お見合い

 仮面をつけたフーリエの生活が始まった。

 一人称が俺、私ではなく『自分』に統一される。男女の区別をなくすためだ。

 仮面をつけてシビックを運転する。視界が狭くて危ないったらありゃしない。安全運転で大学構内の駐車場に車を停め外に出る。政府の指示通り、皆が皆、仮面をつけて行動している。

 誰が誰だか分からないが、以前から知っていた人は服装や体格、歩き方などで判別できる。

「おはよう、フーリエ」

 学生の一人が話しかけてきて、声も変わっているので最初は誰だか分らなかったが、数舜して友達の一人だと気づいた。

「あっ、おはよう」

「凄い世の中になってきたな」

「そうね、でもこれが新時代の標準になるらしいから文句は言えないわ」

 学生の間でも新制度についての話でもちきりだった。

 誰が誰だか分からないから、名札をつけないか、との案も出たが、結局そこまで話は進展しなかった。

 講義の時間になり仮面をつけた講師が入って来て、機械的な出欠を行い授業は進んでいく。

 仮面の付け心地は悪くなかったが、フーリエは息苦しさを感じていた。


 とうぜんこの仮面制度に声を上げる団体もいた。

 やりすぎだ、と。

 だが仮面をつけていないと罰に処され、罰金も払わされる。

 抗議の声を上げるものは最初だけで、少しずつ国民はこの環境にも慣れていった。


 冬の足音が近づいてきているその日の昼、政府からフーリエ宛に一枚の封書が届いた。その内容は婚姻に関するものだった。政府の実験的な試みの第一弾に選ばれたのだ。

 少子化対策、経済格差是正のため、配偶者を国がコンピューターを用い選別するシステムだった。

 フーリエはもうニ十二になる。今のうちに配偶者を見つけ就職出来る頃には結婚しなければいけない、とのことだった。

 なぜ私は、アルバイトや新制度でハズレくじばかり引くのだろう。

 無情だった。そしてフーリエの心中は複雑だった。


 二日後、配偶者から連絡があり、あるホテルのラウンジで会う事になった。

 仮面をつけてシビックを走らせる。流れる景色が灰色に見える。そのホテルには二十分でついた。

 受付には政府関係者二人が待っており、彼らに先導されてホテルのラウンジへと向かう。

 まるで実験の対象だとフーリエは感じた。

 三階のラウンジの緩やかな下りスロープを降りると、立派な背広を着た仮面の男が三人を見て席を立ち一礼をした。

「初めまして、自分は弁護士をやっていますディヴィラ・パークスといいます」

 弁護士……。やはり政府方針の通り経済格差を埋めるべく高収入の相手を選んでくれたのだろう。

 一瞬、アストレのバッグが頭をよぎったが、彼女は頭を振ってそれを追い払った。

「初めまして、自分は大学四年生です。フーリエ・ワスナと申します」

 フーリエは丁寧に頭を下げた。

 ディヴィラはテーブルの向かいの椅子を引き、フーリエを促す。

「どうぞ、お座りください」

 フーリエは再び一礼して着席した。

 二人の政府関係者は二メートルほど離れた場所から二人の様子を見ている。

 おそらく第一弾の実験として報告書に上げるのだろう、とフーリエは勘ぐる。

「何か飲み物を頼みましょうか」

 ディヴィラの提案にフーリエは頷き、コーヒーを頼んだ。

 趣味の話から生活、友達の話で、意外と会話は弾んだ。

 悪くないかも……、素顔が気になるけど。

「フーリエさんは大学卒業後、何をするかは決めていますか?」

「はい、とりあえず成り行きで大学に行ったのですが、看護師のインターンシップをやろうかと思っています」

「看護師ですが、何か理由はあるんですか?」

「亡くなったのですが、祖父の病気の看護や友達のその……、病気の話など聞きまして医療関係に……、というか面接みたいですね」

「ごめんなさい。人となりを一応しっかりと知っておきたくて」

 思わずフーリエは失笑する。あらかじめレジュメを交換してはいたが、やはり色々と疑問があるのだろう。

 

 二時間程会話し、また会いましょう、という流れになった。

 人けのない駐車場でフーリエは仮面を外し、少し輝度が落ちた太陽に向かって顔を晒す。

 就職して、結婚して、どんな人生になるんだろう……。かつてのような何か刺激的なものが欲しいなぁ。

 バングの話をしてトーアの本に対する羨望が再び膨らみつつあった。

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