魔物の王

 ボクは急いで距離をあける。構えて、絞りカスみたいな魔力を練った。


 サラマンダーに魔王と連戦したせいで余力は正直ない。


「ガルーダか」


 黄色の鎧。サラマンダーやディアプラーダに比べると鳥をモチーフにしたスマートなデザインだ。それを身にまとっているガルーダが跪く。


『準備が整いました、魔王様』


 呼吸を整える。零勁による反動で大量の汗が流れ落ちる。髪が邪魔くさく感じるくらいだ。夜の間は、しかも月が出ていると更に吸血鬼の体が活性化してくれる。だからから体内で魔力が生成されるスピードは早い。


 時間を稼げばもう一戦やれる。やれるだけだけど。


 クソ、こんなボスラッシュ知らないぞ。ボクなんかやっちゃいましたか?


「では、幕引きだ」


 ディアプラーダが火を揺らめかせながら魔法陣を展開する。


「なんだ……?」

「ふふふ、アーティンベルを見てみろ」


 振り返る。アーティンベルの近くに巨大な黒い裂け目が出現していた。

 なんだ、あれ。


「サラマンダーが言っていたであろう。軍勢だ。転移させてきた」


 ……ということは、魔物がぞろぞろアーティンベルに攻め入るところってこと!?

 遠くの方でおびただしいほどの影がアーティンベルの城壁に突っ込む姿が見える。


「抵抗されたのなら仕方ない。鏖殺だ。楽しませてくれた礼だ。国が滅ぶ様をじっくり見ようではないか」

「ぐっ、ディアプラ!」


 火の玉に殴りかかったところで跪いていたはずのガルーダが瞬間移動し、ボクの目の前に立ち塞がる。


 いつの間にか曲剣を両手に一本ずつ持っていた。


『魔王様、サラマンダーを倒したのはこの者で』

「そうだな。我の分け身も消し飛ばされた」


 鎧が震える。


『こやつを斬り刻む許可を』

「チッ」


 拳を振るうが曲剣で軽くいなされて斬られる。

 一瞬で八回刻まれた。防御したから無傷だけど。


「まぁ、待て。弱りきっている小娘を相手にするのは本位ではないだろう」

『……そうですね』


 凄まじい殺意を隠すわけでもなく、ボクにぶつけながら曲剣を下ろす。


「それよりもアーティンベルが崩れていくさまを見ようではないか。中々見れるものではないぞ。燃える様はホロービタンダで見たがな。今度は嵐で蹂躙される様を見たいものだ」

『嵐であればおまかせを』

「期待している」


 魔物の群れが魔法を発動する。大小様々、多種多様の魔法が雨のようにアーティンベルに降り注ぐ。


「……あ……あぁ……」


 今のボクにはもう止めに行ける気力はない。


 そして。


 飛んでいった魔法……その全てが。


 ――アーティンベルの前で消滅した。


『――は?』

「――何?」

「…………ぷ」


 何度も何度も、幾重にも。

 魔法が当てられ、攻撃がされるが、アーティンベルには傷一つつかない。


「あっはははははは! あーもうダメ! 我慢できない。ふふっ」


 ボクはお腹を抱えて笑った。


 ガルーダの殺意が増し、ディアプラーダは火の勢いが弱まる。


「貴様の仕業か」

「あっはは! その通り! 言ったでしょ! 結界くらい用意できるって」


 それはディアプラーダとの会話の中で言った言葉だった。ボクは大きく両手を広げた。

 ニッコリしながら。


!」


 大笑いしながら説明してやる。


「あの結界は、許容を超えたダメージはボク自身へのダメージに変換されるようにできてる。そしてボクが死なない限り維持し続ける冥魂結界魔術さ!」


 そしてボクはほぼ不死身! 不老不死! 魔王パワー! 結界が破られることなどない!


 本来はめちゃくちゃ重要な拠点を、数十人の魔術師が全員文字通り命をかけて守るための結界だ。魔術師の人数分、結界の許容を超えた攻撃を凌げる。


 ボクはゴリ押し大魔術連発で突破してたけど、ボク自身がこの結界を発動させればボク自身は死なないんだから無敵の超結界の完成というわけさ。


 素材集めついでにボクが無断で準備してたものだ。だって許可させるかわからないし待てないし!


 なので、ボクが一晩でやりました!


 嘘です。本当は数日かかってます。儀式魔術かつ国を囲むのでめちゃくちゃ時間がかかりました。国中に仕込みをするので転移魔術をめっちゃ多用しました。衰えまくっていた転移魔術の精度も無理やり上げられました。転移って便利。


「解除」


 ボクはクンフードレスを解き、ただの布の服を着る。この後何が起こるにしても装備を壊されちゃ困るからね。魔物の軍勢プラスガルーダとかになったら勝つの難しいだろうし。


「ボクは不死身なので死にません! 残念でした」

「――ほぅ」


 ディアプラーダは特段怒りを示すこともなく、静かに、ただそっと話をする。


「では、どのくらい

「……やってみるかい?」


 結界に阻まれて魔法が火花を散らしまくっているのを背後に、ディアプラーダと睨み合う。


「フフフ」

「あはは」

「フハハハハ」

「あははは」

「ハハハハハハ!」

「はははははは!」

「――ますます気に入った! ガルーダ! 撤退だ。軍も帰らせろ」

『……良いのですか』

「あぁ、一晩で終わらせるにはもったいない! 行け」

『はっ』


 ガルーダは稲妻とともにその場から姿を消した。黒い裂け目が軍勢に迫っていき、魔物が消えていく。


 お、終わったのかな。さすがにこれ以上は過労死しちゃうというか。ま、死なないんだけどさ。


「魔王とは魔物の王。我以外にはありえない」


 二人きりになって、魔王が語りだす。


「しかし認めよう。その強さ、魔法――いや、魔術か。その点で考えればそなたも魔王だ」


 認められるまでもなく、魔王だもん。


「我の元にたどり着いてみせろ。そなたを殺す術を考えておく。じっくりとな」


 楽しげに、高笑いをしながら火の玉が小さくなり、消失する。


「――あぁ、ボクも考えておくよ。キミを倒せそうなとびっきりの空装を」


 壮絶な戦いの跡だけが残った大地で、ボクは呟いた。

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