血判状って重いんですけど!?
「ありがとう。ではこちらの現状をお伝えしようか。キミの置かれている状況も含めてね」
頷いて返す。ボク自身も知りたかったことだ。
「キミは十日ほど眠っていた」
魔力をだいぶ使ったし、へとへとだったことを考えると納得だった。魔力を使いまくって魔力の容量が全盛期に戻るまではこういうことを繰り返すだろう。今回の戦いで魔力容量は上がったはずだ。
「キミが張ったと思われる結界の内側にアーティンベルの結界も張ってある。軍備も強化しているし、アーティンベルは完全に体制を整え直したと言って良い……元々被害も少なかったしね」
「ラスティ姫は」
「キミの部屋で発見された。無事さ。死者もいない」
「良かった」
アーティンベルを守るためあれこれがんばったんだから、被害ゼロで良かった良かった。
「軍の方でキミをアーティンベルに戻そうと思ったがキミの体が、冥魂結界に阻まれたので断念。仮設テントで治療者としてワタシが派遣されたというわけだ」
「それはご丁寧に」
「英雄の待遇としてはお粗末だがね」
「リジーが派遣されるだけでも特別待遇なんじゃないの」
ボクがそういうとリジーは意外そうに目を丸くした。
「ワタシが大層な人間に見えると」
「見えないけど、随分診てくれてるっぽいから」
リジーの態度は対等だ。よくボクのことを観察して、距離を近づき過ぎず、離れ過ぎない場所で留めているし、声音も優しくなるように努めている。
アロマだって焚いておく必要がないのに、不快感のない程度に焚いている。
「評価してくれるのはありがたいな。姫とアルフ、あとはキミくらいだ。姫の推薦でね。ただのコネだ」
「コネってことは得があるのかい」
ボクが問うと、リジーはコインを指でつくった。正直さに笑う。
「アーティンベルで小さな診療所をやってる子どもの面倒を見る程度だ。大病や手術はワタシの担当ではない。最初は軍医がキミの体調を診て、その後ワタシが推薦させた。ひとまず嫌われることはないだろうってね」
「正解だね」
「ま、特別好かれる人間でもないのだがね」
肩をすくめて、まいったとばかりにリジーがぼやく。
「さて、一度休憩しよう。先の話などもあるだろうが、食事をしたほうがいい。何を食べたい?」
「おにく!」
ボクが手をあげて即答すると、リジーは微笑んだ。
「まずは療養食だな。パン粥……それと鶏肉のスープをつくろう。食べごたえのあるものは我慢してほしい」
「はーい」
ロ
用意されたテーブルの上に並べられたパン粥とスープを食べる。
「おいしい!」
ここに来てから一番おいしい食事だった。空腹だったからというのもあるだろうけど、味付けがちょうど良くて食べやすい。
城の食事は濃すぎたり薄すぎたりしてたから慣れなかったんだよね。
「リジー天才!」
「いや、至って普通の食事だが……国から香辛料や甘味料を貰えるから少し豪華なくらいで」
「おいしいよ。ありがとう」
「そ、そうか」
いやぁ生き返る生き返るぅ。死なないけどさ。
死なないっていっても生き物だからさ。ちゃんと好きなものはあるし、嫌いなものもあるし、痛いものはヤなんだよね。だから、こうして捕まったりせずに普通に食べれてるだけで感動。
「え、泣くほど?」
「しみるぅ〜」
ドン引きしてるリジーをよそにボクは食事を楽しんだ。
ロ
はーおいしかった。しふくぅ。
「さて、話をしていいかな」
「バッチコイ」
「テンション高いな……ま、元気になったようで何よりだ」
テーブルの上に契約書らしきものが置かれる。知らない文字列がずらっと並んだ右下に血の指印らしきものがつけられている。
「これは」
「血判状だ。魔法の効果が付与されている。キミが自分の血で指印をしてくれれば完成だ」
ここ、と指をさしながらリジーが言う。
「契約内容はワタシが不義理を起こさない、というものだ。キミにデメリットは一切ない」
「不義理を起こしたら?」
「行動の重さによってワタシの体に傷がつく。最悪死ぬな」
念の為、嘘発見の魔術を発動する。
「本当?」
「あぁ。キミに危害は一切ない。ワタシがデメリットを背負うだけだ」
嘘発見の魔術は非常に効果時間が短いが、リジーがはっきり、誠実に答えてくれたおかげで一発でわかった。
嘘じゃない。
「その契約をして何になるのさ」
「信頼というものの価値は非常に重いものだと考えている。人によっては命にすら代えがたい」
トン、と契約書を叩く。
「これは最も手軽にキミにワタシを信頼してもらえるアイテムだ。この先全ての問答に疑いをかけなくて済む。そしてワタシ自身の誓いになる。決してキミに不義理な行動はしない。国に抗うことになってでもワタシはキミの味方になる。そういうための契約だ」
これも、嘘じゃない。
……確かに信頼というのは長い時間をかけて得られるものだし……下手な問答よりもこういうアイテムに頼ったほうが安心できるのはわかるけど……。
「お、重い」
「何、保険程度の意味にしかならない。気軽にスパッとやってくれたまえ」
「いやいやキミのデメリット大きすぎるでしょ。いいよしなくても。破棄しよう」
無言になる。しばらくじっと見つめあって、渋々といった感じでリジーは契約書を下げた。
「気が変わったら言ってくれ。高価な契約書だからもったいないし」
「えぇ……」
もしかしてこの人ドM……?
「ちなみに被虐趣味はない。キミにそうするだけの恩義が、こちらにはあるということだ。大勢の民に比べれば命なんて安いものだ、特にワタシのはね」
リジーはボクの心境を見透かしたかのような返しをした。それにしても自爆でもしそうなセリフだ。うぅーなんかこの人自己評価低いよ〜!
ボクはリジーの手を握る。
「普通に仲良くなろう、ね!」
「は、はぁ」
目をそらしながら少し頬を赤くするリジー。
あれ、もしかして人とのふれあいに慣れてなかったりする?
「だいたいこんな契約して何するつもりだったのさ」
「それはもちろん、これからの話だ」
リジーは照れながらも、ぼそぼそと答えた。最後には消え入りそうなくらいの声量だった。
ごめんね、手離すね。
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