃えてるな。


 国はここ周辺を除いては、もう魔物で溢れていて、どこもかしこも危なそうだ。


「すぅ」


 骨がきしむ。胃がきりきりする。魔術自体はそこら辺を調べるためのものなので長距離に適したものじゃない。無理な使い方をすれば魔力を食い、体に負荷がかかる。


「はぁ」


 探知魔術の進める速度を上げると、ぶわっと冷や汗が出た。パソコンに負荷がかかって高熱を発してしまうのと同じで、性能的に問題なくとも無理をしているときが今だ。


 さっさと済ませなければならない。


 魔術を伸ばし続けているとある地点で魔術が弾かれた。


「おぼぉ!?」


 額を強打したような衝撃がボクを襲い、そして胃がねじれて血を吐く。


「マオ殿!?」

「マオさん!?」


 意識が戻る。目が石ころになったみたいな重さとゴロゴロ具合を感じる。こめかみを抑えながら、倒れる。


 魔術を弾いたのはおそらく結界だろう。


 魔物を寄せ付けないような効果のあるものだ。アーティンベルにもあるし、他の国でもある。


 結界師という国のお抱え魔法使いが展開している魔法だ。これによって一定範囲は魔物に襲われない領域となっている。城を含めた城下町など都市部には結界があることが多い。というか人口のほとんどが結界内に集約されている。鉱山地帯や国と国の中継となる村など、結界の中にない人里や結界の弱いところもなくはないが、なるべく結界内で生活できるような国基盤ができている。これはアーティンベルだけではないので、おそらくホロービタンダもそうだったはずだ。何かしら原因があって結界を破壊されて侵略されたのだろう。


 アーティンベルも魔王に侵入されたりと、結界も万能ではない。


 というか魔術が弾かれたせいで体が限界。ムリぽ。


「ちょ、ちょっと休ませて」


 ボクはそのまま気絶した。







 跳ね起きると、二人ともボクの顔を覗き込んでいたので驚いて後ろに飛び退くように引いた。


 ボクは頬を叩く。よしいくらかマシになったな。


「よし、転移するぞー」

「マオ殿は平気なのですか」

「へーきへーき。昔からこういうことは慣れてる」


 転移魔術の実験で絞ったタオルみたいに体がねじれたり、上半身だけ転移して下半身を転移前のところに置いてけぼりにしたり、色々あったからね。


「外でやるからついてきて」


 ボクは階段を登る。その後ろを二人がついてきた。


 アーティンベルの結界内で転移魔術を成功させるのは難しそうだから弾かれる前の地点で転移しよう。うん、少なくとも一日でアーティンベルにはたどり着けるはずだ。


 暑苦しい空気の中、ボクは両手を西に向けてかざす。


「ではボクの肩に手を乗せてもらっても」

「失礼」

「はいですわ」


 左肩に大きい手。右肩に小さな手が乗る。


「すぅ……はぁ……」


 手のひらから魔力を飛ばす。探知魔術だ。決めた地点まで魔力をたどり着かせると魔力を留めさせる。ボクの魔力を目印に、転移する。ドラゴン◯◯◯ピーの瞬間移動みたいなイメージだ。オッス、ボク魔王! 転移すっぞ!


「転移! アーティンベル!」


 魔力の渦がボクらを包み、視界が暗転した。


 視界が光を取り戻すと、そこには国を囲うための城壁が見えた。


「これは……間違いなくアーティンベルの前」


 魔力がごっそり持っていかれた反動で、ボクは倒れる。

 別に魔力が尽きても死にはしないんだけど、あんまりに一気に魔力を使うと体がついていけなくて非常に疲れてしまう。


「凄い……」

「ふふん。もっとボクを称えたまえ。凄いのだ、ボクは」


 それを聞いてガリアも、セーナ姫も笑う。


「あぁ、まさしく我らが神だ」

「本当ですね」

「えへへ。ガリア、動けないから背負ってくれ」

「任された。失礼する」


 ガリアの大っきな背中に体を預ける。あーなんかパパという感じ。父親なんか知らないけど。


 捨て子だったし。


 歩き始める。


 しかし数歩進んだところで見えない壁がボクの顔を押し出した。ガリアは進めなくなるが、セーナ姫は進む。


「姫様」

「なんです?」

「進めませぬ」


 数歩先に進んだセーナ姫が振り返る。きょとんと首を傾げた。


「変ですね。魔物でもない限り、問題はないはずなんですが」

「……ガリア。ボクを下ろして進めたりするかい」


 ガリアはものすごく丁寧にボクを地面に下ろすと歩き始めた。


 問題なく進めた。


 ボクはホフク前進で進もうとする。手のひらが空中をつき、そして止められる。パントマイムのように空中で手のひらを何度も滑らせて、そして地面に倒れて仰向けになった。


「…………」


 ……ボク、吸血鬼で魔王だから……その、魔物扱いってこと?


 魔力をものすっごい使って、ものすっごい疲れてるのにベッドで一息ついたり、できないってこと?


 …………。


「……あァんまりだァああああああああ!」


 ボクは母なる大地の下、叫んだ。

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