自認と配慮

 その後もフーリエとミグは学校で話し合う機会が多かった。

 授業も終わり、帰り支度をするフーリエの隣にミグが腰かけながら話始める。

「私ね、将来後悔しないようにするために、このままでいたいのか、それとも女性として過ごすのか決めろって言われているの」

「どうしたの突然。それって、どういう意味?」

「ううん、詳しくは分からない。でもさー、私このままでいたいんだよね。男友達とスポーツやっているほうが好きだし。だから男でもいいかなって思う時があるんだ。フーリエはどっち?」

「私はもちろん『女性』よ」

 即答した。

 最近フーリエは初潮も来て、胸も膨らみ始めた。そして過去に祖父から見せてもらった魅力的な女性像というものに憧れていた。

「そうだよなー。フーリエ可愛いもん」

「なっ! そんなこと家族以外から初めて言われたー」

 頬に手を当ててフーリエは顔を赤らめる。

「ほら、可愛いって!」

「もう、からかわないで!」

 まんざらでもないといった感じのフーリエだった。

「そっかー、私も決めた」

「何を?」

「うん、ちょっとね」

「帰ろっか」

「うん」


 ミグはGnRHアゴニスト投与を始めてから一年で、性転換手術をすることに決めた。


 バングが入院することになって半年が経つ頃、フーリエは夕食後にリビングで家族とテレビを見ていた。インターネットも普及しているが制限されていて、外国の情報がほとんど入って来ない。市販の小説もキャラクター説明が無駄に歪で全く興味が湧かなかった。

「あのね、父さん」

「んー?」

「ミグがね、男の子になるんだって」

 新聞に目を落としていたアベイダは驚きの表情でフーリエを見た。彼女はニュース番組を見たまま呟く。

「言っている意味が分からないけど、そうなんだって」

「……そうか」

 よく考えた末での結論だろうと、アベイダは納得するしか無かった。

 ニュースは討論会を垂れ流していた。


『……ですから、かつて看護婦という言葉が看護師に統一されたように、父や母、お父さん、お母さんという言葉も変化しなければ、今の時代に合わないのです。常にアップデートしなくてはいけません』

『それではどう呼べばいいのですか?』

『それは「親」です』

『はぁ? では男親と女親と呼ぶのですか?』

『それでも男女差というのが出来てしまいます。これからは……、そう、「子供を産む親」「子供を産まない親」と変更するのが一番良いのではないでしょうか』

『それでは閉経した女性は何と呼ぶのですか?』

『それは……』


 カミルがリモコンでテレビを消した。

「どうなっていくのかしら、この社会。多様性やマイノリティー、差別に配慮しろ、とはいうけど、アップデート出来るか分からないわ」

 静まり返ったリビングに新聞を捲る音だけが鳴る。

 頬杖をつくカミルから重い溜息が漏れた。

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