しっぽ9本目 第一ラウンド、ファイ!

 彼は静かに先生のところまで行った。ただ、わたしの横を通り過ぎる時に一枚の紙をそっと机の上に置いて。

 慌てて隠して机の中を探るフリして読むと、そこには走り書き。

『ごめん。戻るまで、できるだけ他の人と一緒にいて』

借表かりおもて様のご指示通りにした方が良いですわね。できますか? 唯子ゆいこ様)

(自分から声をかける自信はないけど、がんばってみる)

 今日一緒に話しをした子を探した。もう…帰ってる。みんなも次々に帰って行く。

 どうしよう。独りになったら、優和ゆうわさんが何にをしてくるのか。ムリこわい! あれ。

優和ゆうわさんがいない。帰ったのかな)

(油断はなりません。唯子ゆいこ様を安心させて、独りになるのをどこかで待っているのかも。ここは、みなさんの後ろについて行った方がよろしいかと)

(そ、そんなことをしたら借表かりおもて君とはぐれちゃう)

(ご自身の安全が優先ですの。さあ、急いで)

 とかやってるうちに、みんな帰ってしまった。わたしはひとり慌てて教室を出た。

「おう、望月もちづき。今日こそは、付き合ってもらうからな」

「「ヒエっ!剛田ごうだ」君!」

 イヤな人に捕まった。昨日のこと、どこ吹く風の態度がラージサイズ。お腹いっぱい。

「また変な声出しやがって。昨日はジャマが入ったけどよ、やっぱオレが良いもん買ってやんよ。そんなイヤーカフよりもな」

 うわああ、強引ぐゴーイング、マイウエイ。相手したくない。って…そうだ!

(ここで剛田ごうだ君と一緒にいて、借表かりおもて君が来るまで待てばいい。すんごくイヤだけど)

(ナイスでグッドなお考えですわ! 唯子ゆいこ様に代わってワタクシが時間をかせぎますの)

 あんなに剛田ごうだ君をイヤがってたのに。勇気を出してくれるのね。ありがとう銀子ぎんこさん。

「ワタシが先約よ」

「「きゃっ!」」

 優和ゆうわさん! いつから!?

(気がつきませんでした。非常にヤバイですわ!)

「ワタシが望月もちづきさんと一緒に帰るんだから。ジャマしないで」

 そんなんこと、決めてない。ムリこわい人たちにはさまれた。早く来て借表かりおもて君!

「ナンだ、おまえ。見たことないヤツだな」

優和ゆうわマアミっていうの。今日、転校して来たのよ。アンタ、その子が良いの?」

「アンタ!? てめぇ馴れ馴れしいな!」

 ど、どの口が。なんか揉めだした。あ、あれ?

 優和ゆうわさん、剛田ごうだ君に耳打ちしている。

「お、おう。今日のところは勘弁してやんよ。じゃあまたな、望月もちづき

 彼はあっという間に帰って行った。どういうこと? 妖力を使ったとか?

「あ、あの。ありがとう」

 思わずお礼を言っちゃった。

「これで大丈夫よ。しばらくはちょっかい出してこないから。おまじないみたいなものよ。そうそう、変な気はおこさないでね」

(変身しましょう! ケモ耳娘みみむすめなら、逃げ切れるはずですわ)

(だ、ダメ。誰かに見られたらよくない。それに、変な気はおこすなって脅されたし)

 ムリこわい。不気味な人。

 ケモ耳娘みみむすめの姿は優和ゆうわさんには知られたくない。今変身したら、まずい気がする。

 せめて、借表かりおもて君がここに来るまでにどうにかしないと。

「今のアイツ、望月もちづきさんに気があるのね。強引なのはウザイけど。だけどあなた、借表かりおもてが好きなんでしょ? 彼ばかり見ていたから、すぐに分かったわ」

 バレてる。でも何をしたいのかな。すぐにどうこうするつもりはないみたい。ペルソナを狙ってるはずよね?

「あの、き、今日一日、ずっとわたしを見ていましたよね。な、なぜですか? 何がしたいんですか?」

「あら、ワタシは友達になりたいだけよ」

 本当のことは言わない、のは当然か。ムリこわい。

 さっきからチョーカーを触ってる。撫でてる? くせ? 大切な物のように見える。

「それより。ステキなイヤーカフね」

((!))

 パシッ

 思わず彼女の手をはたいた。いきなりイヤーカフを、わたしの銀子ぎんこさんをつかもうとしたから。触れようとしたんじゃない、決して。

「あら、ごめんなさい。よっぽど大事なのね。フフ」

 銀子ぎんこさんを両手で守って、わたしは何も言えなくて。

「狐、だから? いるんでしょう? その中に」

((!!))

 イヤーカフを指さしてる。結界が効いてない? 銀子ぎんこさんの霊力が、分かる?

「な…んの……ことですか?」

唯子ゆいこ様。この子の妖力が結界を抜けてワタクシの霊力を探っています。強すぎます!)

「隠さなくったて良いのよ。あの夜、ペルソナと妖狐ようこを感じたもの。それにあなた、何をお願いしたのか知らないけど猫に小判ね。もったいない」

(感じた…山奥にいて? やはり妖力が強い! どこまで知っているんですの)

おばあちゃんが言ってた「ペルソナの霊力は解放された」が頭をよぎった。

「ワタシが有効に、──痛い!」

 な、何? 急に胸を押さえて苦しみ出した。

(今ですわ! 職員室へ向かえば借表かりおもて様に会えますの。彼と逃げましょう!)

(タスケテ…アゲテ)

 声? 優和ゆうわさん? わたしが走りだした時に、確かに聞こえた。

 思わず振り返ってしまって。あれは違う人の声。大人の女の人。聞き間違い?

唯子ゆいこ様? どうして立ち止まって?)

(タスケテって聞こえなかった? タスケテアゲテって)

(ワタクシには何も。それより逃げないと)

 彼女は追いかけてこようとしない。

 うずくまってしまって動くのも辛そう。そんな苦しんでる顔を見てたら。

「タスケテアゲテ」。の声も気になって、思わず戻ってしまって。

「あ、あの。保健室に…一緒に行きましょう、か?」

唯子ゆいこ様あああ!?)

 だって、こんなに痛そうにしているし……。放っておけない。

 優和ゆうわさん、わたしを見て驚いてる。

「なに言ってんの? ワタシが怖くないの!? 平気、すぐ治る。イタ、痛い!」

「だ、ダメです。が、我慢しちゃダメです。保健室へ連れて行きます」

(ああ、もう! 何を考えてらっしゃるの唯子ゆいこ様!)

望月もちづきさん!」

 借表かりおもて君! 慌てて走って来る。

 安心して、わたしはその場にへたり込んでしまった。

「イタタ、今日は帰る。…………………………ありがと」

 え、お礼? わたしは思わず。

「お、送ります」

「なんなのよ腰が抜けてるくせに! 敵だと思わないのワタシを! もういい!!」

 借表かりおもて君と反対の方へ行っちゃった。彼女の「ありがと」が、頭から離れない。

 優和ゆうわさん、本当は……。

望月もちづきさん。何かされてない? 怒鳴られてたけど平気?」

 わたしは、今あったことを彼に話した。へたり込んだままの情けない格好で。

 優和ゆうわさんがお礼を言ってくれたことも。銀子ぎんこさんのことは秘密にして。

 聞き終わった彼は不思議な顔をして……安心したような、呆れたような。

「君が聞いた声は気になるけど…望月もちづきさんは優しすぎるよ。でも無事で良かった。ほら」

 差し出してくれた右手をつかんで、なんとか立てた。

 今は、わたしが優和ゆうわさんに思ったことを彼には黙っておこう。わたしに「優しすぎるよ」って言ってたし。きっと、もっと心配されちゃうんだろうな。

 わたしが、「優和ゆうわさんは悪いあやかしじゃない」と言ったら。

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