そして旅立ちへ

寝覚め

 気がついたら朝日を迎えていた。

 汗だくで地面に倒れ込み、ぼうっと、自分の手を見る。


 ひどく震えていた。


「────怖かった」


 正直、打つ手なしだった。魔王本体はいなかったわけだし、あの場の戦力全投入されたらボクは勝てない。


──では、どのくらい


 ディアプラーダの言葉を思い出すと心臓がキュッと閉まるような感覚と共に上書きのように身震いした。


 殺し切れるまでいろんな方法で殺される耐えられないとか、拷問され続ける耐えられないとか、実験台にされる耐えられないとかそういうの、覚悟していた。


 たぶんディアプラーダもわかっていて見逃したのだと思う。単純にボクの存在が娯楽に繋がると考えたのだろう。


 現状、ディアプラーダはボクの結界を破壊できないし、ボクはディアプラーダに手を出せない。


 お互いに詰み状態だ。


 互いに互いを倒す手段を模索する道が一番楽しそうだったんだろう。おかげでボクは助かった。


 今ここで装備を壊されたら後々逆転もできないし、ウエストポーチはアーティンベルに転移させれば安全だから装備を完全に仕舞ったけどそうまでしなくて良かったのでとても安心した。


 眠りたいけど──いや寝ていいか。


 どうせ帰れないし、寝よう。







 目が覚めると、なんか寝心地が良かった。


 辺りを見渡す。


 テントの中だった。


 軍用の少し広めのテントで、アロマでも焚いているのか、いい匂いがしている。


 折りたたみ式の簡易ベッドの上でボクは横になっていた。


 テーブルの上にいろんなものを並べて、それとにらめっこしている人物がテントの入り口近くにいた。ボクの視線に気づいて、微かに微笑む。


 桃色の髪を後ろで縛っていて、瞳はアメジストみたいな色をしていた。やや小柄でローブを身に纏っている女性だった。


「はじめまして」


 ハスキーな声で、どこか優しさを感じる口調だった。


「ど、ども」

「ワタシはリジー。ヒーラーだ。説明するのは面倒だからキミの面倒を見る人間という認識でいい。覚える必要もない」

「マオ・フルシロ。そのキミはアーティンベルの人?」

「うん? あぁそうだよ。ちなみにワタシひとりしかいない。戦闘能力はキミ未満だし、探りを入れるつもりもない」


 両手を上げて敵意がないことを示すリジー。


「まだ疲れていそうだね。眠ってくれて構わない。面倒な会話は後でしよう」


 確かにひどく眠たいし、体を動かすのもダルい。


 お言葉に甘えちゃおうかな。


「……おやすみなさい」

「あぁ、ゆっくり休むといい」


 あぁ、瞼が重いな……ねむねむ。







 次に起きたときもあまり変わらなかった。

 アロマのいい匂いと書類を書き込んでいるらしきリジー。かなり集中しているようでこちらには気づかない。


 体を起こすと、視線がこちらに向いた。


「おはよう」

「おはよー、ふあぁああ」


 あくびと背伸びをして、ベッドから降りる。


「えと、状況を聞かせてほしいんだけど」

「いいとも。順々に話をしよう」


 リジーがペンを置いて立ち上がる。


「まずはお礼をしないとだね」


 リジーは跪きながら頭を下げる。


「この国を救ってくれたこと、心の底から感謝する。ありがとう」

「あ……はい。どういたしまして」

「この国を代表……というと大げさだが、国民ひとりひとり、もちろん王族もキミに深く感謝している。本来ならもっと豪華な部屋でもてなしたいところだが……」

「ボクが結界の中に入れない?」


 ボクの言葉にリジーは頷いた。


「あの結界は冥魂結界。ボクの命をかけて維持する結界だ。そして術者は結界内には入れない」

「持続期間は」

「一生」


 リジーは数秒考え込んで口を開く。


「意図的な解除は?」

「可能だよ。この国が平和になったら、かな」

「アーティンベルには戻れない、と」

「そゆこと」

「なるほど」


 リジーは難しそうな顔をした。テーブルの書類を一瞥して立ち上がる。


「確認だけどディアプラーダとの戦闘結果は?」

「撤退させた。ボスの一人のサラマンダーは倒した」

「キミの力でディアプラーダは倒せそうかな?」


 ボクは首を振る。


「ディアプラーダの持ちうる戦力とディアプラーダ自身の強さを考えるとボクだけじゃ勝てない」

「なら今すぐに戦って解決とはいかないな」


 頷く。

 アルフやガリアを戦力に数えてもエリアボスと戦えるほどじゃないだろう。現状ディアプラーダの軍勢と戦えるのはボクだけと考えていいはずだ。


「アーティンベルの課題は山積みか」


 ため息混じりにリジーは嘆いた。

 

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