フルセット
魔物の素材はそのまま売れるらしい。ボクが使わない分の魔物の素材やキノコ、薬草類は然るべき店に売却し、別の素材を購入した。使うかもしれないで取っておきたい気持ちは山々だったのだが、急いで装備を完成させなければならない。
サラマンダー攻略用の装備を。
魔王は全く別物だし、他のボスたちもゲーム情報と同一ではない可能性を考えると、一度戦闘をしたことのあるサラマンダーを想定して装備を作ったほうがいい。
試作段階だった装備を今回手に入れた素材で仕上げて、更に戦闘服を完成させる。
サラマンダーの鱗は炎の鎧という能力から炎が効かない……はず。どこまでの火力まで無力化するか試したいけど、有効打は考えておきたい。
あのスケールだと剣とかで戦うのは現実的じゃないだろう。少なくともボクが今ある程度のスピードを持って作成できる武器では大怪獣を倒すのは難しい。
サラマンダーの鱗の強度も正直わからない。ブレス勝負しただけだし。魔術で炎は無効化されるし、氷魔術でも溶かされる可能性あると考えると、電撃か風による衝撃が有効打として考えられそうだった。
あとは打撃だ。
そう考えての大車輪グローブを始めとした装備を試作してみたのだ。
魔術での単純な大火力は周りに被害を生むし、息切れもしやすい。攻撃手段は大いに越したことはないからね。
あとの問題はどういうイメージに纏めるかだね。
霊魔はイメージを定着させることが重要みたいだけど、魔術はイメージすることが大事だ。
形になったときのコンセプトがはっきりしていればしているほど魔術は発動しやすい。
ボクの想像力は貧弱だから、こういうときは元の世界の知識を
打撃を中心とするなら拳が一番だ。武器の素材や形状を吟味しなくていいしね。SFスーツにトンデモハンマーとかやってみたいけどこの世界ファンタジーだから素材が。
ボクシングの試合はたまに見ていたし、ボクシング漫画とか有名だったし好きだったから。そういうのを参考にしてもいいんだけど、装備として落とし込むとなると装備数少ないし、攻撃方法が本当に拳に制限される。
スポーツに収まっているタイプのものは強力にしづらい。剣道みたいなガッチガチに装備固めていたら別なんだけど、あれはあれで動きが鈍くなりそうだ。
装備全体のコンセプトをはっきりさせないと、効果がちぐはくになったりもするし。
あ、映画でも真似しようかな。あと格闘ゲーム。
よし、こうやってみるか。
ロ
セーナは菓子と紅茶のセットを持って、マオの部屋の前に来ていた。五日ほど、もう部屋にほぼ籠もりっぱなしらしい。
ノックをしてみる。
『はい』
声が返ってくる。ひどく疲れた、低い声だった。
「あのセーナです。よろしければ一緒にお茶でも……」
『ふぇ? セーナ姫? あ、あの、顔がドひどいでなので夜とかに……』
「お部屋に籠もり続けていると聞きまして、心配なのです。その……メイドさんに紅茶を淹れていただいたので、冷めてもいけないですし」
どたどたと音がして、少しだけ扉が開く。隙間から可愛らしい顔がのぞいてきた。
「あの、引かないでいただけますか」
「はい、もちろん」
魔物との戦いに備えて動いてくれているのだ。引く理由はない。
扉が開くと、マオはひどいクマを目元につけていて、上瞼もいつもより下がっていた。
「……お菓子食べたら休みましょう?」
セーナは心の底から心配になってしまった。
ロ
空腹は最高のスパイス。
正直元の世界と比べると味のなじみがないので、それほど美味しいと実感できていなかった紅茶とクッキーがめちゃくちゃおいしく感じた。
疲労しきった目に、セーナ姫の可愛さが栄養だし。
この身だしなみもクソもない状態のボクを純粋に心配して「大丈夫ですか?」「無理しないでくださいね」と優しく語りかけてくれるのだ。
女神。
「ところで、これは」
セーナ姫が紅茶を飲みつつ、あるところに視線を向ける。
「防具です」
スタンドに立てられたそれをセーナ姫は不思議そうに眺めた。
「どちらかというとドレス、のようですが」
「ふふん、綺麗でしょう」
「えぇ、まるで絵画を見ている気分になります」
完成させた装備を瞳を輝かせてみているセーナ姫。
すごく頑張ってつくったコス……装備なので、褒められると嬉しい。
装備は完成したのであとは仕上げをして、ひとまず戦えるだろう。
ボクからホロービタンダに行って倒しに行くのもありだな。
ロ
「グガー……ンヒっ!?」
自分のイビキで飛び起きた。あれからセーナ姫付き添いの元お風呂にじっくり浸かり、メイドにマッサージをしてもらい、泥のように眠ったから体はスッキリしていた。
「……うん?」
眠気が覚めない中、窓から外を見ると夜空なのにやけに明るい。
「ンぁ」
あくびをしながら窓を開けてみる。
……暑い。
夜でやや冷え込む気候のはずなのに、熱帯夜のように暑い。
空を見上げるとその正体がわかった。城より上空に巨大な火が浮かんでいる。
メラメラと揺らめき、城を照らしている。
『人間どもよ、聞け』
聞いたことのある声が響く。
サラマンダーの声だ。目を凝らすと、巨大な火のそばにいる。
ということはあれは魔法か?
『我はサラマンダー。魔王様に仕える魔物だ。単刀直入に言おう……アークを差し出せ。でなければ我がバーニングフォールによってこの地は消し炭になるだろう』
バーニングフォールといえばデザイアメイロだと火の魔法の中では最強だ。
まずいな。本当に城ごと焼き尽くせそうだぞ。結界の強度がどのくらいかわからないけど、無事では済まないのは確かだ。
『一日猶予をやろう。その間に我が軍勢が城を囲む。アークと共に滅びるか、アークを差し出すか、選べ』
こんなシナリオはデザイアメイロにはない。ボクがシナリオを変えたのか、それとも元々こういうシナリオだったのか。
ラスダンにいるであろう魔王が姫を攫いに来るより、近くのホロービタンダを滅ぼしたサラマンダーが来る方が自然ではある。
『明日のこの時間まで待とう』
ま、関係ない。いるならいるで……やることは決まっている。
「カチコミじゃああああ!」
ボクはサラマンダーが話している間に着替えを済ませた魔女っ子装備で杖に跨り、サラマンダーに向けて飛んだ。
『良い返事を期待して――』
「だが断るぅ!」
『ごへぇ!?』
鎧姿のサラマンダーに杖で突撃して上空から追放する。
そのままアーティンベルの外まで押し続けた。
『ぐぉおおおお! キサマァ! キサマはぁああ!』
「へへん、また会ったねサラマンダー! こんなにも早く会えるなんて運命感じちゃうなぁ」
『気色の悪いことを、言うなぁ!』
メイスがサラマンダーの手元に出現し、ボクは叩き落とされる。空中で二度ほど回転してから持ち直す。防御魔術でノーダメだ。
『いいだろう! まずはキサマを消し炭にしてくれる!』
サラマンダーがメイスをボクに向けるとバーニングフォールがボクに飛んできた。
避けることのできない、視界を埋め尽くすほどの火の塊。
ボクは杖の上に立つとウエストポーチからカードを取り出した。金属製で、赤い、金の龍の描かれたカードだ。
「
カードを振るう。するとカードとボクが光に包まれる。
そしてそのまま炎に呑み込まれた。
ロ
人々はその光景を悪夢だと思った。空に浮かぶ巨大な火。
落とされれば、どうなるかなぞ想像したくもない。
空を埋め尽くす火は、世界を支配する熱は偽の太陽と表現したほうが良いだろう。
しかしそれは突如動き出し――そして小さな光によって消し飛ばされた。
その邪悪な火が、眠れる獅子を起こしたかのように。
後に人々は語る。
それは星のようであったと。
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