しっぽ14本目 小さな、お狐様。

借表かりおもて君!」

「おばあちゃま。借表かりおもて様は、ペルソナの呪いを知っておられました」

「彼が呪いを? なぜ!?」

 そういえば、話しを聞かせてほしいって言ってた。怖がらずに、わたしだと分かってくれた。会いに来てくれたのもうれしい……でも、理由なんて言えないし、この姿。

「イヤだ。会いたくない。会えない」

「帰ってもらうわ。唯子ゆいこはここにいなさい。決して出て来てはダメよ」

 おばあちゃんは彼が待つ玄関へ行った。──長い。二人で何か話しているようだけど。

「帰ってちょうだい! 唯子ゆいこは会いたくないと言っているの! 君にはどうしようもできないのよ!」

「いいえ! 帰りません! 唯子ゆいこさんに会わせてください!!」

 おばあちゃんと言い争ってる。なかなか帰ってくれないみたい。会いたい、彼の顔を見たい……。わたしはどうすればいいの。

唯子ゆいこ。あの勢いだと、彼は呪いの理由をただ聞きに来たわけでもなさそうですわ」

 借表かりおもて君には何もできないはず。あんなに必死なのはどうして。

望月もちづきさん! いるんだよね!」

 わたしは手で自分の口をふさいだ。彼の名を呼びそうになって。

 返事をしたい、「借表かりおもて」君て呼びたい……でも怖い。


唯子ゆいこ!! ぼくなら! 君を人に戻すことができる!!』


「!!」わたしを。

「君はいったい何を? あ、こら! 勝手に」

 借表かりおもて君がこっちに! いきなりのことで慌てていると、足音がドアの前で止まった。

望月もちづきさん、そこにいるんだね。気配で分かったよ…。君が呪われた理由を言いたくないなら、聞かないよ。せめて、ぼくの話しを聞いてくれないかな」

ドアの向こうから優しい声が聞こえる。……借表かりおもて君の声をもっと聞きたい。

「ありがとう……聞かせて」

「ありがとう……清助せいすけさんのことを聞かれた時、君はペルソナと関係があるんじゃないかって思った。でも、ぼくの秘密を、君はそれ以上何も聞かずにぼくを信じてくれたよね。本当にうれしかった。だからぼくもそれ以上は聞けなかったんだ」

「それは、わたしも秘密を言えなかったから。でも、先に信じてくれたのは借表かりおもて君、あなたなの。わたしも、とてもうれしかった」

「……こんな形で確信するなんて。でもね、ぼくは思ったんだ。望月もちづきさんは呪いを恐れずに、勇気ををふりしぼってきたんだって」

 わたしは、そんなに強くない。勘違いしただけ。いつも通りの弱いわたしだった。

「ちがうの。優和ゆうわさんの…猫又の姿を見て怖くなったの。勇気を忘れてしまったの」

優和ゆうわさんが? そうだったんだ。……勇気がないのは、ぼくの方だよ」

「それは、何を言っているの?」

「ぼくは、怖くてできなかった」

 石碑の前で言っていた「怖くてできない」……。

「ぼくは、ペルソナに魂を込めることができなかった。それは願うことと、〝約束〟を果たすこと……怖かったんだ。呪いが」

 分からない。願いと〝約束〟って、呪いって。思わず立ちあがった。

(なんのことやら。でも借表かりおもて様は勇気を出しておられます。唯子ゆいこもどうか勇気を)

 銀子ぎんこが背中を押してくれた。思いきってドアを開けると。──うれしい。彼の笑顔。

「ありがとう、もっと早く君に伝えていれば。本当にごめん。でもこれがあれば、君を人に戻すことができる。必ず」

 彼は深く頭を下げて、黄色いお守りを見せてくれた。

 その中からは。わたしがいつも目にしている、今、被っている……。

【狐のペルソナ】

 それは、とても小さいけど望月もちづきのペルソナと瓜ふたつ。

「く…詳しく聞かせてちょうだい」

 おばあちゃんはすごく驚いて。銀子ぎんこも。

「ぼくの家にはなぜか仮面かめん清助せいすけさんの文献が、ペルソナの創り方が伝わっていて。どうしても復元したくてその通りに創ったんだ」

 清助せいすけさんの文献。創り方……。ペルソナを創った。それが借表かりおもて君の秘密。

「もう完成に近い。次は」

「魂を、込めるだけ?」

「そうだよ望月もちづきさん。勇気を出して覚悟を決めて、ぼくの願いと〝約束〟を言えばいい」

 信じていいのかな。彼の霊力は弱いはず。この小さなペルソナで、できるのかな。

借表かりおもて様の純粋な霊力ならできるかもしれません。マアミの結界を抜けてあなたの元へ駆けつけてくれたのも、きっとその証。信じましょう唯子ゆいこ。信じることも勇気です)

 また背中を押してくれた。そうだ、忘れていた。

 大好きな人を、信じること。

 彼は、わたしが人に戻れることを信じている。だから来てくれたんだ。

 わたしも、借表かりおもて君を信じる。彼の〝約束〟と、覚悟と勇気を。

 わたしは、彼の目を見てゆっくりうなづいた。

 小さなペルソナを両手で優しく包んだ彼は、目をつむった。大きく息を吸って。

借表清かりおもてせいが、お願いします。望月もちづきさんを人に戻してください! 〝約束〟は…………」

 おばあちゃんは見守っている。わたしと銀子ぎんこも息を止めて、待った。

「〝約束〟します! 望月もちづきさんを、『唯子ゆいこを! 必ず幸せにします!!』」

 わたしを、幸せに。

 小さなペルソナがポッと光った。わたしがお願いした時よりもっと、もっと強く輝いた。まぶしくて目をつむってしまって。──開いたら、銀子ぎんこがいた。

 自分の手と足を見ると、人間の、わたしの手と足だ。顔を触ったら、わたし。それに体。人間に、戻れた。わたしに戻れたんだ!

「「唯子ゆいこ!」」

 おばあちゃんと銀子ぎんこが、飛びついてきた。借表かりおもて君の、安心した顔を見たらたまらず。

借表かりおもて君。借表かりおもて君! 借表かりおもて君!!」

「うわわわわ! 急にそんな!」

 借表かりおもて君を抱きしめた。うれしすぎて、名前を呼ぶのにせいいっぱい。

「ええと。ぼくはどうしたのかな? ペルソナを被った狐が見える。喋ったし……。ああ唯子ゆいこ。ぼく、疲れているんだよ。きっと」

 そう言って倒れそうになって、わたしが支える格好になった。

「大丈夫!? ごめんなさい。銀子ぎんこにびっくりした?」

「ぼくこそごめん。重いよね。ペルソナを完成させるのがこんなに疲れるなんて」

 かなり顔色が悪い。銀子ぎんこを気にかける余裕がないみたい。

「いけない。すぐお布団を敷くから唯子ゆいこ、お座敷まで連れて来てちょうだい」

 結局、彼をうちに泊めることにした。もともと今夜は一人でお留守番だったようで。

 心配したお母さんから彼のスマホに連絡があって、おばあちゃんが差し障りがないように事情を話した。今、彼は眠っている。寝顔がかわいかった。

「あら、もう十一時。これからのことは明日にしましょう。唯子ゆいこは学校を休みなさい。借表かりおもて君も休ませたほうがいいかも」

「うん。ありがとうおばあちゃん。銀子ぎんこも一緒に」

 ──今日一日はいろんなことがあったな。最後は借表かりおもて君のおかげで安心できた。

「あれは告白みたいでしたわ。いえ、プロポーズですわね」

 枕元で丸くなっている銀子ぎんこの言葉で、顔が熱くなった。借表かりおもて君が、わたしに……。

 あ。

「ねえ銀子ぎんこ。わたしへの告白だとしたら、願いは? それに破ってしまった〝約束〟」

「あ。ええと、ワタクシがここにまだここにいる、となると願いは叶っていませんわ。〝約束〟も有効ですわね。全てが終われば、ペルソナに戻りますから」

 あれは告白じゃ、ない。そうか、そうよね。

 借表かりおもて君はわたしを戻すためだけに〝約束〟をしたのよねきっと。彼が言う「わたしを幸せにする」は、どういう意味なのか気になるけど。

 なにより「好き」ってわたしの方から伝えなきゃいけないのかも。

 ちょっとガッカリしたと同時に、ホッとした。わたしの〝約束〟は終わっていない。果たすことができる。これは絶対に守らなきゃ。あとは……。

「わたし、優和ゆうわさんが怖い。正直もう、会いたくない。でも、でも。真美まみさんの願いを伝えたいとも思ってる。人に戻ったとたんに現金よね、わたし。彼女はまた来るかな」

「あいつの目は憎しみだらけでしたわ。おそらくまたペルソナを、いえ、唯子ゆいこを……」

 やっぱり怖い。それでも優和ゆうわさんを止めないと同じことの繰り返しになる。伝えたところでどうなるか分からないし、怖い。

「また失敗するかも」

「……ご安心ください。ワタクシは、何が何でもあなたを守ってみせますわ」

「ありがとう。でも無理しないで」

唯子ゆいこ。あのような目にあってもまだ、マアミを救いたいのですね。本当にどこまでも優しい。勇気を持ち続けるのも並大抵ではないのに」

銀子ぎんこのおかげ。おばあちゃん、と借表かりおもて…君も…みんなの……」

唯子ゆいこ? 眠ってしまったのですね。なんてかわいい寝顔……守って見せますとも。マアミ、おまえを絶対に、許さない」

 ──ええと夢? マアミ、とか聞こえたような……「許さない」って……。

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