遺世界パラボリック

@jundesukedomo

Alea jacta est

第1話

 無機質なコンテナのような。それでいて護送車のような。そんな冷たく暗い質感の空間に、女性の温度を感じない淡白な声が反響する。


「んー、あなたが殺した人数は、と……二人ですか。じゃあ、適当にその箱の中にある銃をひとつ、好きなの持っていってください」


 雑にただ、タブレットに映し出された決定事項を読む。表情だけはコロコロと変わる。ワッフルニット素材の着心地の良さそうな黒いワンピースタイプの……制服? を着込んだその人物は指示を出している。


 その声に黒髪の男は目を覚ました。壁沿いの長イスに座っている。


「……」


 どこだろう、ここは。それが最初の思考。最後の記憶は、なんだかとても曖昧で。数年前や数日前の記憶は思い出せるのに、数時間前のことが思い出せない。たぶん、眠っていたのは数時間か、もうちょっとか。十数時間、かもしれない。腹はそんなに空いていない。


 ついに執行されたか、なんてことはなさそう。ようやく。安心して、終われると思ったのに。生きながらえてしまっていることに後悔と申し訳なさを感じずに済むと思ったのに。


「あぁ、早くしてもらえます? あとがつっかえてるんですよ。ただでさえしょうもない殺人鬼達なわけですから。こちらとしてもさっさと受け取って、んでさっさと死ににいってもらいたいわけです。アンダスタン?」


 言葉遣いは多少は丁寧だが、完全にバカにしているような女性の声色。イライラとしているのがよくわかる。


 その目の前には、頭ひとつぶんは高い身長の猫背の男。圧をかけながら睨みつける。


「なんだお前。つかどこだここ」


 起きてなんの説明もないまま、女性に指示されたことに立腹。ジロッと見渡すが、なんの解決にもならない。ほんの少し入ってくる外の明るさ。少なくとも夜ではなさそう。


 しかし女性は臆することなく、再度タブレットを凝視。目は合わせない。合わせる価値もない、とでも言うように。


「私はただの受付係です。なのでマニュアル通りに進めているだけです。文句は私ではなく上に言ってください、No.829さん」


「あ?」


 数字で呼ばれたことに猫背は困惑。しかし左の胸元にはその数字の書かれたシールが貼られている。『ショーシャンクの空に』みたいだな、となにやら不機嫌の度合いが増す。


 ひと通り資料を読み終わった受付が、ここでようやく見交わす。そこには侮蔑の色。


「あなた、結構オラついてるわりにあんま殺ってないんですね。早くそこの箱から好きなの持っていってください」


 鼻であしらう。時間がないから。早く。こんなのに時間使いたくない。と、明らかに嫌気がさしている。


 が、猫背としてはその、箱から持っていけという指示が気に食わないわけで。


「だからなんなんだよ一体。説明しろよ、なんだよこれ、おい」


 激しく叱責するように。そこに同じく居合わせた人物達にも罵声を浴びせる。女性と自分と。あと三人の合計五人、この場にいる。なんだ? どういう関係?


 なんの反応も、誰ひとりとして返さない。それもそのはず、全員今の状況がわかっていないから。説明できることなどなにもないから。なので見守るしかできない。


 ただただ喚き散らかす。それも仕方ないのかもしれない、と一割くらいは理解を示しつつも受付は冷淡に言い放つ。


「あなたに殺された二人へは、理由をちゃんと説明してから殺したんですか? そうは見えないなぁ」


 終わり際に少々侮蔑の笑み。それが猫背の怒りにガソリンを注ぐ。


「ムカつくなお前」


 男女平等、とは言いつつもなんだかんだで女性を殴るつもりはない。が、多少は痛い目を見ないとこういうヤツは変な勘違いをしたまま月日を重ねる。そう、これは教育、教育なんだ、などと長ったらしいことを考えていた矢先。


 深く受付はため息を吐く。


「知ってます? 野菜とか果物とか。ちゃんと間引かないと一個一個の味が悪かったり、小さくなっちゃったりするんですよ。だから可哀想ですけど」


「あ?」


 と、猫背の眉間に皺が寄った次の瞬間。には、発砲音と共に頭蓋骨に穴が空いた。ゆっくり。ゆっくりと時間をかけて倒れ込むと、赤い水たまりが形成されていく。


「ワォ」


 無言を貫いていた三人のうちひとり、若い女性の驚きの声が上がった。だがそれは恐怖に染まったものではなく、どちらかというとワクワクとした歓喜に近く。というのもさっきから猫背がうるさかったから。いい気味、とさえ。


 猫背の風通しのよくなった頭。を、足蹴にして受付は満面の笑みを浮かべる。


「でもあなたに価値はありました。たまにあるんですよ、誰も刃向かってこなかったり、逆にほぼ全員詰め寄ってきたり。バランスですよね、こういうほうが話が早く進む。あなたひとりというのはとても効率的。あ、そうだ」


 と、思い返すともう二発心臓付近に。猫背の体が小さく弾む。


「一発では死んでないかもしれませんので、二発三発と多めに撃ったほうがいいと私は思います。あくまで個人的なものですけど」


 なんかの漫画で読んだ。頭蓋は硬く、銃弾を跳ね返すこともある、という。やはり役に立つ。

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