しっぽ12本目 マアミのお母さんと、わたしの〝約束〟。

「あれ? 優和ゆうわさんがいない。借表かりおもて君も。二人のカバンも、無い」

 月曜日の放課後。用事を済ませて戻ってきたら二人ともいなかった。

「ああ、望月もちづきさん。借表かりおもて君から伝言を預かっているの。先に行ってるって」

「俺も聞いた。優和ゆうわさんとさっき出て行ったよ。彼女、秘密がどうだとか」

 秘密? 変。

唯子ゆいこ借表かりおもて様はマアミに連れていかれたのでは?)

(そんなことがある? わたしに用心してっていつも言ってたのに)

 いえ、でも秘密って。彼にペルソナの、わたしの秘密を知っているって言ったら。

(早く行こう銀子ぎんこ! 走れば追いつけるはず)

              ◇ ◇ ◇ ◇

 公園に、広場にいない。ずっと走ってきたのに途中でも会わなかった。おかしい。

「おう! 望月もちづき

((ヒエっ!))

 後ろからの声にびっくりした! 剛田ごうだ君、なんでここに。

(変なのがいましたわ! お呼びでないのに)

「な、なんの…用ですか」

「待っててやったぜ。優和ゆうわに言われてな。待ちくたびれて首が長くなっちまったよ」

 優和ゆうわさんに言われて待ってた? わたしを? どうして。

(コイツ、何を言って? かまってられませんわよ唯子ゆいこ

 もしかして剛田ごうだ君、利用された? わたしと借表かりおもて君を引き離すために。

「わ、わたし、あなたに用はありません。か、帰ってください」

「ウルセーよ! おまえ、なんでいつも借表かりおもてと一緒なんだよ!」

〈イラっ〉

 いきなりそんな話しをされても。イライラする。ホントかまってられない。

「ご、剛田ごうだ君には関係ないことです。わ、わたし……わたし嫌いなの、あなたのこと。だから……だからもう、関わってこないで!!」

(か、カッコイイですわ。唯子ゆいこ

 言っちゃった。もう、剛田ごうだ君なんてどうでもいい。優和ゆうわさんに伝えたいことがあるのに、借表かりおもて君を探したいのに。なにより、わたしの恋をジャマされるなんて、

 絶対イヤ!!

「ウルセー……。ウルセー喋んな! こんなもん、あいつに褒められたくらいで!」

「あっ、また!」

(ヒエっ、唯子ゆいこ!)

 一瞬だった。油断したつもりはないのに銀子ぎんこを、思いっきり投げられた。

「人前でこんなことして! 性格、悪い! 最低!」

 わたしの大声で、周りの人たちがこっちを見てる。あれ。

「なもんカンケーねえよ! おまえ、そんなに借表かりおもてが良いのよ! チクショう!!!!」

 剛田ごうだ君が霧に包まれてぼやけていく……消えた。他の人たちも、消えた!

 ムリこわい。何が起こったの? 銀子ぎんこは……そうだ、声は聞こえるはず。

銀子ぎんこー!」

(ワタクシの声が聞こえますか、唯子ゆいこ。この公園全体に何者かが結界を張りました)

 聞こえた! 結界? だからみんな消えたのか。なんで今、誰が。

(ワタクシはイヤーカフのまま植木の中に。どこにいるか分かりませんの。妖狐ようこに戻るわけにはいきませんわ。マアミがいたら、見つかります。あら、足音が。ヒエっ)

 銀子ぎんこ? あの驚き方、まさか。

剛田ごうだのヤツ、あんな乱暴に投げて。こんにちわ銀子ぎんこさん。ペルソナをもらったら、さよならだけど」

 優和ゆうわさん! わたしにも聞こえる。銀子ぎんこの耳と繋がってるんだ。

「マアミ! いつワタクシの名を。コラ! 握るの強すぎ! どこへ行く!」

望月もちづきさんが叫んでたでしょ。「銀子ぎんこー」って。大声で聞きやすい」

唯子ゆいこ、マアミに捕まりました。借表かりおもて様の姿はありません。石碑へ向かっています)

 いないって、一緒にいたんじゃなかったの? じゃあ彼はどこにいるの。

「マアミ。借表かりおもて様は? 一緒にここまで来たのではないのか」

「あらあ? ずいぶん強気じゃない銀子ぎんこさん。まあいいわ。借表かりおもてにペルソナを知ってるって言ったらついて来たの。でもジャマだから、結界の外に追い出してやったわ。てへぺろ」

「可愛くねー! ですわ! この結界もおまえの仕業か! ちょうどいいですの。イヤーカフでいる必要はありませんわ」

 二人の声は近い。石碑のあたりの木の陰から、優和ゆうわさんの後ろ姿が見えた!

「ここにいた! どういうことなの。優和ゆうわさん!」

 二人は石碑の前で睨みあっている。銀子ぎんこは妖狐に戻っていてイヤーカフは彼女の耳に。

 なぜ、借表かりおもて君と剛田ごうだ君を巻き込んだのか聞きたい。

「こんな手の込んだことをしたのはどうして」

「それはね。あなたと二人きりで会いたくて、事を荒立てたくなかったから。だから結界も張ったのよ」

「わたしと話しがしたいなら、直接言えばいいのに。あの二人は関係ないじゃない」

「だって、借表かりおもてはあなたにべったりだったし。ワタシが彼を引きつけて、剛田ごうだにあなたを引き止めてもらったの。あいつ、仲を取り持つって言ったら思い通りに動いてくれたわ。でも狐を投げるなんてね。追い出したからもういいけど」

 だから二人で図書館にいたのか。でも結界でみんなを危険な目に合わせる気はなかったのね。優和ゆうわさんはやっぱりペルソナを手に入れたいだけだ。

唯子ゆいこ! 早く変身を。逃げましょう!)

(待って、彼女はわたしと話したがってる。わたしは理由を知りたいの)

(それを知ってもどうにもなりませんわ。あなたは優しくすぎます! 逃げるのが先決!)

 そんなの分かってる。でも信じたい。

「それよりさあ望月もちづきさん。この狐がペルソナを被っているのはどういうことなの? 説明してよ。コイツ、ただのペルソナの守護者ガーディアンなんでしょ」

 銀子ぎんこのことを詳しくは知らないんだ。〝約束〟も分かっていない。

優和ゆうわさん。銀子ぎんこはただの守護者ガーディアンじゃないの。切り離すなんてできないわ」

「なによ、それ」

「それは」

唯子ゆいこ、あなたが言うには及びません。マアミ、ワタクシは呪われている。ペルソナとの〝約束〟を破ったために、ペルソナを守らなければならない」

「?〝約束〟ってなんのこと? 呪いって?」

「やはり『願いが叶う』だけが都合良く。なげかわしい、説明する気が失せた」

「ふざけないで! ワタシを甘くみないでよ」

 だめよ銀子ゆいこ。それじゃあ彼女を怒らせるだけだわ。

「落ち着いて聞いて優和ゆうわさん。本当はあなたは優しい人なはず。だって剛田ごうだ君から二度も助けてくれた。借表かりおもて君も心配してたの、あなたのこと。無理してるんじゃないかって」

 彼女の顔が曇った。迷ったような、怯んだような表情。

借表かりおもて……誘いだした時にあいつ、また説教してきた。あなたと同じことを言って。ワタシが優しい…無理してる……そんなんこと! あるわけないじゃない!」

 ウソよ。今、もっと困った顔をしたくせに。そんな無理してまで強がりを言うなんて。

「ペルソナを使ってでも叶えたい願いって、何?」

 優和ゆうわさんが、急に黙った。下を向いたまま……。

「……ワタシは、捨て猫だったの」

 猫!? じゃあ正体は猫又! 銀子ぎんこも驚いてる。

「そんなワタシを拾ってくれたのが、お母さん。優和真美ゆうわまみお母さん。マアミって名前をくれて優しくしてくれて、大事に育ててくれた。本当に幸せだった」

 猫は二十年以上生きたら、猫又になるって聞いたことがある。それより前に何かあった?

 すごく、辛そうな顔。今までの優和さんと違う。

「でもお母さん、病気で死んじゃったのよ。最後までワタシに「ごめんなさい」って謝って、「生きて幸せになって」って。まだ二十五才だったのに! ワタシだけ幸せはイヤ! 真美まみお母さんこそ幸せになってほしい!」

 彼女はそれから静かに話した。真美まみさんが亡くなったあと、また捨てられそうになって逃げて。彼女の願いを守って山奥で暮らしたそう。そして猫又になったと言った。

 優和ゆうわさん本当は、自分より真美まみさんに幸せになってほしいんだ。でもペルソナで?

「……だから、ペルソナで真美まみお母さんを生き返らせる!」

 生き返らせる! 銀子ぎんこも絶句してる。ペルソナはそんなこともできるの!?

 でも、そうだとしたら〝約束〟は。優和ゆうわさんはチョーカーを優しく撫でた。

「これはお母さんが作ってくれたチョーカー。ワタシの大切な形見。だけど、これだけを残されてもうれしくない。望月もちづきさん。ペルソナを譲って」

 形見。だからいつも大切に撫でていたのね。そこに真美まみさんの魂がいる。

「ワタシはもう、ペルソナに頼るしかないのよ!!」

 わたしと同じ……わたしは恋をペルソナに頼るしかなかった。でも、彼女の叫びと願いは、わたしよりももっと切実。

 けど。だけど!

 真美まみさんは、彼女を止めたがっている。真美まみさんの願いはそうじゃないはず!

優和ゆうわさん。あなたは優しさを知っている。幸せも知っている。教えてくれたのは真美まみさんよ。わたしは、そんなあなたが悪い人だと思いたくない」

「愚かすぎる。マアミ、人を甦らせるなどとは神をも恐れぬ行い。その願い、ペルソナはきっと拒否する!」

銀子ぎんこ、わたしから言う。優和ゆうわさん、わたしはペルソナと〝約束〟したの。それは願いを叶える交換条件。それを果たさないと呪いを受けるの。〝約束〟を果たすか呪われるかしない限り、次の願いはペルソナは聞き入れない。無理よ」

 それに命と同じ価値は、命のはず。……だめ。誰も幸せにならない!

「…………」

 彼女、ずっと黙ったままだけど、これで思い直してくれるといいけど。

 真美まみさんの魂がそばにいることも早く伝えなきゃ。いつもチョーカーに宿っているって。

「ワタシは自分を悪人だって知ってる。そう思わないと幸せを横取りなんかできない!」

 悪いことを自覚している…無理に自分に言い聞かせて。思いつめすぎよ。だから声が聞こえないのよ。

 え? 彼女の瞳が、猫に。今まで悲しいそうな目をしていたのに。

望月もちづきさん。あなたが失敗したらいい。いいえ、まどろっこしい。あなたがいなくなれば、いい。おまえが! うっ」

 胸を押さえた。真美まみさんが止めようとしてる。あっ、ええ!

 優和さんの体から黒い何かが。パリパリ音が鳴って、黒い電流? をまとってる。

「痛い! おまえが! 死ねばいい!! ああ! 痛い! おまえが死ねば、ペルソナはワタシのもの! ちくしょう! 痛い!!」

 優和ゆうわさんの髪が逆立った。体が大きくなって。牙が、爪が。

 しっぽが生えて二つに別れた。額に灰色が一筋の大きなあやかし。猫又! ムリこわい!

 黒い電流が太くなった。バチバチと音が、こんなのを相手にしてたなんて!

唯子ゆいこ! 早く変身を!」

 怖くて、動けない。何もできない。わたしを恨んだ猫の目が、わたしを。

「ムリ。無理よ銀子ぎんこ

「お気を確かに! 弱気にならないで! ダメ!」

 だって、だって。わたし、怒らせちゃった。わたしを殺しにくる! 怖い!

「ペルソナを守れない。〝約束〟なんて、できない!」

「いけないその言葉は!! ああ!」

(マアミ! やめて!!)

 ──あれ? どうなったのかな。

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