しっぽ10本目 んガー!!

「お願いだから無茶はしないでちょうだい、唯子ゆいこ

看恵みえ様のおっしゃる通りですわ。恋が最優先ですのよ!」

「うん、そうなんだけど……」

 今は夕食の時間。変身して銀子ぎんこさんも交えて赤魚の煮付けを食べながら今日の反省会。

 あのあとすぐに、家まで借表かりおもて君に送ってもらった。その時に今週の土曜日、一緒に図書館へ行く約束もした。彼は普通の和風の家を取り囲んでる結界に驚いてたっけ。

「今日まで気づかなかった」って。何を守っているのか気になるんだろうな。

「緊張感がないわね」

 おっしゃる通りです。おばあちゃん。

 銀子ぎんこさんに離れてもらった。彼女は赤魚を楽しんでたのに止められて、すごく不満顔。後でまた変身するからって言っても、未練たらたらブーブー唸ってる。狐なのに。

 二人で向き直した。銀子ぎんこさんがおばあちゃんに。

優和ゆうわマアミがペルソナを奪いに来たことははっきりしましたわ。ただ、ヘタをすると唯子ゆいこ様のお命が、ですの!」

「彼女がそんなことするかな。「ありがと」ってお礼を言ってくれたのよ」

唯子ゆいこ様。ペルソナを手に入れるためだけに、幾人いくにんもの命が奪われてきましたわ。決して気を許してはなりません」

 どうしても、優和ゆうわさんが悪いあやかしだとは思えない。説得すれば諦めてくれると思うけど。

 それに「タスケテアゲテ」の声が気になる。

唯子ゆいこ。その声、彼女の方から聞こえたのよね。何か気づいたことはない?」

 何も。チョーカーを撫でていたことくらいしか。わたしは首を横に振った。

「分からないか。しばらく学校を休んだほうがいいかもしれないわ」

「ワタクシも看恵みえ様に賛成ですわ。もちろん、土曜日の予定も無し。ということで」

 そんな。借表かりおもて君と約束をしたのに。明日は木曜日…二日も休むなんて、みんなに会えないなんて。──イヤ。優和ゆうわさんの気持ちも知りたい。

「わたしは行く。借表かりおもて君に、みんなに会いたいの。優和さんを説得したい」

「勇気は万能ではありません! ワタクシは許しません! 間違っておられます!!」

「イヤ! 行きたい! 絶対、学校に行く!!」

唯子ゆいこ! 許しませんわ!」

「なによ! 銀子ぎんこのバ!」

 パンッ!

「はい、そこまで。ああてのひらが痛い」

 ケンカになるところだった。おばあちゃんが止めてくれて良かった。

 銀子ぎんこさんを呼び捨てにもしちゃった。勢いでバなんとかって言いそうだった。

「……ねえ、銀子ぎんこさん。優和ゆうわさんの目的は命じゃない。ペルソナのはず。〝約束〟もペルソナも守ってみせる。わたしは恋を叶えたい。だから行かせて」

〝約束〟のことを優和ゆうわさんが知っていて悪いあやかしだったら。わたしなんてとっくに…だし、ペルソナも奪われている。でもわたしは今ここにいる。

唯子ゆいこがそこまで言うのなら、結界の力をできる限り強めるわ」

 おばあちゃんは許してくれた。でも銀子ぎんこさん、納得していないみたい。

「……分かりましたわ。ただし唯子ゆいこ様に危険があれば、かまわず変身して逃げます。例え人がいようと借表かりおもて様にバレようとも、です」

 変身は困るけど、わたしのためを思っているからわがままは言えない。

「ありがとう銀子ぎんこさん。あの、呼び捨てにして悪口を言いそうになってごめんなさい」

「あら、それはお相子ですの。こちらこそ唯子ゆいこ様を呼び捨てにしてすみませんでしたわ。むしろ、いつでも銀子ぎんことお呼びいくださいまし。看恵みえ様も」

 いくら何でもそれには抵抗がある。四百歳以上も年上の人、じゃなくてお狐様に向かって呼び捨てなんて。あ、敬語も使ってなかった。

「そんな。私と唯子ゆいこをこそ呼び捨てにしてください。敬語も必要はありません」

「おばあちゃんの言う通りです。わたし、敬語も使っていませんでした」

「何をおっしゃいます! タメ口はOKオーケーエブリボデーですわ。もっとお二人と親身になりたいんですの。今日から禁止! 年長者の言うことは聞くものですわ。譲れません!」

 つ、強気になってる。歳を武器にするなんてずるい。

「では、ワタクシのほうから親しみを込めて看恵みえ様の呼び方を変えましょう。ずっと言ってみたかったんですの。よろしいですわね?」

 ゴクリ。な、なんて呼ぶのかな。

「おばあちゃま!」

〈イラっ〉

 久しぶりにきた。イラって。わたしのおばあちゃんなのに! わたしだってかわいくそう呼びたいわよ! おばあちゃんの時が止まってる。ショックでカチコチだ。

銀子ぎんこ様、それはちょっと……」

 顔が真っ赤。照れてる。

銀子ぎんこ、です。反対は許しません! それから「唯子ゆいこちゃん」と呼ばせてもらいますわ」

 ちゃ? ちゃん。ちゃん! そんな、子供扱いすぎる。

「「反対! 断固、拒否します!」」

 わたしとおばあちゃんは、抵抗した。

「年長者の言うことはー! んガー!!」

              ◇ ◇ ◇ ◇

 今朝は辛くて遅刻しそうになった。あれから「銀子ぎんこ」って呼べるまで銀子さ、ぎんこのスパルタ教育が始まった。夜の十一時ごろまで続いてとっても疲れた。

望月もちづきさん? 朝から疲れた顔しているね。昨日は夜ふかし?」

 借表かりおもて君には分かるんだ。彼女の敬語らしきものはずっと前からでもう直せないらしい。それにテレビの影響もあって変な日本語になってる。まったくテレビボードおおお。

「お、おはようございます。昨日はおばあちゃんとぎん…議論していたの。だから寝不足で」

 危なかった。銀子ぎんこさ、銀子ぎんこのことは内緒にしないと。

「そうだったんだ。(対策は思いついたの?)」

 口パクで伝えてくれてる。優和ゆうわさんの視線は感じない。恐る恐る目をやると、彼女は他の子と話しをしている。でも、妖力で監視されていたらまずい。

(あの場所で)

 口パクで返してみた。

(うん)

 うれしい。誰も来ない、二人の秘密の場所(♡)。

 でも、一緒に出ていったら優和ゆうわさんに怪しまれる。銀子ぎんこさ、銀子ぎんこに相談を。

銀子ぎんこさ、銀子ぎんこ。…銀子ぎんこ? 銀子ぎんこ!)

(ぐー……)

「寝てるんかーい! あっ」

 ザワ!

望月もちづきさん。だ、大丈夫? 疲れすぎ? いきなり何を」

「わたしを! 探さないでくださあああい!」

「あっ、望月もちづきさん」

「コントが聞けた!」「今日も新鮮ね」「あれ? 借表かりおもて、ボケてた?」

 ナイスだわ、銀子ぎんこさ、銀子ぎんこ。寝たふりでごまかしてくれて。ツッコミで抜け出せた。

 いつものパターンだから怪しまれないはず。あとで彼が何気なく抜け出してくれれば。

「あら? ココはだれ? ワタクシはドコ? ですの」

 ホントに寝てたんかい。寝ぼけて声が出ちゃってる。遅くまでスパルタやるからよ。

 ──屋上への踊り場で待ってると借表かりおもて君がやって来た。

「大丈夫かな。どこにいても優和ゆうわさんに気づかれそうで心配だよ」

「おばあちゃんが結界を強めてくれたから。彼女は気づくかもしれないけど、ここにいることが分かるまで時間はかかると思います。これで」

 右耳の二つ目のイヤーカフと、カーディガンに着けた同じデザインのブローチ。みんな結界で繋がってて、どれも銀子ぎんこは憑依できる。数を増やしてできるだけのことはした。

 わたしは借表かりおもて君に自分の考えを伝えた。優和ゆうわさんは悪いあやかしではないと思うこと、危険にならないと思うこと。だから普通にしててもまずは安全なこと。

 なにより、ペルソナを諦めてもらうように直接説得したい。彼女にどんな理由があっても。二人にならない大勢の人がいる場所で、でもだれにも聞かれないように。

「君の考えは分かるけど、そんなにうまくいくかな?」

 借表かりおもて君は難しい顔をした。悩んでるみたい。でも逃げてるだけじゃ進めない。

 わたしの真剣さに、彼は納得してくれたみたいで。

「うーん。じゃあ、必ずぼくがいる時に声をかけてみるのは? 見張り役ということで。あっ、二人の話しは聞こえないようにするから」

 わたしの秘密を聞かないようにしてくれるんだ。ああ、ペルソナのことを言えたら。

(うまくいくといいですわね。唯子ゆいこちゃん)

 銀子ぎんこおおお。そう呼ぶの、やめてほしいいい。

 と、その話しでまとまったはずだったんだけど。

 この日、優和ゆうわさんはいつの間にか早退していた。次の日の金曜は、学校を休んだ。肩すかしされたみたいで、わたしの決意が宙ぶらりんに。

              ◇ ◇ ◇ ◇

で、あっという間に図書館へ行く約束の土曜日。

唯子ゆいこちゃん。まるでデートに行く格好ですわね。勢いに乗って告白を? ですわ!)

(だから、そう呼ぶのはやめて。それにデートじゃないわよ。清助せいすけさんの手がかりを探すだけ。一人より二人のほうが、効率がいいでしょ)

 とは言ったものの、ちょっと気合を入れちゃった。白に近い黄色のブラウスに、灰色がかった薄い緑色のスカートは膝上5センチ。ブローチはネックレスに改造した。

 男の子と出かけるんだもの。恥ずかしくない格好をしたい。褒めてくれるかな。

 ただ、ショルダーバッグに付けた大きい防犯ブザーが、カッコ悪。家を出る時におばあちゃんから渡された。何があるか分からないからって……カッコ悪。

「ごめん望月もちづきさん、遅れてしまって。待った?」

 っパアアアアアア!

(ンまっ! 唯子ゆいこちゃん! お顔面が堕落だらくしてますわよ!)

 ほっといてよ。「ちゃん」はやめてってば。

「い、いえ。わたしも今来ました」

 借表かりおもて君はシンプルな格好。白いシャツに黒い細身のデニムと黒いハイカットスニーカー。引き締まって見えて、とっても…。

(カッポーはどいつもこいつも同じセリフ言いやがって。ですわ。爆発しろ! ですの)

 カッポーって何よ。カップルでしょ。日本のカップル全員、見たことあるんかーい。

「行きましょう。借表かりおもて君」

優和ゆうわさん、昨日は来なかったね。わざと休んだのかな。何か企んでる、とか」

 ドキッ、ムリこわい。気になるけど今日は。

「さ、さあ。今日は清助せいすけさんのことだけに集中したいです」

 ヒソっ「きょ、今日の服、に、似合ってるよ。学校にいる時とはすごく違う」

 っパアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

「あ、あああありがと。です」

唯子ゆいこちゃん! お顔面がああぁぁ)

 無視。

 二人で話しながら歩いた。楽しい。引っ込み思案が嘘みたいにスラスラ言葉が出た。

 でも楽しいうれしい幸せな時間は、マッハで過ぎるのね。目的の図書館に着いてホールの中に入ったら。

借表かりおもて君の口が、パクパクしだして。

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