裁判の影響

 ラスナ首相の元補佐をしていたカナフィ・サンドクリエルは傍聴席でこの裁判を見ていた。彼女は去年、総選挙で当選し、今は与党の一議員になっていた。表情を変えず、ただ裁判の成り行きを見つめている。判決が下される前に彼女は退室した。


 同じく第三期首相となったラスナも執務室でモニターを見ていた。くだんの裁判内容に溜息をつきながらモニターを消す。

 無罪……か。

 彼女の思考は宙を彷徨い、職務が少ないにも関わらず寝付いたのは朝四時頃だった。


「いやぁ、よくあのような情報を知ってましたね。とりあえず、おめでとうございます」

 一審で無罪判決が出た裁判所の廊下で、ディヴィラはウォッドと握手をしていた。その情報を前もって知っていたウォッドに感服していたのだ。

「いえ、先生は良い働きをして下さいました。感謝しております」

「ただ、このような危ない橋は渡らないようにして下さいよ。判例があったからいいものの、本来でしたら……」

「おっと先生、私は用事がありますので、ここで」

 ディヴィラは嘆息して、その水色と淡い橙のストライプを見送った。

 どうも、危うい男だ。本当に社会に解き放って良かったのだろうか……。

 無罪判決を勝ち取り、裏の通用門へ通じる廊下を革靴の音を立てながら角を曲がったウォッドのその横顔には、確かな笑みを湛えていた。

 

 ウォッドの判決は第二審でも覆らず、上告したものの覆らなかった。

 結局、事件から半年後、ウォッドは無罪が確定した。

 この判例は国内で三件目となり、初の同判決ほどの騒動は起きなかったものの新聞の一面を飾り、コンテンツの少ない国内の大きな関心事として一般市民が日常会話でも口にするほどだった。


 大学から戻ったフーリエは夕食を終え、テーブルに頬杖をついてカミルと共にニュースを見ていた。

『……元被告は無罪を勝ち取り、この問題は市民の意識を次の段階に……』

「あなたも良い年なんだから、気を付けなさいよ」

 そう言ってテーブルを立つと同時に、フーリエの前に置いてあったカップをカミルは下げる。

「大丈夫よ、多分」

 ルーシーという名前は覚えていたものの、シェズ・ベルリアという名前は忘れていたフーリエは表情も変えず、テレビをぼんやりと見ながら答えた。もう彼女との再会も諦めているような感であった。

 カウンター越しに立ち、キッチンで食器を洗い始めたカミルは、頬杖をついて眠そうにテレビを見ているフーリエを見て、時々昼前まで居汚く寝ている姿を見ているカミルを思い出し口に出した。

「あなたは周りに良い人はいないの? そろそろ良いパートナーを……」

 その言葉を聞き始めたフーリエは、テレビを消して立ち上がり言葉を遮った。

「中々、良い人がいなくてさ。私、高望みなのかも」

 そう言い残して自室へと消えていった。

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