しっぽ16本目 何もかもが、止まらない。

剛田ごうだの、魂!)

 銀子ぎんこのあせった声。わたしは信じられなくて。

 それじゃあ剛田ごうだ君は……。

唯子ゆいこ、見て。ドス黒い赤で煮えたぎってる。下手するとワタシも無事でいられない、とっても良い武器。大丈夫よ、剛田ごうだは魂が戻ればすぐ元気になる。戻れればね。これがあれば全部、焼きつくせる」

 武器って、戻れればって。そんな、どうするつもり?

 戸惑うわたしに向かって、優和ゆうわさんはいきなり剛田ごうだ君の魂を投げようとした。

「痛い!!」

 突然両手で胸を押さえて苦しんで、魂を落とした。勢いよく転がったそれは、地面をマグマのように赤く燃やした。煙を上げて土が溶けている。

 優和ゆうわさんは前よりもっと痛がって動けないでいる。真美まみさん!

(今のうちですわ! 早く魂をこちらに)

(分かってる。真美まみさんのことも伝えなきゃ!)

 走り出したわたしたちを、鋭い猫の瞳が睨んだ。

「ひっ!」

 悲鳴を上げたわたしの、体が震える。

 優和ゆうわさんの体が、どんどん大きく黒くなっていく。しっぽが、爪も牙も化け猫に。

唯子ゆいこ? あの時の恐怖が!)

 どうしようもない恐怖が、わたしの中を駆けめぐってビリビリしびれる。動けない。

 剛田ごうだ君の魂はまた彼女の手に。苦しみながらわたしを睨む目が、憎む目が怖い!

「この魂はおまえを憎む心でいっぱい。それと嫉妬で、借表かりおもてを恨んでる。唯子ゆいこ、みんなおまえのせいだ! おまえも苦しめばいい!! ああ! 痛い!」

 剛田ごうだ君がわたしを憎んでる。借表かりおもて君に嫉妬。振ったから? 嫌いって言ったから?

 そんな、わたしのせい……。目の前が真っ暗になりそう。

唯子ゆいこ! お気を確かに! くじけてはいけない!)

望月もちづきさん!」「唯子ゆいこ!」

 三人が呼んでいるけど、どこか遠い感じがして。わたしに向かって来る魂を、ぼうっとしたまま眺めた。

「させない!」

 一瞬だった。銀子ぎんこがわたしから離れて、盾になってくれた。

 人に戻って気がついた時にはもう、彼女の体にはやけどみたいな傷。

 息が荒い。それでもわたしを守ろうと立っている。

銀子ぎんこ銀子ぎんこ! イヤだ!!」

「ご無事ですか。唯子ゆいこ

銀子ぎんこ!」「望月もちづきさん!」

 二人が駆けつけてくれた。剛田ごうだ君の体を連れて。彼に息はあった。

「ごめんね銀子ぎんこ。わたしが弱虫なばっかりに」

「ワタクシは大丈夫です。あなたにお怪我がなくて良かった。魂は、マアミは?」

 大丈夫じゃない。足がふらついてる。

銀子ぎんこさん、あまり喋っちゃだめだよ。魂はまた、優和さんのそばで浮い

ている。彼女は自由に操れるみたいだ」

「マアミはまだ苦しんでうずくまったままよ。ああ、それでもこっちを睨んで」

 彼女は、大きな目を開いてずっと見ている。長い牙が憎しみを伝えてくる。

 わたしの心臓がギュッとなって、ドキドキ鳴る。怖い!

 で、でも。早く、早く真美まみさんのことを言わなきゃ。勇気を出さなきゃ。

「聞いて優和ゆうわさん! あなたの、あなたのチョーカーに真美まみさんがいるの!」

 彼女の指がチョーカーに触れた。きつい表情がゆるんだ。

「何を! そんなこと、あるわけない! 証拠は!?」

「本当なの。信じて! その胸の痛みは、真美まみさんの魂があなたを止めたいから。さんの声が、あなたに届かないから! そうやって伝えるのがせいいっぱいなの。わたしと借表かりおもて君には聞こえたわ。あなたに「やめて」って、「助けてあげて」って。お願い。もう、やめて!」

 彼女の目がつり上がった。

「ウソだ! 真美まみお母さんは優しい。ワタシに痛い思いなんてさせない。ワタシにお母さんの声が聞こえないはずがない!! おまえなんか信じない!」

 もっと怒った。わたしの言葉より胸の痛みより、憎しみが強いんだ。はいつくばってこっちに迫って来る。

優和ゆうわさん! 本当だ! 真美まみさんは、君にそんなことをさせたくないんだ。信じて!」

「うるさい。うるさいうるさい! うるさい!!」 

 借表かりおもて君の声も通じない。剛田ごうだ君の魂がもっと赤くなった。優和ゆうわさんの体から黒い何かが魂に吸い寄せられている。どんどん大きく、野球のボールくらいになった。

唯子ゆいこ、みなさん。早く逃げてくださいまし。ワタクシがあいつを止めて、うっっ」

 そんな体で無茶、銀子ぎんこ

「無理はだめよ。マアミは自分の憎しみを魂に込めている。私があの子の動きを止めてみるわ。唯子ゆいこ、ブローチを」

 おばあちゃんはわたしからブローチを受け取った。結界の力を込めたブローチ。

 右手でそれを優和ゆうわさんに向かってかざすと、力いっぱい握りしめた。

「何よこれ! 動けない。痛い! 痛い! 胸が!!」

 彼女が地面に押しつけられた。魂も一緒。同時に、さっきより痛がっている。真美まみさんも力を強めている。

「あ! 猫の顔が少し優和ゆうわさんに戻った。もしかして」

「妖力が弱くなっているのかな。人の形に戻り始めているのかも」

 借表かりおもて君も同じことを。そうだ。猫又の形より、人の姿の方が妖力は弱いはず。

 叫ぶ優和ゆうわさんの目にはいっぱい涙が……。苦しさや憎しみよりも、悔しさが伝わってくる。

 もうこんなの見ていられない。もっと近くで声をかけ続けないと。

 睨み続ける優和ゆうわさんへ、ゆっくり向かう。

唯子ゆいこ! 無理ですわ!」

「待ちなさい!」

 銀子ぎんことおばあちゃんが止めるけど、かまわない。

望月もちづきさん! ぼくも行く!」

 借表かりおもて君が手を握ってくれた。心強い。少しずつ、近づきながら優和ゆうわさんに。

「わたしたちはもう、こんなことはしたくない。お願い。ペルソナより真美まみさんの思いを聞いてあげて。そうすればあなたは苦しまなくてすむ。真美まみさんをもっと感じるはず」

 優和ゆうわさんはうつむいた。黙ったままで、どんな顔をしているのか見えない。

 わたしたち二人はもっと近づく。彼女が思いとどまってくれるのを期待して。

 だけど。

(やめて!!)

「「危ない!!」」

 真美まみさんの大声。おばあちゃんと銀子ぎんこの大声。

 わたしに赤い色が降った。これは、血? わたしの? 違う、痛くない。

 急に借表かりおもて君がおおいかぶさってきて一緒に倒れた。彼の胸から脇に、血の色!

 見上げると優和ゆうわさんの爪も赤い。──やっと、分かった。彼女がわたしを襲って、それを止めようと借表かりおもて君がかばってくれた。

借表かりおもて君! 借表かりおもて君!! なんで、優和ゆうわさん!」

「うああ! うああああ!!」

 言葉になっていない、優和ゆうわさんの声。それは、どうしようもない気持ちを爆発させたような叫び。そして爪を高く上げて。

 今度こそやられる。わたしは借表かりおもて君の頭を膝に乗せて、抱きしめてかばった。

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