しっぽ4本目 『昔』と『これから』

 ベッドに入ってからどれくらいだろう。時計は、夜中の十二時を過ぎてる。

 覚悟を決めなきゃって思ってもやっぱり、ムリこわくて。もし、ダメだったら。

 どうなるんだろう。おばあちゃん、パパ、ママ。わたしの恋も……借表かりおもて君……。

 学校に行きたくないな。不安なまま、借表かりおもて君と会えない。告白できない。

「震えてらっしゃるの?」

 丸まっていた銀子ぎんこさんが声をかけてくれた。わたし、震えてたんだ。

「これからのことを思うと。怖くて」

唯子ゆいこ様。ワタクシがなぜ、ペルソナと〝約束〟したのか。よろしければお話ししても?」

 銀子ぎんこさんの昔の話し。聞きたい。

「聞かせて。お願い」

「ワタクシは生前、体が弱くて見た目もご覧の通り白い色でしたの。目の色は赤くて普通の狐とは違う姿でしたわ。仲間は気味悪がって、いつも独りぼっち」

「え? 妖狐になってからじゃなかったんですか? 体が弱かったって?」

「生まれつきですわ。そのままでは大人になる前に死んでいました。そんな時に、仮面かめん清助せいすけ様にこのペルソナを譲っていただきましたの」

「ええと。清助せいすけさんと知り合いだったんですか?」

「いいえ。茂みで丸くなっていたワタクシの前にペルソナを置かれて、「〝約束〟しなさい」。と一言残して去って行かれましたわ。あら唯子ゆいこ様。目を丸くしてらっしゃる」

 だってだって、信じられない。何かのおとぎ話みたいで不思議。

 そんなことってある? でも清助せいすけさんてすごいペルソナを創る人だから。

清助せいすけさんは、銀子ぎんこさんに何かを感じたのかな」

「ええ。清助せいすけ様は霊力をお持ちでしたから。あの頃のワタクシは「生きたい!」と強く願っておりました。それに気づいてくださったのでしょう。おかげさまで、天寿を全うできましたわ」

「だからペルソナを守ると〝約束〟したんですね。望月もちづきと同じペルソナの守人もりとに」

「はい。ワタクシの死後は清助せいすけ様のおうちに祀られました。銀子ぎんこという名もその時につけていただいて……。唯子ゆいこ様」

「はい」

「ワタクシの守る、は人がペルソナとの〝約束〟を破らないようにさせること。つまり、欲深になって不幸にならないように、助言や注意をして正しく導くことですわ」

 それが銀子さんの役目……。人って欲におぼれると、歯止めが利かなくなるのかな。

「でも」

 あれ、「でも」って。銀子ぎんこさん急に下を向いちゃった。

清助せいすけ様がお亡くなりになったあとは、願いが叶うが評判になり。〝約束〟は軽くあしらわれ、幾人いくにんもの手に渡り何度も一族の滅びを見てまいりました。中でも、ワタクシが一番悲しかったのはその、赤子まで」

 赤子って、赤ちゃん? まさかそんな……。

 ということは…長い間にペルソナは、便利な道具と思われてしまって。

〝約束〟は都市伝説みたいになったのかな。

 だから人は簡単に結んだ…願いを叶えるためだけに。欲のためだけに…………。

 わたしもそう……。銀子ぎんこさんも震えている。よっぽど辛くて、怖かったんだ。

 何度も見てきたなんて。ということは、それは。

銀子ぎんこさん。もしかして、〝約束〟を果たせなくて」

「はい。呪いですわ。ワタクシの魂はペルソナに閉じ込められましたの。〝約束〟を果たすまで。いえ、一度や二度くらいでは無理かも。永遠に、かもしれません」

 銀子ぎんこさんも、呪いを受けていた。

 でもそんな、永遠にってひどすぎる。罰を受け続けなきゃいけないなんて。

「ワタクシはもう限界でしたの。それでペルソナと共に隠れました。知られないように、見つからないように。守るにはこれしか思いつきませんでしたわ」

 思い出してきた。おばあちゃんから聞かされた、とっても大事なこと。

「それでさびれた神社で、望月もちづきのご先祖様が見つけた」

「はい。望月もちづき幸乃信ゆきのしん様と出会いましたわ」

 幸乃信ゆきのしんさんは確か、望月家もちづきけで初めてペルソナと〝約束〟したお侍さん。願いは〝幸せでいたい〟。そのためだけにペルソナを守ると誓った最初の守人もりと

 その神社は今は東雲しののめ公園という名前になって、わたしたちがあやかしから逃げてたどり着いたところ。その一部を何代か前の望月もちづきが買い取って石碑を建てて管理している。

 その表面には約束の地、後ろには望月家代々もちづきけだいだい、と刻んである。

〝約束〟を忘れないように。

 でも、それは永遠に続く〝約束〟。ペルソナに縛られている銀子ぎんこさんと同じ。

「ねえ銀子ぎんこさん。ずっとペルソナの守人もりとでいるって、幸せだと思いますか? わたしにはとてもそうは思えない」

「…………」

 銀子ぎんこさん、黙ったままだ。

唯子ゆいこ様。こう考えてはいかがでしょう。今、幸せと思えなくてもと」

 不幸じゃない? わたしは不幸な方かな。だって。

「呪われるのは不幸なんじゃ」

「あなたはまだ、〝約束〟を破っておられません」

「あ……」

 言われてみればわたし、怖がってるだけだ。人と話すのも、告白するのも。清助せいすけさんの子孫を探そうとしないで、呪いを怖がってるだけ。

「あの、銀子ぎんこさんが思う不幸って何ですか?」

「不幸とはだと思いますの。ワタクシはそれを感じておりませんわ。望月もちづきのみなさまと、唯子ゆいこ様と出会えてうれしく思います。しっかり隠してもらっておりますし」

 そうか。だから見つかりにくいようにテレビボードの中に。

「大切なペルソナが、まさかクッキーの缶に入ってるって誰も思わないですもんね」

「ええ。念を入れてこの家全部が結界の中にあります。ペルソナの霊力をもらさないように、邪悪な者どもが入らぬために。望月もちづきの方々が苦労の末にその方法を編み出されて」

 これは聞かされていない。望月もちづきが結界を作れるようにしてきたなんて。

 みんながんばってきたんだ。おばあちゃんも……。

「ワタクシは、ペルソナを一生をかけて守りますわ。あら? ワタクシ、妖狐ようこですからもう死んでるっちゅうねん。オホホ」

 銀子ぎんこさんは、わたしと違う。引っ込み思案だけど、妖狐ようこになって何度も悲しい目にあったけど。今はわたしが〝約束〟を破らないように自分のことを話してくれた。

 それなのに、わたしは。わたしも、決めなきゃ。ううん、決める。

「ねえ、銀子ぎんこさん。わたし、お礼がしたいの」

「ワタクシに、ですか? とんでもございません! 恐れ多いですわ」

 すごくびっくりしてる。銀子ぎんこさんに、わたしの気持ちを伝えたい。

「受け取ってください。銀子ぎんこさんの勇気で、その、ちょっぴりだけどわたしにも勇気が湧いてくるようで、前に進めそうで。ね、お願い!」

「ワタクシの、勇気?」

 そうよ、ちょっぴりの勇気! このままじゃダメよ。進まないと。

「まだ起きてるの? 二人とも」

 おばあちゃんが来ちゃった。そんなにうるさかったかな。

「あのね、銀子ぎんこさんにお礼を贈りたくて。わたしが作るイヤーカフ」

「ンまっ、イヤーカフ! 今からですの? ご無理はなさらない方が」

 わたしが出来る精一杯のお礼。それと、わたしの勇気を忘れないために。

 どうしても作りたくて、オリジナルにしたくて。銀子ぎんこさんに似合うイヤーカフ。

「朝までには間に合います。がんばる」

「うれしいですわ! 楽しみですの!」

 喜んでくれて良かった。ステキなイヤーカフを贈りたい。

「ちょうどいいわね。それを結界にしましょう。銀子ぎんこ様を隠せるわ」

 はい? 結界にする…銀子ぎんこさんを隠すって?

「なんでなの? おばあちゃん」

「願いを叶えるには、ペルソナといつも一緒にいなければならないの。銀子ぎんこ様にペルソナごとイヤーカフへ憑依ひょういしてもらうのよ。出来あがったら、預からせてちょうだい」

 ああ、ペルソナを持ち歩くわけにはいかないから。

 おばあちゃんが言うには、ちょっとしたあやかしから霊力を隠せるし守れるらしい。

「でも唯子ゆいこ、気をつけて。あなたがお願いした時、の。それを奪いに来る人間やあやかしがいるかもしれないから」

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