フーリエ

 さらにトラックは走って約一キロ。ロッドは高架の路肩にトラックを停めた。そして車から降り、背後に回って観音扉を開けた。

「もう大丈夫だよ」

 声をかけると、段ボールがもぞもぞと動いて、フーリエが姿を現した。そして開いた扉から光の射すロッドの方へ仮面を片手に歩いていった。

「寒かっただろ」

「ううん、大丈夫です。段ボールが風よけになって」

「それにしても本当に良かったの?」

「はい、あの本を、トーアの本を見て決断しました」

 ロッドは手を差し出す。空いている手でその手をとったフーリエは扉に手をかけながら、軽く飛んで着地した。

「そうか、とりあえず助手席に。温かいコーヒーでも飲もう」

「その前に、ちょっと待ってください」

「ん?」

 仮面を持つ右手を大きく振りかぶってフーリエはそれを投げた。音を立てて高架下の森へと曲線を描いて飛んでいく。

「初めて見た時から一回投げてみたかったんです。絶対よく飛ぶだろうな、と思ってて」

 その言葉にロッドはクスリと笑った。

「君、名前は?」

「自分は……、いえ、私はフーリエ。単なるフーリエです」


 トラックの助手席でフーリエは外の景色を眺めていた。多種多様な広告があり、それのどれもが魅力的だった。

「そんなに珍しいかい? 外の景色が」

「はい、あの国の、ステラトリスの広告は魅力がありません。本当に商品を売りたいのだろうかと思ってました」

「それにしても君が思い付きで、こんな行動に出てないことを祈るよ」

「いいえ、覚悟の上です。最近色々考えていたのです。あの国のあり方について。両親に会えないかもしれないのは寂しいですけど」

「まぁ、亡命の成功例なら山ほどある。俺も独り身だし、しばらくは力になるよ」

「何から何までありがとうございます」


「婚約者であるフーリエ・ワスナが集荷場から行方不明になったそうです」

 勤務中、スマホにかかってきた政府関係者からの電話でディヴィラは、そう聞かされた。

「……分かりました、電話ありがとうございます」

 ディヴィラはスマホを切って事務所の窓から空を見上げた。ちょうど航空機が飛行機雲を作って飛んでいる。

 集荷場……。あそこなら外国へ行けたのかもしれない。彼女なら大丈夫だろう。

 彼は一つ安堵に満ちた溜息で誤魔化し、顧客と向き合った。

「では、ご依頼の件ですが、これは刑法第百二十二条に抵触する可能性が高いです。ですから今後の方針としまして……」

 

『お父さん、お母さん、突然の亡命、そして心配かけてごめんなさい。私は自分の住みやすい土地で自分の生き方をしたいと前々から思ってました。ステラトリスは自分には息苦しくて、将来の展望が霞んでいました。まだニ十二年しか生きていないのに、そのような事を考えていたなんて早計と思われるでしょうが事実です。自由気ままに暮らしたいとか、そのような事ではないです。もっと色々な表現にあふれた多様性のある社会で、自分の感性を磨きたいのです。いつか、お父さん、お母さんをこっちで迎えられるよう、それを目標に頑張っていこうと思います。生活の方は今はまだ助けられている状態ですが、世話になっている方は良い人です。それでは御身体に気を付けて待っていて下さい。 フーリエ』


 手紙を読んだカミルは安堵と悲しみから涕泣が止まらなかったが、アベイダは逆に安堵の溜息をついていた。

 そうか、とりあえず無事でよかった。

 掌(てのひら)で顔を伏せ、今だに肩を揺らすアメルをアベイダは抱きしめた。

「大丈夫だ。フーリエならやっていける」

 アベイダは子供の頃に読んだトーアの漫画を思い出していた。逆境に立ち向かい、愚直に邁進する主人公の姿を。フーリエなら、それを読んで逆境を原動力に邁進し、再び私たちの前に姿を現すはずだと。


 薫風香る陽気の下、心地よい風が吹き、彼女の長い黒髪を泳がせる。フーリエは勉強を途中にベランダでロッドの洗濯物を干していた。

「今日も洗濯物がよく乾きそう」 

 雲一つない空には飛行機雲だけが一条引かれている。

「さあ、今日も頑張ろう」

 洗濯物を干し終えた彼女は気合を入れ、机に向かうのだった。








 今、欧米ではステラトリスのような環境になりつつあると聞きます。

 色々な動画や資料を見ていて「一つの物語が出来る」と思い、一気呵成に仕上げました。

 本当の多様性とは何でしょう?

 書いておいて疑問を投げかけて終わるのは、あとがきとしてどうか、と思いますが、結構差し迫った問題だと思います。

 多様性には表層的と深層的の二種類があります。簡単に言うと見た目と本質ですね。本当に多様性が豊かな社会を生み出すのなら、両方の面に配慮して社会を作っていくべきです。私はごめんですけど。

 多様性の利点にも触れたいと思いましたが、実際利点になってないと感じて物語的に深くならないので省きました。

 もうちょっと色々詰め込みたかったのですが、ややこしくなるので、この辺で勘弁してください。

 最後までお付き合い下さった、まさぽんたさん、グッドマークをいつも付けて下さり、ありがとうございました。

 次回はミステリ系に挑戦しようと思っていたのですが、勇者が来る!! の作り直しが先に完成してしまいました。その後は、まだ未定です。転生ものになるか、ミステリ系になるか。多分、転生ものかも。

 今回は一風変わって社会問題に取り組んだのですが、いつも読んで下さってありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ。

 勇者が来る!! 練りに練って書き込みましたので、乞うご期待です!

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濁渦 北丘淳士 @kitaoka-atsushi

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