しっぽ15本目 走れ、唯子!

 いい匂いで目が覚めた。おばあちゃんの朝ご飯だ。借表かりおもて君もいるから、張り切って作ってるんだろうな。今は、朝の五時すぎ。起きるの早すぎたかな。

「おはよう銀子ぎんこ。よく眠れた? あれ」

 いない。先に起きたのかな。キッチンに行ってみよう。あっと、着替えなきゃ。

「おばあちゃん、おはよう。銀子ぎんこはいる?」

「ここには来ていないわよ。ペルソナの気配はするから、お座敷にいるんじゃない?」

 借表かりおもて君のところに。新ためてあいさつをしに行ったのかな。

「あのー。お、おはようございます。ぼくは、どうしたんでしょうか……」

 彼が起きてきた。銀子ぎんこと一緒じゃ、ない。

「おはよう、借表かりおもて君。昨日はありがとうね。唯子ゆいこのためにがんばってくれて」

「あ、そうか。あれから疲れてしまって」

「おはようございます。銀子ぎんこに会ってないですか?」

 一瞬、誰それ? みたいな顔をして。

銀子ぎんこって…えっ、あの狐、本物の妖狐ようこ?」

 会っていない。やだ、不安。

「ごめんなさい。説明はあとでします。銀子ぎんこー」

 ──返事がない。この家には、いない?

「おばあちゃん! ペルソナの気配って、今どこ?」

「どこって。あら? ここ?」

 そのペルソナは。

「もしかして、これですか?」

 借表かりおもて君の小さなペルソナ。おばあちゃんはあぜんとして。

望月もちづきと同じだなんてそんなバカなこと。創る人が違えば、気配も違うはず!」

 それじゃあ銀子ぎんこは。……思い出せわたし! 何か、何か変わったことは!

 そうだ。確か「許さない」とか聞こえた。あれは夢じゃなかった。まさか、優和ゆうわさんのところへ? 妖狐ようこのままで? 誰かに見られたら……。

 イヤーカフ! あれを着けて行ったとしたら。

 急いで部屋へ戻った。二つのうちの一つが、無い。やっぱり外へ出たんだ。もう一つを右耳に着けて集中した。繋がっているから、これで声が届くはず!

銀子ぎんこ銀子ぎんこ!)

 返事がない。でも、銀子ぎんこの声が聞こえる。誰かと話しをしているような。

 これは、相手は優和ゆうわさん!

「やはりここにいたのか。マアミ、あれだけの傷を負っていたから」

「力を戻すにはうってつけ。傷も治ったし、大したパワースポットねこの公園」

 優和ゆうわさんの声がはっきり聞こえた。二人は東雲しののめ公園!

唯子ゆいこ! どこへ」「望月もちづきさん!」

 わたしは走って外に出た。二人が止めるのも聞かずに。

 銀子ぎんこが言ってた「許さない」は、きっと優和ゆうわさんを。そんなこと、してほしくない!

「あんた達、狐の獣人になったんじゃなかったの? あの時、呪いがどうとか言ってたわね。それであんな化け物になったのね。どうやって呪いを解いたか知らないけど、一人ずつなら簡単ね。まずはあんたから先に」

「マアミ! きさまは!」

銀子ぎんこ! やめて!」

 叫んだと同時に、目の前が真っ白になった。光の柱。空から落ちてきた。

 ドンッ!

「きゃあ!」

 音で体が、地面がゆれた。思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 雷と違う。あれは、東雲しののめ公園の方角。銀子ぎんこがやったの? それとも。

唯子ゆいこ、乗りなさい」

 おばあちゃんが車で追いかけて来た。後ろの席には借表かりおもて君も。急いで彼の隣りに。

「おばあさんから優和ゆうわさんの目的は聞いたよ」

「二人ともごめんなさい。家を飛び出して。銀子ぎんこ優和ゆうわさんを。どうしてここが?」

「これでイヤーカフの結界を追いかけて来たのよ。置いて行ったでしょ?」

 おばあちゃんが手渡してきたのはブローチ。

「それにしてもすごい光と音。あれは銀子ぎんこの霊力よ。東雲しののめ公園にいるのね、マアミも。全部見えるってことは、結界を張っていない」

 結界を? 優和ゆうわさんはもう、なりふりかまっていられないんだ。

 ドンッ!

 車がゆれた。黒い色をした、稲妻のようなものが空へ上がったのが見えた。

 これは銀子ぎんことは違う。優和ゆうわさんからの攻撃? 彼女がまとっていた、電流……。

「まずいわね。この稲妻と音で人が集まってくる。ペルソナがバレるわ」

 公園へ向かう間に、白と黒の稲妻が何度も光って響いた。

              ◇ ◇ ◇ ◇

「着いたわよ。二人はここで待っていなさい。先に私が様子を、あ!」

望月もちづきさん! 一人じゃ危ない!」

「こら! 待ちなさい二人とも!」

 ──公園の広場は焦げたような匂いと、地面に白と黒の色がところどころに。ゆがんだ大きな花のよう。これも獣人になった時、見覚えがある。

「ひどい。ここが公園だとは思えない」

 借表かりおもて君の言う通り、あの光と音の凄まじさが分かる。

 これが二人の戦い方。白い花と黒い花が重なったその中に銀子ぎんこ優和ゆうわさんがいた。

 お互いにらみ合ったまま動かない。今、声をかけるのが怖い。

銀子ぎんこさん……。昨日よりも迫力がある」

 ふいに、公園の雰囲気が変わった。これは、結界。優和ゆうわさんと違う。

「間に合ったわね。これで外からは私たちは見えないし、入れないわ」

 わたしたちに追いついたおばあちゃんが言った。

「おばあちゃんが結界を?」

「ええ。二人ともあとでお説教ね。今は銀子ぎんこを連れて逃げるのが先」

 優和ゆうわさんは結界に気づいたみたい。わたしたちを見た。

「二人そろって来るなんて。あら? 結界を張ったのはそのおばあちゃん? だれ?」

唯子ゆいこ借表かりおもて様! おばあちゃまも! どうしてですの!?」

(やめてマアミ!)

 ドンッ!

 真美まみさんの声が音にかき消された。黒い稲妻が銀子ぎんこを地面から突き上げて、空へ放り投げた。落ちて苦しそうにうめいて。体のまわりに、黒い電流がバチバチ鳴っている。

 ドンッ!

 光の柱が、優和ゆうわさんを包んだ。辛そうだけど、チョーカーを両手でかばってる。しっかり守ってる。

銀子ぎんこ! 変身!」

 飛び出して叫ぶと、銀子ぎんこが応えてくれた。

「お…ばあさん。唯子ゆいこさんと銀子ぎんこさんが」

「ああ、ええと。あとで説明するわね」

 後ろで二人の声が聞こえた。

銀子ぎんこ。彼女の気を引こう。その隙に、借表かりおもて君とおあばあちゃんに逃げてもらう。それからわたしたちも。それが一番いい)

(いえ! 今ここでマアミを倒すべきです。唯子ゆいこ、あなたはずっと苦しむことになる!)

 銀子ぎんこの憎しみが伝わってくる。

 わたしのために優和ゆうわさんを憎んでる。すごく、わたしを大切に思ってくれてる。

 でも。わたしは二人を、失いたくない。

「あら、獣人になると思ったけどその姿、カワイイじゃない。準備してて良かった」

「?」彼女の言ってる準備って。

「あれ? 望月もちづき借表かりおもて? 優和ゆうわも。俺、家で寝てたはず」

「「剛田ごうだ!」君!」

 わたしと銀子ぎんこは叫んだ。いきなり彼が現れた。どうやって結界の中に。

 彼はジャージを着ていて裸足で、髪もボサボサ。まるでさっき起きたばかりみたい。

「ワタシが妖力であやつったのよ。こんな結界くらい簡単」

 そう言った優和ゆうわさんが消えた。と思ったら、すごい速さで剛田ごうだ君の隣りへ動いた。

 彼女はにっこりと冷たく笑って。

(マアミ! やめて!)

 メリッ ズブッ

 イヤな音と、真美まみさんの声が重なった。剛田ごうだ君の胸に優和ゆうわさんの右手が。

 彼は自分の胸にめり込んだ手を見て、それから彼女の顔を見て。

 声もなくくずれ落ちた。優和ゆうわさんは何かを持っている。彼女の手の中で浮いているそれは、ピンポン玉くらいでクルクル回って、火の玉のように赤くて黒くて。

「あれは……」

 つぶやいたおばあちゃんの顔が青い。

優和ゆうわさん! それは剛田ごうだ君の!」

 借表かりおもて君が叫んだ。

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