異変

 二か月後、ほとんど空になった本棚に見つめられながら安楽椅子に座っていたバングが、コーヒーが空になったので取りに行こうと立ったとき貧血を起こし、その場に座り込んだ。食事の量は戻ってきたものの体重は元に戻らず、少しお腹が張っている感じがする。それに時々、発熱もあった。

 なんか……、おかしい。

 違和感を感じながらも、今まで普段の生活を送っていた。検査費用はかかるが医者に診てもらう事にした。そのままの足で家を出て、近くの大きなアールス病院へと向かう。

 そこでは血液、尿検査や問診、そしてしばらくして局部麻酔をし骨髄検査も受けた。痛い出費で体にも痛い思いをしたが、その日は「後日、連絡します」と帰された。


 その一週間後、アールス病院の医師からアベイダに連絡があった。直接の指名ではなく、たまたま受話器を取ったのがアベイダだった。

「はい、アベイダ・ルートです」

「こちらアールス病院の医師をやってますワイス・ラーズと申します。バング・ルートさんの身内の方ですか?」

「はい、そうですけど」

「先日、バング・ルートさんが当院にお越しいただきまして、検査結果が出たのですが……」

 そこで一旦、医師の話に間が開く。

 検査を受けに行った事など知らないアベイダは唾を飲んだ。

「ちょっと結果が芳しくなく、身内の方に来てもらいたいのですが」

「あー、はい。何時頃がよろしいでしょうか?」

「出来るだけ早くお願いします」

「分かりました、では明日の十四時で良いでしょうか? 父も一緒の方がいいですか?」

「ええ、一緒にお越しください。お待ちしております。では明日の十四時に開けておきますので」

「わざわざ、ありがとうございます」

 電話は申し訳なさそうにゆっくりと切れた。

 父さん……。

 妙な胸騒ぎを起こしながらも、その足でリビングに向かい、ソファーで小説を読んでいたバングに声をかける。

「父さん、この前病院に検査行ったんだって?」

「ああ、そうだが。電話があったのか?」

「うん、さっきの電話がそう。で、俺たちにも来て欲しいって」

「そう……、そうか……」

 その言葉でバングは何かを悟ったようだった。


「白血病です。結構、進行してます」

「そう、でしたか」

 アベイダだけ呼ばれた診察室で、担当の医師にそう告げられた。バングはロビーで市販の小説を読んでいる。ある程度、覚悟はしていたものの、口で直接告げられると重いものが体全体にのしかかる。

「体重の減少などは、いつ頃から現れましたか?」

「ええと……」

 アベイダは言い淀む。

「半年ぐらい前です」

「その時にでも来ていただけたら、まだ全快の余地は大きかったのですがね」

「はぁ……」

 刑務所にいました、などとは、とても言えない。

「この事は、バングさんに伝えるか伝えないかは、あなたにお任せします。今日は抗がん剤を処方しますので、希望を失わずに前向きにいきましょう。書類を作成しますので、しばらくロビーでお待ちください」

「分かりました、ありがとうございます」

 医者に一礼し、呆然と吊るし戸を開けた。ロビーで待っているバングと目が合う。

「だめ、だったか……」

 アベイダはゆっくりと頭を振って、わざとらしく笑みを浮かべた。

「まだ大丈夫だよ。白血病の初期だって。今日から抗がん剤を飲まなくてはいけないけど、大丈夫」

「そうか……。そういえば、そろそろフーリエの出迎えの時間だな」

「うん、そうだね。書類と薬貰ったら直接行こう。フーリエも喜ぶと思うよ」

「はっはっ、そうか。保育園以来あまり行ってなかったからな」

 喜ぶバングの横で、アベイダは偽物の笑顔を保つだけで精一杯だった。

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