第9話

 一瞬、体が浮き上がる。薄暗い内部で思考がクリアに、真っ白になる。


「……なに? なにごと?」


 体勢を崩し、跳ねるようなアデレイドの心臓。それはもちろん、嬉しい楽しいとかいう前向きなものではなく、不安と驚きと。焦りと。


「なにかにぶつかった……か? いや、ぶつかったというより『ぶつけられた』ような——」


 と、冷静なエリオットの分析を阻害するようにもう一度。先ほどよりも大きい音と衝撃に襲われる。


「うぉっ!?」


「わっ」


 コンテナは横転。バランスを崩し、壁に叩きつけられるオーガストとアデレイド。と猫背。用意されていた弾薬もバラバラと回収も相当に骨が折れるほどに散った。


 まともな状況ではないことは明らか。となると外からなにかに襲われている。エリオットは解決策を探る。


「さっきなにを見た、オーガスト。それが原因か?」


 外に出た瞬間に戻ってきた。そのあとすぐにこの事態。なにかに『見つかった』? だとすると受付は? あいつの仕業とは思えない。すでに外の『なにか』にやられたか? 無意識に銃を握る。


 呆けながらオーガストは、脚色もなく先の映像を伝えるべきと判断した。


「……信じられねーと思うけどよぉ」


「前置きはいらん。端的に言え」


 そんな余裕はない、とエリオット。この衝撃が。一回、二回で終わる気はしない。もう一度、間違いなくくる。そんな予感。ピリピリ、と外からなにかが。漏れ出てくる。


 ははっ、と余裕のない笑みを浮かべたオーガストはボソッと、




「……キョーリュー」




 とだけ。




「は?」


 と、理解不能という声をアデレイドが上げると。


 外からの『なにか』が一撃を振り下ろす。そのまま地面にめり込みそうなほどに。


 立っているのもやっと。だが、先の『キョーリュー』というワード。キョーリュー、キョウリュウ、恐竜。恐竜? しかしエリオットでも全く事態を把握できずにいる。


「……なにが、起きている……?」


 恐竜って、博物館で骨になっているか、オモチャで動いているあの? いや、今は西暦何年だと思っている? 恐竜は隕石やら氷河期やらなにやらで絶滅した。いるわけが——


《人類の認識など到底及ばない場所》


 ふと、受付の言葉が甦る。だが、それにしても。無理がある。


 何度も。何度も。ヘビーで殺傷能力の高そうな一撃が、先ほどまで壁だった天井に突き刺さる。その度に振動が三人の体内の水分を震わせる。あぁ、このコンテナみたいな物質。結構堅い素材で作られてるんだな、なんて呑気なことを考えてしまうほどに。死刑台に少しずつ登っていく感覚がジワリと。


 そしてついに。


 何度目かもわからない轟音と衝撃の結果。穴から日光が差し込む。が、すぐに隠れてしまう。その代わりにうっすら見えてくる。




『目』。




「……ははっ……」


 引き攣った笑みがどうしてもオーガストから漏れてしまう。さっきも見た。大きくて可愛い、なんてのは刹那で消えて『あ、なんかヤバい、かも』なんて冷や汗が背中をダダ漏れする感覚。


 三人共に「あれ? なんでこんなところにいるんだっけ?」と記憶がごっそりと抜け落ちる。たしか、色々とやってしまって。で、死ぬことになって。気づいたらここにいて。脳にぎゅうぎゅうに詰まっているはずの細胞が相当に消え失せた思考。

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