取調

 取調室でのカータスは無言を貫いていた。いくら脅迫されようが暴力紛いの事をされようが、口は貝のように閉ざされている。

 だが一方で押収した物証の調査は進んでいた。スマホやパソコンのパスワード解析も終わり、メールやSNSなどの解析もされたが、これといった手掛かりは見つからない。

 紅茶の入っていた紙コップを潰して鑑識の一人が指示を出す。

「データ復元ソフトを使おう。すでに消去された後なのかもしれない。あとSNSサイトも連絡を取って消去された痕跡がないか徹底的に調べよう。コメントに暗号が隠されているかもしれない。シェズとは認識もないし、事件は私怨ではないだろう。事件前に開設した銀行口座に事件前後二回に分けて大金が振り込まれている。何かと関りがあるはずだ」

 カータスの家や勤務先のメモリーすべてが徹底的に調査されたが、何も見つからない。

 どこだ、どこにある……。

「そうだ、もう一度防犯カメラを調べよう!」

 その鑑識の一声で事件当時のカータスの動きを見てみることになった。

 事件発生から三時間半前の情報になる。

 ショッピングモールを歩くカータスが、まだウォッドを見つけていないところからだ。駐車場に車を停め、正面から堂々とショッピングモールへと入っていく。入り口近くでスマホを手に取り通話している。そのままショッピングモール内へと入っていく姿が映し出されていた。そして画面が切り替わる。

 次の画面にはスマホが手には無かった。

 一瞬見落としそうだったが、鑑識の一人がポツリと口に出す。

「あれ? カータスの持っていたスマホとは色が違いませんか? ちょっと巻き戻してください」

 モニターの近くにいた一人がマウスを使って画面を操作する。再びショッピングモールへと入っていく姿が映し出される。

「拡大してください。ほら、彼のとは違うスマホですよ彼のはシルバーなのに、これはどう見ても黒い」


 一方、勾留期限が近づいてきている取調室では進展が見られなかった。

 顔に痣が出来ようが一向にかまわないといったカータスが、取り調べの刑事を見下しているようにも見えた。

 その時、一人の警察官が入ってきた。その警察官は取り調べ中の刑事に耳打ちする。

 しばらく瞬きもせずに聞いていた刑事は立ち上がった。

「ちょっと席を外す」

 取調室内は書記と、手錠によって机に拘束されたカータスのみになった。

「ねぇ……」カータスがここに来て初めて口を開いた。

 その事に驚いた書記はノートに記しながらも恐る恐る返答する。当然ボイスレコーダーも回っている。

「もし俺がやったとしたらぁ、刑期は何年ぐらいになるんだろうねぇ」

「十五年は固いな。出てくるとしたら六十三歳だ」

「六十三かぁ……、困るなぁ」

 その後すぐに刑事が戻ってきた。彼の顔には薄ら笑いが隠せない。

 その表情を見て、カータスは訝しむ。

「見つかったぞ、黒いスマホ」

 今まで全くと言っていいほど表情を変えなかったカータスの目が見開いた。

「今からスマホの解析を始めるそうだ」

 手錠で固定されたままのカータスが中腰になって刑事に顔を寄せる。

「嘘だ!」

「ショッピングモールへと入っていく時に使っていたスマホが発見された、と言っているんだ」

 大声を出したカータスは、愕然と再び腰を下ろした。

「だが、これから解析だ。時間がない。再逮捕という形になる。だから今、詳しいことを話したら司法取引で刑を軽くしてやる」

「……軽くって、どれぐらい……」

「約十五年ってところを三年にしてやる」

 ここで洗いざらい話して十二年。もう交信記録はすぐに出てくるはずだ。出所時の自分の歳を考えるとカータスの心は激しく揺らいだ。

 二分ほど沈黙が走る。

「やつは俺が撃った。依頼者は……」


「分かった、よく話してくれた。それで最後の質問だ」

 その頃には素直になっていたカータスは小さく頷く。

「その黒いスマホはどこに捨てた?」


 ショッピングモールのゴミ箱やカータスの行動範囲など調べても、あまりにも時間がかかり過ぎたため黒いスマホが見つかるはずがなかった。

 ただ自白したカータスの証言により、ある活動家団体が調べられた。そこのパソコンのメモリには消去された彼との交信記録が残されてあった。それを頼りに二ヶ所の活動団体へとつながる。そして辿り着いた依頼主は警察には信じられない人物だった。

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