初公判

 ウォッド・クロストは犯行から三日後には逮捕されていた。

 防犯カメラの映像、シェズ・ベルリアの体内に残されていた体液が動かぬ物証だった。

 犯行から一ヶ月後、初公判が開かれた。彼女は精神的に入廷が出来ず、左側には検察と原告代理人のみだった。


「ウォッド・クロスト、――年――月――日生まれです。住所は――」

 見た目より高い声でウォッドは述べる。裁判官による人定質問が終了する。

「被告人は――年――月――日午後十二時三十五分頃、――店一階東側トイレ内において、シェズ・ベルリアを暴行、姦淫、罪名及び罰条、暴行致傷、強姦、刑法第八十二条」

 しっかりとセットされた頭髪に、水色と淡い橙のストライプのシャツ、黒いスラックスにビンテージの革靴といった、カジュアルな格好のウォッドは、起訴状が読み上げられる時も、うっすらと笑みを漏らしていた。

「内容に異議はありますか?」

「いいえ、ありません」

 法廷は冒頭陳述に入っていく。

「では弁護人」

「はい、起訴状には問題はございません。ただ……」

 撫でつけた髪の若手弁護人、ディヴィラ・パークスは黒ぶち眼鏡の奥を細めながら続ける。

「まずは証拠品Aをご覧ください」

 裁判官に証拠品が手渡される。

「その用紙は事件四十五分前に原告によって書かれたものですが、性別の欄に『猫』と書かれています。これは原告が『猫』を自認している証拠になります。なお原告が大学で使用しているノート及び筆跡鑑定書を添付いたします」

 陪審員と傍聴席からざわめきが起こった。

「静粛にお願いします」

 裁判官は一声発し、証拠品を見る。筆跡鑑定書は確かに国選鑑定士による印と名前が記載されてあった。用紙にも彼女の住所が明記されている。

「そして被告ですが、あの時『猫』を自認していました」

「被告人、本当ですか?」

「はい、あの時、私は『猫』を自認しておりました」

「詭弁だ!」

「反論がありましたら、手を上げて発言してください」

 黒いスーツの検察は手を上げる。

「あの時、被告人が『猫』だという証拠はどこにあるのでしょうか?」

 ディヴィラは手を上げる。

「では『猫』ではない、という証拠をお出しください」

「ですが、被告が原告を強姦したのは事実です!」

「刑法第八十二条にはこう書かれてあります。"暴行又は脅迫を用いて女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、五年以上の有期懲役に処する"。要するに、原告は『女子』ではなく『猫』なのです。猫がトイレで交尾を行い、その際、雌が負傷した、に過ぎないのです」

 検察は、もう我慢ならない、といった表情で手を上げた。

「二人とも『人間』だ! 生物学的男性が生物学的女性を強姦したんだ!」

「検察は人の尊厳を曲げるような差別的発言は控えなさい」

 裁判官が窘めた。

 審理は荒れるかに思われたが、市民意識が根付いているのか陪審員の判決は当然の帰着を見せた。

「では、被告人を無罪とします」


 それを聞いたシェズと一家は即日控訴した。

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