ふるぼっ……対決! ビッグスパイダー

「鉄拳の腕輪! 疾風レガース! クンフーシューズ!」


 ボクが装備を呼び出す。疾風レガースもクンフーシューズも脚力を強化するものだ。ちなみにレガースはすね当てね。


 今は魔女っ子装備の服に鉄拳の腕輪、疾風のレガース、ブーツをクンフーシューズに切り替えて装備している状態だ。


「実験剣」


 さらにロングソードを呼び出す。


「アルフこれ使ってみて」


 ロングソードをアルフに投げる。ボクは人差し指を立てて口元に当てた。


「力を込めて、強化って宣言してみて」

「わかった。強化!」


 アルフが叫ぶと、アルフの体を金色のオーラが包む。強化の魔術ってここの世界の人にも施せるか試したかったんだけど、大丈夫そうだな。


「どうだい?」

「体が軽いな」

「よし、じゃあ……」


 クモの糸が飛んでくる。ビッグスパイダーの吐き出したものだ。


 ボクは足を上げて、地面に叩きつける。風が巻き起こり、糸を弾く。


「一緒にあいつ、倒そうか」


 横目でアルフが頷くのを確認してから、ボクは地面を蹴った。

 ビッグスパイダーは鋭い爪をボクに向けて突き刺してくる。ボクは右の手のひらを前に出して、爪の先を弾く。


 左右一回ずつの突き刺しを受け流し、両サイドからの同時攻撃を両手を突き出して迎え撃つ。

 それでビッグスパイダーの攻撃を弾いた。


「うおぉおお!」


 アルフがビッグスパイダーの足元に駆け込み、下から関節を狙って斬り上げる。自分の体ごと上がったアルフは、右脚の中でも中心の足を切断しきる。断面から紫色の液体が流れ落ちた。


「す、すごい」


 アルフがビッグスパイダーを警戒しつつもそんな感想を漏らす。足を崩されたビッグスパイダーはバランスを崩した。それが明確な隙となる。


 ボクはビッグスパイダーの頭目掛けて跳躍する。身を縦に回転させながら踵落としを喰らわせた。


 思ったよりも固いものを蹴った感覚がした。着地を済ませるのとビッグスパイダーが倒れるのは同時だった。


 残心する。


 足をピクピクさせながらもビッグスパイダーは動かない。


 うん、倒したね。


「ブイ!」


 採取のナイフを取り出して、ビッグスパイダーに当てる。倒せてたら問題なく素材を採取できるはずだ。採取のナイフのアイテム化基準は対象が完全に停止している場合や剥ぎ取りが可能な状態のときだ。


 お、外骨格取れた。

 ビッグスパイダーを全部素材化してポーチに入れることはできないので、外骨格と糸、あとは継ぎ接ぎされた毛皮をそこそこ頂こう。


「こんな大きい魔物を簡単に……」


 アルフが驚きながらボクに近寄る。


「巨大化しても生物であることに変わりないからね」


 急所を叩けば倒せる。

 ただ、巨大化しているということはその体を支えるだけの丈夫さも備えているということである。だから通常よりも強い。


 こういうの、的が大きくなったといいがちだけど、大きくなっただけ厄介なのだ。それを的が大きくなっただけ、と認識できるほどボクが強いだけであって。


「普通こういうのは部隊を編成して倒しに行くんだけどなぁ」


 頭をかきながら呆れたようにアルフが言う。


「その割にキミはビビってなかったね」

「ソロで倒したことあるからね」

「へ? そうなんだ」

「定期的にビッグスパイダーは討伐対象になるんだ。部隊を編成するときもあれば、俺が行くこともあるけど」


 ふぅむ。ならデザイアメイロ換算にするとアルフはレベル十以上はあるということか。ビッグスパイダーを安定して倒せるレベルがそれくらいだから……ガリアはアルフよりレベルが高くて、ボーンキング以下……いや、万全じゃなかっただけかもしれないし、状況だけでレベルを判断しなくていいか。


 この世界、レベルの概念ないみたいだし。


 どちらにせよ、ボクが思っているよりもアルフは強いようだった。


「ちゃんと強いようで感心感心」

「そりゃ、姫を守らないといけないからな」


 お、男の子だぁ。


「それにしてもこの剣凄いな。スパッと斬れた」


 アルフがボクが渡したロングソードを掲げながら言う。


「普通に支給されるロングソードだけど」

「でも魔法施してあっただろ? きっと霊魔の質もいいだろうし」


 ガリアからもらった実験台用のロングソードなので普通の剣だ。ボクが魔術を追加しただけ。


「施したのは身体強化だから剣は強化されていないよ」

「え、でも普通だったらあんな思いっきり斬ったら折れるぞ」

「アルフの技量も十分で剣はスペック的に問題なかったんじゃないかな。足りなかったのがキミの身体能力っていうわけだ」


 適切に斬る。言うのは簡単だが、実現させるのは難しい。


「相手の弱点を狙って、適切なパワーとそれに足る技量と武器で持って敵を屠る――会心の一撃というやつさ」

「会心……」

「剣の使い方は染み付いてるけど、体の使い方はどうかな少年。対人戦ばかりじゃないんだ、キミの剣術は何を相手に想定した術かな」


 一通り採取を終えて、手を叩く。


「さて、帰ろうか。あ、剣は返してね。まだ色々試すから」


 発動中の灯台の魔術とは別の灯台の魔術……来た道を戻ってくれる火を出しながら、ボクは言った。







 緑色の灯りに照らされた、小さな背中を追う。


 事前の話がなければ、アルフ自身、目の前の女性を子どもとして見てしまうだろう。それほど見た目は幼い。


 しかし言動からして、見た目以上の年齢であることは、少なくともアルフより年上であることは明らかだった。


 ――キミがその得物を使う理由はなんだい?

 ――キミの剣術は何を相手に想定した術かな。


 マオからすればおそらく特別な理由などはいらないのだろう。マオの問いかけは実に、単純な疑問であり、問い正すようなものではなかったからだ。


 マオと話をしていると、自分がいかに学ぶだけで済ませているかを実感させられた。剣の技術を磨く。それだけを考えていて、己の武器が剣であるべき理由や具体的な敵を考えていないことに気付かされた。経験を積めば強くなると、自分より強い相手と手合わせできれば強くなっていけると信じ切っている自分がいたことに、気付いた。


 経験が強くする。それは間違いな事実だが、もっと上を目指すには他の要素も必要だ。それを教えてくれる。


「マオさん」

「なんだい」

「ありがとう。マオさんのおかげで俺、もっと強くなれる気がする」


 マオは振り返ると、ニコリと笑った。


「ボクより強くなったら勇者と呼んでやろう。だからがんばれ」


 全然たどり着ける境地には思えなかったが不思議とやる気が出る言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る