死と、これからを生きる者

 バングは病床でフーリエの手を握っていた。フーリエは床に膝をつき、両手で優しく包み込むように握っている。底冷えする床の冷たさが衣服を通して膝に伝わる。

 齢七十二歳、若い頃に建国されたばかりのステラトリスに住んでいた妻と出会い、結婚し息子を授かったが、早くして妻に旅立たれた。男で一つで何とか息子を育て上げ、息子も結婚し孫の顔を見ることが出来た。十七歳まで成長した孫の姿を妻にも見せたかったと入院中は思っていたが、これで向こうで再会した妻に孫の話をすることが出来る。そう悟りきっていた。

 今は可愛い孫が感覚の鈍くなった手を握ってくれている。波乱万丈だったが、最後はこんなに幸せな人生で良かったのだろうかと今では思う。

「……おじいちゃん」

 今はもう僅かに頷くことしかできない。少しずつ視界も狭くなってきた。最後にもう一度聞かせて欲しい。可愛いあの声で、おじいちゃん、という言葉を。

「おじいちゃん!」

 心電図の波形が止まり、ワイスはフーリエの手からバングの手を借り脈を計る。そして小さく「ご臨終です」と呟いた。

 アベイダの胸の中でカミルが泣いていた。彼もバングの片手を握りしめていた。

「ありがとう。お休み、お父さん……」

 ベッドを挟んでフーリエも泣き崩れていた。

 

 最後の別れを終え、三人は病室を後にし一階へと降りてきた。

 フーリエは泣き止んでいたが、祖父の最後の顔を忘れまいと歯を食いしばっていた。カミルの肩を抱くアベイダの隣で、気丈に前を向いて歩いていた。

 その時、見知った顔の人物とすれ違った。

「ミグ……?」


 病院の外のベンチでフーリエとミグは並んで座っていた。

 それぞれ違う高校に進んだ二人の会話は、しばらくは弾んだが、今は会話が止まっている。

「ところで……今日は何をしに?」

 フーリエから会話を切り出した。

 ミグが性転換手術をした重要性に気づいたのは高校に入る直前だった。

「今日はね、子宮頸がんのスクリーニングに来たの」

「えっ!?」

「まだ委縮した膣が残っている可能性があるから、定期健診だって」

「そう……」

 会話が続かないのは、ミグの服装が気になったからだった。少し金色がかった肩まである長い髪に、スカートをはき、顔にはうっすらと化粧をしている。

「私ね……」

 ミグが話し出したが、言葉が詰まる。そして涙声で続けた。

「好きな人が出来たの。……男の人」

 ミグは顔を両手で隠し、声を出して泣き出した。

「ミ……グ……」

 フーリエも堪えきれず大声で泣き出し、彼女を抱きしめた。

 あまりにも残酷な代償だった。もう取り返しがつかない。そのような選択に迫られた圧倒的な社会に対し、声を上げるように二人は泣き続けた。

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