しっぽ2本目 『狐を被った狐』と書いて『妖狐』と読む。

 わたしと狐はお互いに黙ったまま。襲っては来ないけど、どうしよう。

「あ、あの…その、わわ、ワタクシをお呼びになられらっっ! ハウッ!」

 あ、今舌かんだ。痛そう。オドオドしながら無理して喋ったからかな。

 なんだか、かわいそうになってきたな。

「ひひ、ヒツレイいたひまひた。望月唯子もちづきゆいこ様。ももも申し訳ありません」

 わたしの名前。ああ、お願いする時に言ったっけ。ちょっと身を乗り出したら。

 狐が顔をそらした。わたしみたい。ビクビクしている様子も同じ。

 わたしも、人と目を合わせたくないから。勇気を出して聞いてみよう。

「あの、あなたは……誰ですか?」

「ワ…ワタクシは、銀子ぎんこと申します。ペルソナをお守りして四百年の妖狐ようこですの。二百年前からは望月もちづきのおうちに守っていただいてますわ。看恵みえ様のことも存じ上げております」

 狐を被った狐がヨウコ……妖狐ようこ!? 四百年! 二百年前! 望月もちづきは昔からペルソナを守っているっておばあちゃんが言っていたけど、妖狐ようこなんて聞いてない。と、思う。

銀子ぎんこ…さん。はもしかして、わたしと同じ引っ込み思案?」

「…………」

 答えてくれない。ペルソナで見えないのかな。でも、さっきはこっちを向いていたし。

「あの。わたしのこと、見えてます?」

「し…しっかり見えておりますの。心の目で。見るんじゃない、感じるんだ! ですわ」

 いきなり古いギャグ。がんばって笑わそうとしているのかな。

「それ、なんてコント?」

「なんでやねん。ですわ」

 つっこまれた。こんなことするなんて、本当に引っ込み思案?

「では唯子ゆいこ様。新ためて……えー…………」

 急に黙っちゃった。

「ももも申し訳ありません。わ、ワタクシ、緊張しておりまして。人様が苦手でして」

 ドン引き。妖狐ようこが人間のこと、苦手だなんて…やっぱり引っ込み思案だ。

 あれ? わたし、ムリこわくなくなってる。不思議。

「だ、大丈夫だから。横向いたままでも、気にしませんから。あの、銀子ぎんこさん。そろそろ隠れてないで出てきませんか? お互いに」

 わたしが先に出てみせた。銀子ぎんこさんとは5メートルくらい離れてる。

 お賽銭箱さいせんばこの後ろから出てきた銀子ぎんこさんは、耳の先が赤くて、四本の足先もしっぽの先も赤い。体は白っぽい銀色。ペルソナの色とそっくり。

「あ…ありがとうございます。では、横を向いたままで。えー、唯子ゆいこ様。あなたのお願いは、ペルソナに受け入れられました。では…〝約束〟のために、その、あなたのお願いとのものをペルソナにお与えください」

 はい?〝約束〟? お願いとのもの? 与える?

 ポッカーンとしていたら、こっちを向いた。

「あ、あの。あのう……看恵みえ様からは…聞いておられません?」

「多分…忘れています……わたしが(汗)」

 ちゃんと聞いておけばよかった。

「ふぅー。よろしゅうございます。教えて差し上げましょう」

 痛い。銀子ぎんこさんのため息が、心に刺さる。

 それに、強気になってる。謎の上から目線だ。

「お願いして「あとはよろしくね」。ではいけません。同じ価値とはつまり、借表清かりおもてせい様と両思いなるために唯子ゆいこ様が〇〇をする。ということですわ。それがお願いの内容と同等かどうかは、ペルソナがお決めになります。それを〝約束〟と呼びますの」

 無料タダ、じゃないってことかな。と、なると…聞いてみよう。

「お賽銭さいせんじゃ、ダメ?」

「ヨヨヨ。銀子ぎんこは悲しゅうございます。ペルソナは唯子ゆいこ様の決意を聞きたいのです」

 またコントっぽくなってきた。困る……急には思い浮かばない。

「あら、お困りのようですわね。では、ペルソナにお伺いしましょう」

 ペルソナに伺う? 答えてくれるの? お面なのに。

「ペルソナの魂がワタクシに教えてくださいますの」

 ペルソナの魂……。心を込めてつくった物は、魂が宿るって聞いたことがある。

 その魂が教えてくれるって。喋るのかな?

「あの、銀子ぎんこさんはペルソナとお話しができるんですか?」

「いいえ。魂からの言葉が頭に浮かぶのでございます。ワタクシからはお声をかけることはできません。少々お待ちください。──あら? あらら、らぁー?」

 銀子ぎんこさん、急にモジモジしだした。

「あの、その、ワタクシの……は、初恋の人、〝仮面かめん清助せいすけ〟様の今。を探しなさいと」

 初恋の人……。あら、肉球で顔を隠しちゃってカワイイ。恥ずかしかったのね。

 って! はいい!?

「よ、四百年前の狐を探すなんて、生きていません。ムリこわい」

 なに言ってんの、この妖狐ようこ。初恋の人を探すって、狐の好きな相手は狐よね。

 だいたい、仮面かめん清助せいすけ様って狐の名前? おばあちゃんの話しに出てきたっけ?

「あの、仮面かめん清助せいすけ様は人間です。それに清助せいすけ様のご子孫を探す、ということですわ」

 最初からそう言ってほしい。って! 狐が人間を好きになる!?

清助せいすけ様はかつてこの地でペルソナをつくられて、ワタクシに譲られた方でもあります。その代わりに『ペルソナを守る』という〝約束〟を交わしましたの」

 銀子ぎんこさんも〝約束〟をしてたんだ。何をお願いしたんだろう。引っ込み思案を治したいとか。うん、でもナンとかなるかも。この町にいた人なら。

あとを継いだ人を探せばいいんですね。ずっとこの町にいるんでしょう?」

「それが、なんとも……。お子様が一人いらしたことは知っておりましたけれども……」

 子孫の人、今もペルソナをつくっているのならうわさくらいは聞くはずだけど知らない。

 探すのはちょっと難しいかな。だけど、わたしの恋のためよ。

「分かりました。必ず、探し出して見せます」

「ほんとにホント? ですわ」

 念を押してる?

「本当にホント。です」

「……これで、〝約束〟は成立しましたわ。あとはおいおい詳しく話すとして」

「「え?」」

 わたしと銀子ぎんこさんの間、ちょうど真ん中に煙のような白いモヤモヤした塊が出てきた。

「「ヒエっ、なんか顔!」ですわぁ!!」

 モヤモヤの中に歪んだ目と鼻と口とととー!

 これはおばあちゃんがいつも言ってた、あやかし

[ペルソナヲォクレェェーー]

 ペルソナをくれ? 気持ち悪い声。ムリこわい。

 あやかしの目がギラギラしてる。体がゴツゴツブツブツしてて、気持ち悪い!

「ぺぺ、ペルソナの霊力を奪いに来たのですね? だだダメですわ! あああやかしになんか、わわ渡しません! ヒェっ、来る! お助けを、唯子ゆいこ様ぁー!」

銀子ぎんこさんなんでこっちに来るの! ストップ! わたしにぶつかる!」

 ぶつかる直前で思わず目をつむって、──ゆっくり目を開けたら。

「あら、いない? 銀子ぎんこさん? どこに行ったの」

唯子ゆいこ様、唯子ゆいこ様!)

 え? わたしの頭の中から声が。響いてる。え? 銀子ぎんこさん?

(あのお、申し訳ございません。恐ろしくて……唯子ゆいこ様の中に、隠れてしまいました)

「なん…だと。いやイヤいや、なに言ってんのぉ!?」

(スススすみませんスミマセン! ワタクシ、どーしても恐ろしくて!)

 そんなぁ。分かるけど、怖いのは分かるけどわたしの中に逃げるなんて。

[[[クレェェぇえ! ペルソナァァぁあ!]]]

 あやかしが来た! さっきより増えてる、大きくなってる! ムリこわい!

 と思ったとたんわたしは、空にいた。確か、怖くてしゃがんだはず。

 なんで? 下を見ると。うわぁ、鎮守ちんじゅあやかしだらけ。

「「やだキモい。ムリこわい!」」

 銀子ぎんこさんとキレイにハモった。わたしの口グセ、真似しないでほしい。

唯子ゆいこ様のお体をお借りしてびました。この調子であやかしから逃げ切りましょう。ですわ)

 わたしたちは、あちこちび回って逃げた。最後は家から十分くらいの公園へ着いて。

 ようやく逃げ切ったと思った、ら。

あやかし! ペルソナを被ってどういうつもり? 唯子ゆいこはどこにいる! 答えないと、これでぶっ飛ばすわよ!」

 おばあちゃん! バレたんだ。わたしを探しにここへ。って、わたしがあやかし

 それにぶっ飛ばすって、それって切るやつ刺すヤツ。包丁!!

 ムリこわくて顔を両手でおおったら。あれ、ペルソナ? と、とにかく!

「おばあちゃん! わたしはここよ! 目の前にいるじゃない!」

「お…お久しぶりですわ、看恵みえ様。お会いするのは二度目ですわね」

 えええ。わたしの口から銀子ぎんこさんの声が。

唯子ゆいこの声…あなた、唯子ゆいこなの!? 違う声は、銀子ぎんこ様?」

 銀子ぎんこさんを知っている? それより、わたしだと気づかなかったのはなんで。

 ああああ。は、早く説明しないと。

「あのね、おばあちゃん。神社でお願いしたら銀子ぎんこさんが出てきて、ペルソナと〝約束〟して、あやかしが出て銀子ぎんこさんがわたしの中に隠れちゃって! ジャンプで逃げてきたの!」

「落ち着いて。ペルソナと〝約束〟してしまったのね。で、銀子ぎんこ様に憑依ひょういされたと」

 わたしは思いっきり首を縦に振った。早く包丁をしまってほしい。

「ペルソナの気配が無くなって、唯子ゆいこまでいないじゃない? それに、神社にたくさんのあやかしがいるし。あやかしにペルソナごと誘拐されたかと思って、これで探してたのよ」

 光ってる、尖ってる。よく切れそう、って包丁で?

「ああ。包丁を〝結界〟にしたのよ。あやかしを見つけられるし、身を守ることもできるの。ついでだから、神社のヤツらはみんなぶっ飛ばしたわ」

 結界? 包丁で? 何ソレあやかしっておいしいの? いやいや、わたしを見てあやかしって。

「それで顔だけが唯子ゆいこの、狐の獣娘けものむすめになっちゃったのね。頭に耳があるわ」

 狐、獣娘けものむすめ? 耳? 頭を触ってみたら。

「みみ、わたしの耳! 頭の上にある! ペルソナ被ってる!」

「何ということでしょう。け、『ケモ耳娘みみむすめ』ですわ」

 腕と足をみたら。肘までと、太ももの途中まで毛が! それに!!

「赤い! 白い! 毛深い! 肉球! しめ縄みたいなしっぽ! 先っぽ赤い!」

「ふ、フサフサでプニプニで、も、モフモフですわ」

銀子ぎんこさんと同じ! なんでー!!!」

「ぞ、ゾゾゾ存じ上げません、ですわワワワ!」

 銀子ぎんこさんも気づいてなかったの!? そんな人ごとみたいな。

「そもそも、わたしがケモ耳娘みみむすめになったのって銀子ぎんこさんが憑依ひょういしたからじゃないの!」

「だから落ち着きなさいって。それにしても、ハキハキとしゃべるようになったわねえ。とにかくこれを髪に着けなさい。結界で人には見えないわ」

 わたしが趣味で作ったヘアクリップ? 言われるままに自分の髪に着けた。大丈夫かな。

「ところで唯子ゆいこ。何をお願いしたの?」

 うっ。今、聞いてくる?

 ケモ耳娘みみむすめの姿で言うなんてマヌケだ。それに理由を言ったら、きっと叱られる。

 わたしは、下を向いて恐る恐る。

「こ、恋が……叶うお願い。です。相手は、クラスメイトの借表清かりおもてせい君」

 おばあちゃんの顔をチラッと見ると。こめかみを押さえて、眉間にしわ。ムリこわい。

唯子ゆいこ。どんなお願いでも、あなたは〝約束〟をしたのよ。そのは、ある?」

? 〝約束〟に? おばあちゃん、どういうこと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る