しっぽ11本目 第二ラウンド、ファイ!

「ももも望月もちづきさん、あ、アレ」

 彼が指さした先を見たら。──えっ!?

「「ヒェっ! 剛田ごうだ」君! と!!」

 優和ゆうわさんがいた。剛田ごうだ君と二人、ホールにある椅子に座って話し込んでいる。

 二人とも真剣な顔。時々、剛田ごうだ君がニヤリと笑ってムリ不気味。

望月もちづきさん? 今、変な声出さなかった?」

 慌てて両手で口を押さえた。ビックリしすぎて思いっきり銀子ぎんことハモってた。

「こ、声が裏返っちゃった。あっ」

 向こうもわたしたちに気づいたみたい。ガン見してる。うわっ、剛田ごうだ君がドスドス音を立ててこっちに来た。顔がムリこわい。

「オマエら! なんで二人でいるんだよ! 借表かりおもて、どういうことだコラ。あぁあ!?」

 ホール中に彼の声が響いた。そこにいる人全員が注目して恥ずかしい。

 こっちのセリフよ。勝手に怒ってるし、銀子ぎんこは貝になってるし。

「き、君たち、付き合い始めたの?」

「そんなこと、あるルルルがあぁぁぁあ!!」

 うえぇ、借表かりおもて君の質問に巻き舌でガルガル怒ってる。優和ゆうわさんは……。

 すっごいイヤな顔で首をブンブン横に振ってる。ですよねー。

望月もちづき! なんでこんなヤツといるんだよ! オレの方がカッコいいのに!!」

〈イラっ〉

 なんてこと言いだすの? 借表かりおもて君の方が数億倍カッコいいわよ!

「そ、そんなの…剛田ごうだ君に…剛田ごうだ君には! 関係ない!」

「な!? なんだとこのヤロー!!」

(ヒェっ! 唯子ゆいこ、お助けを!)

 いきなりイヤーカフを取られた! 銀子ぎんこ、わたしの銀子ぎんこ

 銀子ぎんこを高く掲げられた。小っちゃいわたしじゃ届かない。

「返して…返してください。お願いだから」

「イヤだね! こんなもん、捨ててやんよ!」

〈ムカっ〉

「返して」

「はっ!取ってみやがれ」

 勝ち誇った顔、バカにした目。いつもいつもわたしの心を引っかき回して、イヤな思いをさせられて……。もう、もうガマンできない。

 こんなのに、こんなヤツに!

「返してよ!!!」

「う、ウオっ?」

 剛田ごうだ君が怯んだ隙に、優和ゆうわさんが取り上げてくれた。銀子ぎんこをじっと見てから。

「みっともないわね。やめなさいよ、嫉妬なんて恥ずかしい!」

 彼女が怒ってる。剛田ごうだ君を叱った。

「ええ、だってよう……」

剛田ごうだ君! 女の子の大切なものを奪うのは見苦しい! 男らしく、ない!」

 借表かりおもて君も怒った。彼の怒った目、初めて見た。

「なんだとぉ!? コラ借表かりおもて! てめえ!」

「ちょっと! 剛田ごうだ!」

 借表かりおもて君が胸ぐらをつかまれた! 優和ゆうわさんがそれを止めようと。このままじゃ!

 ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

「君たち、静かにしなさい! ケンカはダメだ!」

 職員の男の人が気づいて駆けつけてくれた。良かった、防犯ブザーがあって。

「チッ! このままですむと思うなよ、借表かりおもて!」

 走って行っちゃった。逃げたのよねアイツ。みんなに迷惑かけたまま。

「みなさん、お騒がせしてすみません。ごめんね望月もちづきさん。アイツが変なことして。耳は大丈夫? はい、イヤーカフ」

「あ、ありがとう…平気」

 イヤーカフを渡してくれて、優和ゆうわさんが謝った。ペルソナを…奪わなかった。剛田ごうだ君を叱ってたし、やっぱり悪い子じゃ、ない。

唯子ゆいこ〜。怖かったですの〜)

(やあね、情けない声。そうやっていつも呼び捨てにしてくれていいのに)

 銀子ぎんこも無事みたい。それに新しい発見。銀子ぎんこがイヤーカフの中にいれば、離れてもわたしと会話ができるのね。

望月もちづきさんありがとう、おかげで助かったよ。強くなったね」

 わたしが強くなった。そうかな、変われたのかな。うれしい。

優和ゆうわさんもありがとう。望月もちづきさんの言っていた通りだ。君はとても優しい人だね」

「な、何? 借表かりおもて……急に何を言うの」

 優和ゆうわさんが驚いてる。借表かりおもて君が彼女に話しかけるなんて、初めてかも。

 わたしもびっくり。

「君が何を狙っているかは知らないけど、もう望月もちづきさんをそっとしておいてほしい。君は、望月もちづきさんのために剛田ごうだ君を叱った。ぼくのことも助けてくれた。そんな君が悪い人だとは思えない。お願いだよ。もう、やめてほしい」

「あんた、ワタシがあやかしだと知ってるのね……あんたには関係ない。ほっといて」

 優和ゆうわさんの顔。迷っているように見える。

「ワタシ帰る。これで借りは返したわよ望月もちづきさん」

 借り? 保健室へ連れて行こうとした時のことか。

 わたしにニコってして、チョーカーを撫でながら出口へ向かって歩いて行った。

 笑っていたけど口を固く結んで……転校して来た日の目と唇じゃ、ない。

(ねえ銀子ぎんこ優和ゆうわさんの今の顔、どう思う?)

(どことなく、辛そうな。ですの)

 銀子ぎんこはそう思ったんだ。そうね、そんなふうにも見える。

「ありがとう借表かりおもて君。彼女を説得してくれて」

「ダメだったけど。僕は、彼女が心配になってきたよ。何か無理をしているようで」

 無理をしている。そうも言えるかも。

「イタっ! 痛い!」

 扉を開けようとした優和ゆうわさんが、また胸を押さえた。

「え? 優和ゆうわさん。だ、大丈夫かな。お医者さんに連れて行ったほうが」

 借表かりおもて君が戸惑って、優和ゆうわさんを心配してくれた──。

(助けてあげて!)

 またあの声! 今度は、はっきり喋ってる!

「今、ぼくにも聞こえた。聞こえたよ!」

(えええ? ワタクシにはちっとも)

 借表かりおもて君にも聞こえた? 優和ゆうわさんは胸を押さえたまま、図書館を出て行った。

              ◇ ◇ ◇ ◇

 結局、図書館では清助せいすけさんの件は何も見つからなくて。銀子ぎんこはがっかりしてた。

「他の方法を探さなきゃ、だね」

 家までの帰り道、送ってくれている借表かりおもて君の言葉にうなづくだけだった。普通の探し方じゃダメかもしれない。それにしてもあの声。「助けてあげて」は。

「ねえ望月もちづきさん。あの声だけど、『助けてあげて』は『誰を』だと思う?」

 彼も同じことを考えてた。息ぴったり、じゃなくて。真剣にならないと。

優和ゆうわさん。だと思います」

「やっぱりそう思うよね。じゃあ『誰に』言ってるんだろう、と考えたら?」

「大人の女の人の声。それも必死な声。うーん、『誰に』は、ちょっと」

望月もちづきさんに優和ゆうわさんを『助けてあげて』ほしいんじゃないかなって、ぼくは思う。聞こえたのは君だけだから。どうしてだかは分からないけど」

『わたしに』『優和ゆうわさんを』『助けてあげて』ほしい。わたしにだけ聞こえた……。

 あれ? 借表かりおもて聞こえたのよね。にも、にも。ということは。

「誰かの声は、『借表かりおもて君にも』、『助けてあげて』ほしいんじゃ?」

 彼の小さな目が大きく開いた。びっくりした顔もステキ。じゃなくて。

「ぼくに!? なんでどうして? さっき、初めて聞こえたんだよ!」

 慌てた姿がカワイイ、じゃなくて。確かに、どうして?

(あの、唯子ゆいこ。ワタクシは思うのですが)

 銀子ぎんこは何か思い当たるのかな。

(唯子は一途な優しい乙女、だから。それに借表かりおもて様も、優しい男子ですの)

 はい? おおお乙女? 一途で優しい?

銀子ぎんこ。そんな明後日あさってな)

(いいえ。あいつを心配して信じていたのは唯子ゆいこだけでしたの。そして借表かりおもて様はたった今、心配し始めた。だから聞こえた。としたら?)

 ああ! 優和ゆうわさんを心配する誰かは彼女を心配するわたしと借表かりおもて君に。

(ワタクシに聞こえないのはあいつを許していないから。マアミ自身に聞こえないのは、ペルソナを奪おうとする悪の心がある。それも必死で余裕がないから。では?)

 わたしは銀子ぎんこの考えをそのまま彼に伝えた。わたしの考えとして。

「もし、そうだとしたら。その声はきっと、優和ゆうわさんにやめてほしいと願っているはずだよ。早く教えてあげないと」

 わたしたちは月曜日に優和ゆうわさんに知らせようと決めた。人がいても目立たずに話しができる東雲しののめ公園で。そこなら大勢いるから、彼女も下手なことはできないはず。

 本当は、すぐにでも会いに行きたかったけど彼女がどこにいるかさえ知らなかった。

 ──借表かりおもて君とは家の前で別れた。わたしと銀子ぎんこは彼の後ろ姿を見ながら。

「恋とか、清助せいすけさんどころじゃなくなっちゃったね」

 優和ゆうわさんを止めないとペルソナを守れない。ダメだったら恋も、〝約束〟も……。

「いいえ唯子ゆいこ。お二人の絆は深まっていますわ。〝約束〟も果たせるとワタクシは信じますの。いずれ、花開きますわ」

 ありがとう、銀子ぎんこ。そう言ってくれると心強い。

「ところで唯子ゆいこ。帰り道にずーっと借表かりおもて様の隣りで右手をブラブラさせていたのは? なぜですの?」

「え? ああ、ええと。なんでもないわ」

 手をつなぎたいとか、にぎってくれないかなーとか、にぎってほしいなー。

 と思ってたことは、言えない。

              ◇ ◇ ◇ ◇

 今日あったことを話しながらの夕食。メニューはチキンの南蛮揚げにタルタルソースがかかっててボリュームたっぷり。銀子ぎんこはわたしの口でモグモグしている。

 わたしの話しを聞いてたおばあちゃんは箸を置いた。

唯子ゆいこ剛田ごうだ君はきっと利用されるわね」

 わたしも銀子ぎんこに変身を解いてもらった。狐がブーブー。

「利用するといっても、ペルソナを奪うためだけよ。彼に取られないようにすれば」

 剛田ごうだ君をひどい目に合わせてまでは、ない……と思う。

 彼も気にしなきゃなんて、ムリめんどくさいし。

「油断してはダメ。それと切羽詰まったら、彼女は何をするか分からないわ」

「おばあちゃまは正しいですの。一番気をつけるのは月曜、マアミに声のことを知らせる時。ワタクシも気をつけますわ」

「それにしても、声はどこから出ているのかしら。銀子ぎんこは…分からないか」

「ええ。ワタクシには聞こえませんもの」

唯子ゆいこは? 本当に心当たりはない? どんなことでもいいの」

 変わったことは見当たらなかったけど、ええと。

優和ゆうわさん、いつもチョーカーを撫でてた。とても大切にしている仕草だと思うけど」

 でもそれは、いつものことだし。声が聞こえる前にも。ん?

「そういえば最初にペルソナを狙ってる時、撫でてたっけ。そして胸の痛みと声が」

 今日も確か。

「図書館で借表かりおもて君に説得されている時も、帰ろうとしている時も撫でてた。そのあとに痛み出して、あの声が借表かりおもて君にも聞こえた」

 もう少し。もうちょっとで何かに気づけそう。

「大いに関係ありそうね。大切なチョーカー、胸の痛み、そして声」

 チョーカーを撫でて、胸が、声。……それが二度もあった。

 優和ゆうわさんを思う誰かの声。二度も……え。え? ええ!? まさかまさか。

「まさかチョーカー。声を出したのは! 銀子ぎんこみたいに、チョーカーに憑依ひょういしている誰か!」

「あ、ありえますわ。チョーカーにいている何者かが訴えていると考えれば自然ですの。いえ、宿っている…ペルソナに宿る魂と同じ」

 魂。チョーカーに宿る……。彼女はそれに気づいていない。声も聞こえていない。

唯子ゆいこ。ワタクシにはもう一つ疑問が。なぜ、マアミは胸が痛むのでしょうか?」

「そうだ、そうよね。それで彼女の動きが止まってしまって」

 動きが…止まったんじゃなくて。だとしたら。

「もしかして、止められた? チョーカーに。それに宿る魂が、優和ゆうわさんを止めた」

「なるほど! それなら辻褄が合うわね」

「そうでしたか! 声が届かないから、力づくでマアミをおさえつけたのですわ!」

 二人も分かってくれた。って、こうしちゃいられない。

「このことを早く伝えなきゃ。わたし、すぐお風呂に入って寝る。ごちそうさま」

「ああ唯子ゆいこ、ご無体な。変身してくださいまし。せめてもう一口だけ!」

「寝る前に食べ過ぎたら、わたしが太るからダメ」

「ああああ。タルタル、タルタルソースをもう一回ペロリいいいい!」

「上よりも前後左右が大きくなるのはイヤ」

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