しっぽ5本目 オレ様と王子様。わたしを探さないで!!

「行ってきます。おばあちゃん」

 ゴールデンウイーク明けの火曜日。今日からまた、学校が始まる。

 おばあちゃんから、玄関でイヤーカフを受け取った。

「行ってらっしゃい。銀子ぎんこ様、唯子ゆいこをよろしく頼みます」

「お任せください、ですわ」

 銀子ぎんこさんは今、花のイヤーカフに憑依ひょういしている。

 これは銀子ぎんこさんがモチーフ。大きな三枚の白い花びらを組み合わせて、正面からは狐顔に見えるシルエットにした。花の所々には赤色のラインを入れてペルソナに似せてある。

 わたしなりの感謝の気持ち。これで、変なあやかしとか人が奪いに来ませんように。

 でも結局、イヤーカフはわたしの左耳に着けることになった。

 銀子ぎんこさんに似合うように作ったんだけど。彼女に着けてもらいたかった。

「ステキね。よく似合ってるわよ、唯子ゆいこ

「不満。わたしより銀子さんのほうが似合ってステキよ、きっと」

「今日からよろしくお願いいたしますわ。唯子ゆいこ様」

              ◇ ◇ ◇ ◇

(いよいよですわね)

(はい。もうすぐ、わたしが通う東雲しののめ小学校です)

 わたしたちは頭の中で会話をしている。姿が見えない銀子ぎんこさとん普通に喋っていたら、変な人って思われちゃうから。

(楽しみですわ唯子ゆいこ様が通ってらっしゃる小学校。今からドキドキですの)

 わたしの方がドキドキ。今日、告白するんだから。がんばれェわたし。

(ところで。告白計画はどのようになさいますの?)

 告白計画って。なんて壮大な…そうよね。わたしにとっては一大プロジェクト。

(おばあちゃん情報によると、借表かりおもて君は毎日の夕方、東雲しののめ公園で道草しているらしいんです。先回りして待ち伏せしようかと)

(ああ。ワタクシが〝約束〟した場所)

 おばあちゃんも毎日のように石碑へ行ってる。同じベンチに座っているのをよく見かけたと言っていた。彼の写真を見せてて良かった。銀子ぎんこさんには見せてないけど。

 ──もう校門の前……。借表かりおもて君は来ているかな。ここで深呼吸。

((スーーー。ハーーー))

「だ、ダメ。落ち着かない(……ですわ)」

 生徒用の玄関から入って二階のわたしのクラス、五年一組の前まで来た。

(たくさんのお子が目の前にニニに! ワタクシ、死ねる。ですわ)

「なんでやねん。妖狐ようこだからもう死んでるっちゅうねん」

 あ。声を出しちゃった。銀子ぎんこさんのツッコミぐせが移った? ケモ耳娘みみむすめに変身したからかも。誰にも聞かれてないよね?

「よう、望月もちづき。朝から何言ってんだ? ヨウコって誰だ?」

「「ヒエぇぇぇ、いきなり」ですわ!」

 聞かれた。いちばん会いたくない人に。銀子ぎんこさんも、声を出しちゃってる。

「なんだ? 変な声出しやがって」

(ゆ、唯子ゆいこ様。この殿方はどなた? たいそうなお召し物で、イケメンですの)

 キリッとした二重の目。髪はバランス良くハネさせてる。借表かりおもて君より背が高くてガッチリした体。建設会社社長の息子でお金持ち。そして学校一のイケメン、だけど。

剛田剛ごうだごう君…五年二組の子。憧れてる女の子は多いんだけど……乱暴者で、わたしと顔を合わせるとちょっかいかけてくるの。っていうか、毎日)

(お顔面の無駄使い。なオレ様ですわ……)

 的を射る表現。うまいこと言っちゃって。って銀子ぎんこさん? 静かになっちゃった。

(イヤすぎますの。ワタクシは貝になりますわ。引っ込み思案ですから引っ込みますわ)

 えええ、そんなあ。独りなんてムリこわい。

「なんだ、その耳に着けてるやつ。変だな! オレがもっと良いもん買ってやるよ。今日の放課後、デパートへ一緒に行こうぜ!」

 ムリこわい。剛田ごうだ君と二人きりでそんな遠くまで行くなんて、ムリこわすぎる。

 今日は借表かりおもて君に告白するって決めてるのに! こ、断らなきゃ。

「い、いえ。い…イイです……」

「おう! 良いんだな! じゃ、迎えに来てやるからな! 絶対だぞ!」

 なんでそうなるのおおぉっ。

 謎の勘違いいい! からの上から目線!

剛田ごうだ君。望月もちづきさんがイヤがってるよ。やめた方がいいよ」

「なんだ、借表かりおもて。やんのかコラ! あぁあ?」

 借表かりおもて君!

(この方が借表清かりおもてせい様? あなたの王子様。なんて凛々りりし…アイキョウのある殿方!)

〈イラっ〉

 今、イラっときた。なんかイラって。褒めてないでしょソレ。貝になってたくせに。

 イケメンじゃないかもしれないけど、わたしの王子様よ。

剛田ごうだ! 望月もちづきさんが困ってるだろ。ここは一組だ。二組へ帰れ!」

「ナンだとぉぉぉお!?」

「出て行きなさいよ。イヤーカフ、ステキじゃん。あんたのセンスが最低なだけよ!」

「ぼくも似合ってると思う。望月もちづきさん、剛田ごうだ君の言うことは気にしなくていいよ」

 借表かりおもて君が、褒めてくれた!

「「「そうだそうだ!」」」

 みんなもわたしをかばって……。剛田ごうだ君の乱暴が空回りしてる。

 これってペルソナのご利益?

「ほんっと、サイテー」「一昨日おととい来やがれ! 明後日あさってなヤツ!」

「グヌヌ。そんなことないよな? な! 望月もちづき!」

 みんなが助けてくれてる。わたしが、わたしがハッキリしないと!

「イヤです……わたしは、イヤです!!」

 言えた! 剛田ごうだ君、顔がポッカーンしてる。強く言ったからだ。

「ナンだおまえら、いつもと違うぞ。フォおおおおおお! 覚えてろ!」

 やっと行ってくれた。はっきり言うことができたのはやっぱり、ペルソナのおかげ?

剛田ごうだは、唯子ゆいこ様に気があるのですね。ワタクシには分かりますわ)

 イヤ! それだけは絶対に、イヤ! ムリこわい!!

 彼がいなくなったとたんに貝を開くなんて、銀子ぎんこさん調子良すぎ!

「みんなが助けてくれて良かったね望月もちづきさん。それに、何か雰囲気が変わったような。ゴールデンウイークに良いことでもあった?」

 良いこと、かもしれない。ペルソナにお願いできたし、銀子さんも応援してくれてる。

 でも、あああ。どうしよう、なんて返せば。何も言わないなんて失礼になる。

唯子ゆいこ様、お礼を言って! みなさんにも。ちょっぴりの勇気ですわ)

 そ、そうよね。今こそ勇気よね。だ、大丈夫かな。上手にお礼、言えるかな。

「あ、あの、…その、あ…り……」

「アリ? アリがどうかした?」

 借表かりおもて君、そうじゃなくて。あなたに、みんなに。

 思うように口が開かない。なんとしても言わなきゃ。がんばれェわたし。

借表かりおもて君。みんな。その…ありが…とう」

 な、なんとか言えた。

(え? なんですって? アリが十匹ですの?)

「アリが、とおってなんでやねん! あっ」

 ザワザワザワザワヒソヒソヒソ

借表かりおもてとコントか?」「望月もちづきさんて、意外と面白い人?」「古いけど、そこがイイ!」

 あああ、恥ずかしくて顔が熱い。銀子ぎんこさんの口グセが。わ、わたしは…わたしを……。

「わたしを……探さないでくださぁぁぁああい!!」

「え? 望月もちづきさん!」

 ザワザワザワ

「走って出て行った」「望月もちづきさん、あんな人だったっけ?」「確かに今までと違う」

「「「なーぜーー?」」」

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