残った物
日付を合わせていたフーリエは、その明後日にランドと会う事が出来た。大会で怪我でもしたのだろうか、と不安だった彼女の不安は杞憂に終わった。いつも通りのランドが点呼には姿を見せた。
ほっ、と胸をなでおろし朝礼を終え、仕事中も隙を見て彼は相変わらず手伝いに来てくれる。そして最後の休憩時間にいつも通りのコーヒーを持って彼のもとに向かった。
資材に腰かけ彼は俯いている。
駄目だったんだ……。
もし、駄目だった場合のセリフを用意していたフーリエは、俯く彼の視界にゆっくりとコーヒーを差し出す。
「お疲れ様。駄目だったんだ」
「うん……いや、八位には入ったんだ」
「えっ、やったじゃない!」
八位とはギリギリ入賞だ。だがフーリエは、何故そのように落ち込んでいるんだろう、と思うしかなかった。
ランドは、ありがとう、と言ってコーヒーを受け取る。だがすぐには飲もうとしなかった。
「ランド、どうしたの?」
「ああ、ちょっと……」
「言ってよ、私聞くから。話したらスッキリするかもよ」
「うん」
しばらくランドからの返答はなかった。だがコーヒーの栓を開けて、グッと一口飲んで話し出した。
「俺の後輩が優勝したんだ」
「えっ……」
どういう反応をすればいいのか、フーリエは判断に迷った。
「ずっと男子の部で頑張っていた俺より格下な奴なんだけど」
眉を顰めるフーリエは続きを待った。
「そいつは女子の部で、『女性』と自認して優勝した。俺のような片親で貧乏な人間にとっては、全国大会優勝っていうのは大きいんだ。それ一つを大きな勲章にして良い会社に入ることが出来る。そして早く母さんを楽にさせてあげたい。だから俺は……『女性』と自認する道を選ぼうかと思う」
口を付けずに温くなってきたコーヒーを持ったままのフーリエに眩暈が襲った。
「それに女性が優先的になってきた社会だ。『女性』と自認したほうが生きやすい世の中かもしれない」
その時、休憩終了のベルが鳴った。
「休憩終わりだ、行こう」
ベルの音も聞こえずに彼女は、しばらく固まったままだった。
『女性』と自認する事を決定した、とランドの口から告げられたのは翌日の休憩時間だった。
フーリエの初恋は、無情にかつ儚く終わりを告げた。
資材搬入の仕事が三週間を過ぎて、フーリエは相変わらず耐えていた。
アストレのバッグ、アストレのバッグ……。
予定ではキッチリ一ヶ月間勤め上げれば、後はカミルからのお小遣いで賄える予定だった。あと一週間。
二連勤の最終日を迎えたフーリエには、本人でも気づかない疲労が溜まっていた。どのような仕事でも基礎体力がなければ慣れるものでもない。ランドは相変わらず秘密裏に手伝ってはくれるが、手伝いに来てくれないときは一人で頑張らないといけない。
丁度、建設用のエレベーターが最上階まで行っていたので、彼女は三十五キロもの資材を持って二階に上がることに決めた。明日は休みだ。
しゃがみ込み、地面から資材を肩に担ぐ。なんとかバランスを整え、一歩また一歩と進め、まだタイル張りがされていない階段を上がる。全身で呼吸しながら体幹を整えて、何とか過度な力を使わずに途中まで上がってきたものの、未舗装の段差に足を一瞬かけてしまい、バランスを崩しそうになって耐えた。だが慣性は止まらず資材が肩から滑り落ち、絶対に落とせない、と踏ん張ったフーリエは腕の力だけで一瞬、資材を持ってしまう。落として壊さないように力を込めた瞬間、左肩に激痛が走った。そのままゆっくり資材を階段途中に落としてしまう。
激痛が走る中、彼女は資材が壊れてないか確認したが、その心配はなかった。
だけど異常に肩が痛い。右手で押さえ蹲(うずくま)っていると、近くの職人が建築中の部屋の一つから顔を出した。階段で蹲っているフーリエを見つけて、慌てて駆け寄ってくる。
「おい、どうした!」
「すいません、ちょっと肩が!」
彼女の肩は力なく垂れ下がり、傍目からみても異常だと分かるほどだった。
ジンジンと疼く痛みが肩を中心に全身を襲い、詳しい説明が出来ない。
そのまま現場監督の指示で病院に行くこととなり、病院で亜脱臼という判断を受けた。全治三週間、結局アストレのバッグは買えず、小さなアストレのウォレットと失恋、リハビリが残った。
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