真の平等

 今日は紺のナロータイを身に着けたカナフィ・サンドクリエルは、手に資料を持ちラスナの執務室へ向かっていた。辿り着くと扉を正面にし、一呼吸ついて扉をノックした。

「どうぞ」

「失礼します」と声をかけ、厚い扉を開く。

「どうしたのですか?」

「はい、先日の私の提案について話し合いたいと思いまして」

 仮面や変声機、マイノリティー団体との団結の話だとラスナは思い出した。どこかにボーダーラインを引きたいラスナにとって、出来れば避けたい話だった。

「ええ、確かに保留にしてましたね」

「我が党が第一党として存続するために必要な議題だと思います」

 意思はゆるぎない、といったカナフィの口調だった。

「あなたにとって、そのような世界が理想郷なのですか?」

「はい。そこにはただ『正しさ』と、差別のない『平等』が約束された世界が広がるのです」

「ですが、あまりにも不自由です。違う考え方が生まれたら抑圧される。それが『正しさ』なのでしょうか」

「ええ。正しいということは人間の理想なのです」

「個人によって内容が異なる『正しさ』という曖昧な言葉を、あなたは国民に押し付けるのですね」

「……、どうやら話は通じない、と考えて良いようですね」

 小さく頷いたラスナは、ゆっくりと立ち上がる。

 胸ポケットからスマホを取り出したカナフィは、それを操作して耳に当てる。

「ええ、話は終わりました。お願いします」

 何の話をしているのだろう、とラスナは思う。

 数十秒後、警察官五名と刑事一名が突入してきて、その刑事はラスナに逮捕状を突き付ける。

「ラスナ首相、あなたを殺人教唆の罪で逮捕します」

 彼女はその言葉をすぐに理解した。情報が漏洩していたことにラスナは愕然とする。血の気が引き、唇が戦慄(わなな)く。

「素直に私の言葉を受け入れてくれれば、庇ったものの……。あなたの職務は私が引き継ぎます」

 ラスナは手錠をかけられることなく警察官たちに連行される。

「線引きは、どこかで線引きは必要なんですよ!」

 その言葉が首相としてのラスナの最後の言葉だった。


 翌日、暫定首相としてカナフィ・サンドクリエルが就任することになった。各議員にはすでに背後で手回しが住んでいた。彼女は演説で宣言する。

「私はポリティカル・コレクトネスを信条とした政策を推し進めてまいります。真の平等、差別のない社会を構築し、あらゆるマイノリティーの尊重、保護に努め、開かれた社会を皆様にお約束します!」 

 カナフィ暫定首相の政策はすぐに開始された。

 ルッキズムを無くすための仮面の作成、男女差による区別を差別と考え、仮面に変声機の装着。少子化問題、経済的格差社会の撲滅のため、政府指導の婚姻システムの構築、マイノリティーだった環境活動家の声を聴き、自然エネルギーシステムの増強などが余剰国庫を利用して可及的速やかに行われた。


 演説を映したニュースを一人見ていたアベイダは画面にポツリと呟く。

「とうとうここまで来たか」


 数か月後、国民の家庭に世帯住人数分の仮面が届く。

「なんなのこれ?」

 箱を開けたフーリエがアベイダに問う。仮面は左半分が黒、右半分が白の仮面に目の部分はスリットが入っている。

「来月の頭から外出する時は、これをつけて出ないといけないことになった」

 なにそれ……。

 いまいち前政権の考え方に否定的だったフーリエの頭は新制度に対しさらなる混乱の坩堝へ落とされた。

「これで真の男女格差がなくなる、だそうだ」

 アベイダも大きなため息をつく。この国から脱出する、という手も考えてはいたが、言葉が通じない他の国に少ない貯金で一からの生活が始められるか甚だ疑問だった。

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