第5話

 そしてそれは黒髪にとっての同意できる不満点でもあった。


「一理あるな。さっさと殺せと思っていた」


 だがそのいつ殺されるか、という恐怖をじわじわと味わうこと。それ自体に意味がある。ありがとう、という想いと、国民に対しての申し訳なさ。その板挟み。


「でしょ? だから先進国首脳会議で秘密裏に決定されたんですよ。死刑囚は送っちゃおう、そんで世界的な利益にしちゃおうって。そんでもって、お金持ちがたんまり溜め込んでるお金を巻き上げて、経済動かしちゃおうって」


 そんな、お菓子会社で冬の新商品はなにしよっか、と出し合う意見くらい軽い口調の受付。その規模をデカくデカくデカーくしただけ、とIQ低めに落とし込む。


 そろそろこの受付という女の適当さ、ネジのハズレ具合にも黒髪はストレスを感じだす。


「くだらん。なんだ送っちゃおう、って。もうちょっとまともな——」


「今から行く場所、ちなみにすごい昔から研究は進んでいたんですよ。ひと言で言って『人類の認識など到底及ばない場所』です。ノストラダムスにニコラ・テスラ、アインシュタインあたりはどうやら勘づいていたみたい、ってのが我々の見解でして。すごいですねー」


 他にもいるが、ネームバリューで言うとその人達はトップ。さすがの受付も敬意を払っている。予言した人、すごいもの作った人、ベロ出してる人、というのがそれまでの彼女の描いていた像だったのだから。


 不自然で横暴。そんなもの、ニュースでもやっていなければ本にもインターネットにもなかった、はず。もちろん全てを黒髪は網羅しているわけではない。だが、首脳会議の内容概要など、いくらでも調べることができる。


「なぜそんなものが公表されていない? もしそれが本当に存在するなら、世界中の科学者が泣いて喜ぶだろう、今研究しているものなど放り捨ててな」


 そしてドカッ、と強く座り直す。ここでの議論など無意味。殺すなら早く殺せ。抵抗はしない。心臓の鼓動も穏やか。最後に見た景色は転がった見知らぬ男。それでいい。


 その寄った眉が「こいつマジでなんなの。ありえないんだけど」というのを代弁しつつも、気を取り直した受付は冷静に……死刑囚風情が、やっぱムカつくわ。いや、落ち着いて落ち着いて。


「その辺についてもまだまだ説明しなきゃいけないところなんですが……そろそろ時間です。それはまたおいおい、ということで」


「時間?」


 イスに座って足をプラプラさせながらつまらなそうにしていた女性が、ようやく顔を上げた。贅沢は言えないけど、もっと座席のクッションいいものにして欲しかったな、なんて思いながら。


 この女性に対しては受付は機嫌がいい。とてもタイプ。仕草、容姿、口調、残虐さ、死刑になった経緯。


「今までは『そこ』に突入するための関所、みたいなものだったんですよ。皆さんが起きたあたりから実は。はい……もういいかな、それでは到着です」


 特になにか目に見えた違いがあるわけでもないが。とりあえずこれでやっとこいつらから解放される。でも女性だけは勿体無いなぁ。そんな葛藤を抱えつつ。


「……」


 腕を組み、静かに黒髪はその時を待つ。なにが起きるか、にも興味はない。流されて流されて。その金持ち共の手の上で果てるまでダンス。それでいい。それがいい。

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