凶獣

 シェズ・ベルリアの生活は、彼女の言葉通り自由気ままだった。休校日の今日は昼前に起き、自慢の黒いボブカットを整える。顔はむくんでいない。空腹のまま親から買って貰った愛車のカムリを走らせ、市街地へと向かう。街中に入ると駐車場に車を止め、ウィンドウショッピングかレストランに出かける。ガーリーな服が店頭に飾られている、今まで入ったことが無い店に立ち寄った。店内の雰囲気に足を弾ませ店内に入る。

「いらっしゃいませ」

 丁寧な挨拶を受け、気分良くシェズは店内を物色する。フリルのついたパステルカラーのキャミソールがいくつか出ていた。

 ピンク、可愛い。

 一応値段を確認して、それを手に取り他の服も見て回る。手に持っていると店員が預かってくれた。

「ありがとうございます」

 ピンクのキャミソールに合いそうな白いスカートも見つけた。膝丈ほどでクルリと回転するとふわりと回りそうだ。

「試着いたしますか?」

「はい、じゃあ」

 試着室で、白いスカートとキャミソールを合わせる。

 うん。いい。

 気に入ったシェズは即決した。着てきたホットパンツと白のカットソーに着替えなおしたシェズは、試着室の扉を開けてすぐの店員に渡した。

「これとその二つ、お願いします」

「お客様、当店は初めてですか?」

「あ、はい」

「ぜひ会員カードを、お作りになりませんか。当店の最新アイテムのなどの情報を郵送でお送りします」

「うーん、ではそれもお願いしまーす」

 店員の案内でカウンターまで行き、用紙を渡される。彼女は財布からカードを出し、「一回で」と伝えた。

 良い買い物が出来たー。

 上機嫌の彼女は周りを見ずに用紙に住所や名前を記入する。性別の欄、男、女、そしてその隣に( )がある。シェズは迷わすその( )に『猫』と書いた。

 彼女が用紙に記入している間に店員は丁寧に服を折りたたみ、艶のある紙袋に入れ、彼女が書き終わる頃に紙袋の取っ手と底に手を添えて手渡した。

「ありがとうございました。気を付けて行ってらっしゃいませ」

 昼時に売り上げた店員は、笑顔で彼女を見送った。


 紙袋をゆらゆらさせながら、彼女はレストランを探す。

 朝ごはんも食べてないから、ちょっと食べても良いかなぁ。……いや、いやいや、そこは我慢よ!

 レストランは諦め、カフェに入ってミネラルウォーターに野菜のスムージー、ベーグルを頼んだ。窓際に座るなり、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを半分ほど飲む。意外と喉が渇いていた。ベーグルに、はむっとかぶりつく。表面はカリッとしていて中はもちもち。

 当たりだ。ここもチェック。

 小さい口で何度もかぶりつき、スムージーとともに空の胃の中に落としていく。最後にミネラルウォーターを飲み切った彼女はトレーを戻し、満足した表情で揚々と店を出た。


 その男は【獲物】を探していた。その男、ウォッド・クロストは自分の性の、はけ口を探すために街を徘徊する。性的コンテンツや売春が禁止されているこの街は、彼には何かと窮屈だった。今や彼の性的欲求は限界まで達しようとしていた。

 快活そうなホットパンツに白のカットソーの女性が上機嫌で横を通る。彼女からは増々体を火照らせるような良い香りがした。黒いボブカットも小さめの顔に合っていて美しい。ゆっくりと加速し、彼女と歩調を合わせる。

 彼女はガーリーな服が店頭に飾ってある店に入っていった。ウォッドも何食わぬ顔で入っていく。彼の身なりは、その店に合わない様な服装ではなかった。身なりは整えてある。自分の彼女の服でも探しに来たのか、といった体である。鼻歌を歌いながら、服を選ぶその彼女に強く興味を惹かれた。服を選ぶ様子を見せながら、時折その彼女の一挙手一投足を見守る。そして彼女は買う物が決まったのか、カウンターに向かい用紙に記入している。斜め後ろからウォッドは彼女の手元を見つめる。性別の欄の( )の欄に記入しているのを確認した。彼の口角が上がる。

 店員に見送られた彼女は次にカフェへと入っていく。

 ウォッドも続いて入りミネラルウォーターだけ頼んで、席に着く。彼女の姿を背後から眺める。外の景色を見ているフリをしながら、彼女のくびれたウェスト、細い腰を嘗め回すように視姦するも、彼の表情は変わらない。ただただタイミングに合わせてミネラルウォーターをチビチビと飲む。

 どうしようか……。

 思案しているうちに、彼女はペットボトルのミネラルウォーターを飲み切って、席を立つ。彼は飲み切ってないペットボトルを、その場に残し後を付ける。

 彼女が何かを探しているようだ。

 近くの案内板を見た彼女は、迷いなく真っすぐ進み、角を曲がる。その先はジェンダーレストイレだった。ウォッドは速足で後を追う。トイレのドアを開けた。彼女が今個室に入ろうとしていたところだった。入ろうとしていた彼女を突き飛ばすように個室に押し込む。

「きゃっ!!」

 叫び声は一瞬だった。鈍い音がした。

 彼女は押された拍子にトイレのタンクに頭を打ち、気を失っていた。

 後ろ手に個室のトイレのカギをかけたウォッドは、トイレットペーパーを丸めとり、艶やかな髪を掴んで引っ張っり、顔を上げさせて気を失っている彼女の口に突っ込んだ。そして彼女を抱えて便座に座らせ、ホットパンツと下着を乱暴に脱がせ、自らの剛直を出し荒々しい獣欲を振り乱した。


 鈍い痛みでシェズはうっすらと目を開けた。頭と下腹部が痛い。口の中に違和感を感じる。反射的に口の中のものを吐き出し咳き込む。

 あれ……、ここは……。

 まだボンヤリとした頭で自分の胸元を見る。胸と下半身ははだけ失禁していた。胸元まで上げられた白いカットソーには自分の血が滴っていた。

 私……。

 意識があるうちに動かせる体を動かし、とりあえず胸元まで上げられたブラジャーとカットソーだけ下ろしてトイレ内に設置された緊急ボタンを押した。


 午前中の講義を終えたフーリエは、シェズを探していた。

 ルーシーったら、また休みなのかしら。ここ一ヶ月ほど見かけてないし。

 普段の生活を送りながら、視線はルーシーを追っていた。講堂や行き来する廊下、食堂、駐車場。その内、自然と彼女の存在がフーリエの頭から薄れていった。

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