魔の手

 シェズを強姦して、しばらくは治まっていたウォッドだったが、定期的にくるその性的衝動は彼にとって耐えがたいものだった。

 それのはけ口が用意されていればいいが、それは法により禁止されている。その欲望は自分で解決できるものではなく、耐えきれなくなったのか獲物を探して、いつもとは違う街を徘徊する。

 そうだ、あの弁護士、ディヴィラ・パークスを雇えばまた無罪にしてもらえるかもしれない。また男女でもない何者かをレイプすれば罪から逃れられる。

 もうその獣のような欲求は鎖を引きちぎるぐらいのところまで来ている。

 あの女は上品な体をしていて、締りも良かった。あのような都合のいい女はいないだろうか。

 女性客が多いブランド品を扱うフロアで、買い物客を装うウォッドの眼前の角から艶やかな黒髪の長い女性が姿を現した。思わず彼は視線だけを追っていく。ちょうど横をすれ違う時、良い香りがした。ウォッドはUターンをして彼女の後を追っていく。彼女の行動を逐一観察し、隙を伺う。女性服の店内に入った彼女は春物の服を探していた。

 彼女が手に取るそのガーリーな服は、彼女にとても似合っているとウォッドは思った。

 10分店内を物色していた女性は一着の淡い青のシャツを選び、カウンターへと持っていく。

 服を探している素振りをしていたウォッドは、カウンター近くまで移動する。そして彼女が書いている用紙の手元を目を凝らすが、性別のところは分からなかった。女か( )に何か書いたのか。だが、しばらく彼女を眺めていたウォッドに彼女を諦めるという事が困難になっていた。

 もういい、やろう。

 上機嫌で店を出た彼女を遠くから執拗に追い続ける。

 一時間半は追い続けただろうか、ウォッドの頭の中にはもう行為のイメージしか頭になかった。

 彼女がジェンダーレストイレへと入っていく。

 ウォッドは駆け足でトイレへと向かった。手口はシェズの時と同じだ。

 個室トイレに入ろうとした瞬間にウォッドは振り向きざまの彼女の肩を強く押した。


 フーリエは春物の買い物を済ませ、そろそろ駐車場に向かおうとしていた。たが少し尿意をもよおしてきているのでトイレを済ませて帰宅しようとしていた。

 周囲を確認してジェンダーレストイレに入る。そして中に入って男性がいないことを確認して個室に入ろうとした時、後に入ってきた人が革靴の音を立てながら、こちらに走ってくる。振り向きざまにその人物から肩を押された。

「きゃっ!!」

 個室内にフーリエは転倒する。その時、以前痛めていた左肩を強打した。ふと戸口を見ると三十台半ば程の男が、目を見開き息を荒くしながら立っている。

 えっ、何っ!?

 その男が前かがみになってフーリエに迫ろうとして来ている。恐怖で声が出ない。その男がフーリエの肩を掴んで、もう片方の手で拳を握った瞬間、二発の銃声がトイレ内に響き、その男がフーリエに倒れ込む。男の肩越しに見たその銃声の主はシルエットから男のようだった。

 襲った男の血や脳漿が飛び散りフーリエの顔面にもかかり、彼女はあまりの恐怖にガタガタと震えだし失禁し気を失いそうになる。先ほどとは違う恐怖で言葉が出ない。自分に覆いかぶさる動かない男の体温だけが伝わる。緊急非常ボタンがあることに気づいたのは、事件が起こってから三分後だった。


 緊急非常ボタンが押されたため、警備員は二人連れでトイレへと向かった。そして半開きの個室を確認して声をかけながら中を覗くと、後頭部と背中を撃たれ、ビクビクと痙攣している男の体の下に、涙をながしながらガチガチと歯を震わせるフーリエがいた。個室内は血が飛び散り真っ赤に染まっている。

 声も出ない、とはこのような惨状だった。

 十秒程の長い時間固まっていた警備員は職務を思い出し、すぐに携帯で警察を呼んだ。

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