男女平等化社会
「お母さん、これ見て。どう思う?」
ハイブランド、アストレのバッグが飾ってあるショーウインドーを覗き込みながら、フーリエはカミルに聞く。
「いいんじゃない。いくらって、高い! そんなの自分でアルバイトして買いなさい! 実家から通学しているんだから、それぐらいの時間はあるでしょう」
「うーん、やっぱり……」
そのバッグについている値段は、フーリエたち家族の生活費一ヶ月分はした。
シェズの事件や自殺など知らないフーリエの今の欲と言えば、そのバッグを持ちたい事ぐらいだった。
そのお洒落なバッグを持って、街を歩きたい。年頃なら誰でも思う事だった。
ショッピングモールから母を送るシビックの中で彼女はハンドルを強く握って思う。
よし、一か八か、アルバイトをしよう!
職業紹介事業所の前に車を停めて、フーリエは思う。
もし、きつい仕事を引いてしまったらどうしよう。でも、働かないとあのバッグが手に入らない。うじうじしててもしょうがない、行こう!
気合が入っているのか、いつもより強く車のドアを閉めてしまい、勢いをつけて事業所へと足を運んだ。
「ワスナ様のご希望の金額ですと、ラクラ町の土木工事助手になります。期間は一ヶ月になりますね。ではお気をつけて」
受付の男性から言われた言葉に、フーリエは絶望の淵に立たされた。
そんな……、確かに高時給でお願いしたけど、土木工事関係になるなんて。
この制度は、『女性にも男性の仕事を、男性にも女性の仕事を』という声で決められた制度だった。
土木工事の過酷さはクラスメイトからも聞いていた。大学在学中は知見を深めるためと男女平等ということで、職種が抽選により決定され、それがボランティア活動と同じく大学卒業後の評価へと繋がる。断っても良いが、評価にも響くし、大学卒業後の職種にも関わってくるので無碍にできない。フーリエは目を伏せがちに首肯した。
翌週の月曜から夏休みを利用してのアルバイトだった。
ラクラ町へ向かうシビックのハンドルが重い。今日何度目か分からない溜息をフーリエはついた。
いやいや、たった一ヶ月。気合入れて頑張ろう。
だがハンドルは変わらず重かった。
長い黒髪をうなじで団子にし、頭にタオルを巻き、ヘルメットを被った。
土木工事助手ということで、建設中のコンドミニアムの広場に集まった。その場所はいずれ駐車場になる。工事長からの指示を受け、フーリエの仕事は各階に資材を搬入する仕事になった。彼女のその細い腕でそのような力仕事が出来るのだろうか、と疑念する関係者もいたが、それを口に出して言う事は出来ない。女卑にあたるからだ。
広場脇に、事前に搬入されていたであろう資材の前で、フーリエを含めた四人は説明を受ける。資材にはナンバリングされており、すぐに理解できるものだった。当然重量物は二人で持ち運びするのだが、三十キロ程度なら一人で運ばないといけない。彼女は他のアルバイトを見習って資材を肩に担ぐも、筋肉量が少ない彼女の身をすりつぶす。骨と近い部分の筋肉に痛みが蓄積していく。体が悲鳴を上げる中、その日の作業は終了した。
タオルで汗を拭き、車のクーラーで体を三十分ほど労わってから彼女は車を走らせた。
また明日、あれを担ぐのかしら。
ハンドルを回す肩が痛い。信号で車を停めるたびに狭い車内で肩に手を当てて回していた。
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