首相

『それでは閉経した女性は何と呼ぶのですか?』

『それは……』


 この国の首相であるラスナ・メディグリはテレビを消した。ラスナの執務室で夕食後に何気なく見ていたのだが、コメンテーターの意見に追いきれなくなっていた。

 私がマイノリティーの票を得て今までこの社会を引っ張ってきたけど、最近はより加熱していくばかり。どうしてこのような社会になってしまったのか。私の理想としていた社会とは、ほど遠かった。ただ政治的正しさと男女平等を訴えてきただけなのに。

 彼女は温くなった紅茶を啜り、音もたてずにガラステーブルに置く。

 様々な背景を持つ人々が集まって、より新しいアイデアが生み出される、と信じてきたのに、魅力的なコンテンツが無くなり、抑圧された社会で働く人のストレスの、はけ口が無くなっている。半生をかけて問題に取り組んできたのに、最近は反社会デモが所々で行われている。性の自認が多岐を迎え、人口減少の歯止めがかからない。国内の生産性も落ちている。

「はぁ、どうしたものか……」

 今やヴィーガンと環境活動家が手を組み、野党の中で一つの大きな政党になりつつある。エネルギー問題でも混迷しているのにどうすればいいのだろうか……。太陽光発電を促進せよ、とは言われるけど、人口に対して発電量があまりにも小さくソーラーパネルもメンテナンスに莫大な予算が必要であり、用地の確保や機器寿命が短いため、単なる環境破壊につながりかねない。そして電気代も高騰する。

 ラスナの抱える問題は非常に大きく根深いため、解決の糸口が見つからない。今日何度目かの重い溜息をついた時、執務室のドアがノックされた。

「どうぞ」

「失礼します」

 入ってきたのは差別問題に真摯に取り組んでいる、補佐のカナフィ・サンドクリエルだった。

「御休憩のところ、申し訳ありません。現政権に対するデモの許可申請が五件あるのですが、いかがいたしますか」

「小規模のデモを二件だけ許可を出してやりなさい」

「宜しいのですか?」

「少しはガス抜きをさせないと、暴動に発展するかもしれませんからね」

「あと、あの国のフェミニスト団体から首相に、国を代表して講演会に来て欲しい、との依頼がありますけど」

「ああ、あの国ですね。彼らの主義主張には一貫性が見られない。ただ流行りに乗じて声を上げているだけでしょう。彼らは自分たちを負け犬だと自覚していない人々の遠吠えにしか聞こえません。放って置いて良いです」

「そのまま返答して良いのでしょうか?」

「いえ、言葉遣いだけは変えるように。ただ断って下さい。そんな余裕はありません」

「かしこまりました。あとは野党第一党の……」


 結局、緊急の党内会議も終え、ラスナが就寝したのは深夜三時を回っていた。

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