ステラトリスへの輸入

「レタスが三十ケース、キャベツが五十ケース、……」

 周囲が闇に包まれる中、集荷場のライトの下でリストを読み上げるドグ・トライアの横、ロッド・リーンネルはトラックに輸入品の荷物を積み込んでいた。これからこの荷物は陸続きのステラトリスへと送られる。三時間ほどかけてダブルチェックをしながら荷物は積み終わった。扉を閉め、金属製のバンドでシールをして、それも二人で確認する。

 ドグはもうそろそろ引退で、今後は二十代半ばのロッドがそれを引き継ぐため、今は配送助手として働いている。だから今後はロッド一人でこの作業をやることになる。

「よし、時間もあるし一服するか」

「ええ、わかりました」

 手の甲で金色の前髪がかかる額の汗を拭い、ロッドは胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。

「ドグさんはもう何年、ステラトリスに輸送しているんでしたっけ?」

「もう三十年になる。あそこは変わったところで、あまり皆がやりたがらない。私にとっては楽な仕事だけどな」

 半白で短い髪のドグは、無精ひげを擦る。機嫌がいい時の癖だった。

「へぇ、楽なんですか?」

「普通は送り先で荷物を降ろすところまでやるけど、あそこは職員がやってくれる。だからインボイス等の書類を渡すだけでいい」

「へぇー、変わった国ですね」

「なんでかは俺は分からん」

 ステラトリスが建国された経緯などドグにはどうでも良かった。ただ衣住食を家族に提供する分の稼ぎがあれば、それで良かったのだ。

「よし、一時に出発しようか」

「はい」

 

 車通りの全くない国道二十八号線を北上して、二人と生鮮食品を乗せた大型トラックはステラトリスの国境へと辿り着く。ステラトリスに出入りする車は、ほとんどが日用雑貨や医療品、雑貨等の輸送。他は、ほとんど空輸で行われている。異文化の侵入を極端に怖がっているような警戒網だった。

 午前四時、国境検問所に並んでいた十五台のトラックの最後尾にドグはトラックをつけた。

「まあ、この量だと三十分ってとこだろ」

「そんなに早いんですか?」

「ほとんど見たことのある車ばかりだからな。ドライバーの顔さえ知っていれば、簡単な検査で終わる。密入国するような人間なんて聞いたことが無い」

「そんな国なんですか……」


 ドグの言った通り、約三十分ぐらいで国境警備員の検査に入った。

「やあ」と、ドグはいつもの警備員に書類を渡すと、彼はアルカイックスマイルを返してきただけだった。トラックの隙間をライトで照らされ、シールのナンバーが合っているか確認して、一分ほどで通過した。

「ああ、ついでに君の顔も覚えてもらえば良かったな。また明日にでもするか」

「はい、ぜひ」

 三分程走らせると、専用集荷場に到着した。そこには中型トラックが多数ホームに停められていて、これから仕分けをして国内各所に届けられる。守衛に促され、その中型トラックの前を通り、大型トラックが停められるホームに指示通りにバックで停める。

「で、この書類を持って」

「はい」

 二人がトラックを降りると、東の空がうっすらと橙に色づいてきていた。

「あの建物だ」

 薄明りの中、ドグは指をさす。集荷場に併設された建物はずいぶん老朽化が進んでおり、中程度の地震だと倒壊しそうな佇(たたず)まいだ。明かりが灯る部屋の脇のドアをドグは開いた。

「おはよう、よろしく頼む。さあ」

 ドグに促されたロッドは、受付にいた男性に書類を渡した。

「来月から俺の代わりに、彼、ロッドが担当になる。よろしく」

「はい、ロッド・リーンネルと言います。よろしくお願いします」

「へぇ、そうなんですか。こちらこそよろしく。そうかぁ、ドグさんもう定年なんでしたね」

「ああ、孫も大きくなって自立したし、趣味の木工細工でも販売しながら余生を過ごすよ」

 そう言ってドグは大笑しながら顎髭を擦った。

「よし、休憩だ」と事務所の奥の戸口を指さす。

「はい」

 戸口を抜けてすぐ左側に淡い緑のソファーとテーブル、二つの自動販売機、大きなモニターが置いてある部屋があった。ドグが先導しロッドが後に続く。室内には他に三人のドライバーが待機していた

「好きなところに座りなよ。自販機も使っていいし」

 ロッドは自動販売機でコーヒーを買い、ドグの隣に腰を落ち着かせた。

「本当に荷下ろししなくていいんですね」

「ああ、楽なもんだろ」

 室内のモニターは四分割されていて、その一つには先ほどトラックを着けたホームを映し出していた。モニターの中には四人の男女の姿が見える。一人は明細表とシールの番号を確認している。二人でチェックを終えた後、ボルトクリッパーで金属製のシールを切った。そして観音扉を開け、その横に積んであったパレットを自力で降ろして荷物の個数を数えながら載せていく。

「なぜ荷下ろしを自分たちでやっているのですか?」

「さあな、分からん」

「まあ、助かりますけどね」

「ただドライバーの何人かは、ここのシステムが気味悪いみたいで、ここの担当は私がずっとやってきた。三十年働いてきたが受付の人以外と話したことは二回しかない。それも挨拶程度だ」

「そうなんですか……」

 忙しなく動く彼らを映すモニターを見ながら、よく冷えたコーヒーをロッドは飲み込み眠気を覚ました。

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