しっぽ18本目 恋と勇気と友情で!

 どこかしら、ここは。

 わたしは金色の中にいる。モヤのような霧のような、上も下も、見渡す限りの金色。

 おかしい。獣人になったはずなのに手や足や顔も、体もわたしのまま。

「誰かいませんかー。ここはどこですかー」

 ──いるのはわたしだけ? また〝約束〟を破ったから、もしかして死んじゃった?

唯子ゆいこ!? そこにいるのですか」

望月もちづきさん? 銀子ぎんこさん?」

 借表かりおもて君と銀子ぎんこの声。そちらを向くと二つの影。一つは四つ足、きっと銀子ぎんこ。もう一つはすぐに分かった。借表かりおもて君の形。霧の中から二人が現れた。

「二人ともどうして。借表かりおもて君、怪我は? 銀子ぎんこも。どうなったの」

「あれ、痛くない。いやそれより望月もちづきさん。どうして君はあんなことを」

「そうですわ唯子ゆいこ。あなたは勝手に」

 すごく静かに怒ってる。ムリこわい。そうよね、勝手に〝約束〟を破ったんだから。

 二人の決意と努力を無駄にしたんだから。わたしは黙って頭を下げるしかなかった。

望月もちづきさん、今は土下座してる場合じゃないよ、早く戻らないと!」

 そうだ。あそこにはおばあちゃんと剛田ごうだ君だけ。二人が危ない!


「大丈夫だよ。私が保証しよう」


いきなり聞こえた太い、落ち着いた声。男の人だ。二人にも聞こえたみたい。

「この声! 清助せいすけ様!? とても近くにいらっしゃる。一体どちらに?」

「ここだよ、ここ。久しぶりだね銀子ぎんこさん。元気そうで何よりだよ」

「「ペルソナが喋っている!」」

 わたしと借表かりおもて君はすぐに気づいた。男の人は、清助せいすけさんは本当にそばにいた。

「なんてこと! 教えてくださいまし。どうしてあなたが、ここはどこですの?」

「ペルソナの中だよ。正確にはペルソナの魂と私の魂が合わさった世界だ。分かりやすい様に銀子ぎんこさんの顔に乗ったまま喋らせてもらうよ。見えたほうが話しやすいだろう?」

 たしかに。目の前にいてもらったほうが安心だけど。

「あ、銀子ぎんこさんには見えないか。メンゴ」

清助せいすけ様のいけず! じかにお姿をお見せくださればよろしいのに」

 ……笑ったらいいのかな。借表かりおもて君は複雑な顔をしてる。なんなのこれ。

 銀子ぎんこったら悔しがって足をドンドンしてる。地団駄じだんだを踏むっていうんだっけ。

「悪いね。私の体はもう無くて、ここが私そのものなんだよ。許しておくれ」

清助せいすけさん! どうしてわたしたちはここにいるんですか。今、あちらでは大変なことになっているんです。早くおばあちゃんを助けに行きたい!」

「まあ落ち着きたまえ唯子ゆいこさん。ここにいるのは君たちの魂だけなんだ。招いたのは私だよ。それに時間の流れはない。これは、分かるかな」

 ちんぷんかんぷん。銀子ぎんこも首をかしげている。

「つまり向こうでは、ぼくたちの体はあるけれど時間が止まっているようなものですか。だから優和ゆうわさんに襲われる心配は、ない?」

「そういうことになるね。せい君、さすがだよ。君たちがこの世界の扉を開けてくれた。三人の心がひとつになったからね。それまでは見ていることしかできなかった」

 心が? 三人がひとつに…でもわたしは勝手に。

 どうして、わたしの心なんかが二人と一緒になれたの?

「わたしは〝約束〟を破りました。銀子ぎんこをだますようなことをして、獣人になろうとした。借表かりおもて君が止めるのも聞かずにです。そんなわたしがどうして」

「不安になるのは分かるよ。でもね、君はみんなを思いやってそうしたんだろう? せい君も、もちろん銀子ぎんこさんも。みなみなを守ろうと必死にがんばった。特に唯子ゆいこさんの『恋心』、獣人になる『勇気』、そして『友情』が鍵となって私は招くことが出来たんだよ」

 わたしの……。それがきっかけになって三人で清助せいすけさんと繋がることができた。

 ああああでもでも、彼の前で恋だなんて! 恥ずかしくて両手で顔を隠した。

 恐る恐る、指の間からチラッとみてみたら。

 銀子ぎんこはうんうん、て大きくうなづいてる。彼は……ポッカーンとして。

「あのう。それは、一体どういうことですか。恋心って?」

 バレてない。っていうか、ドンカン? なんか残念なような、フクザツな気分。

「うーん、どう伝えればいいかな。ぶっちゃけ愛だよ、愛。三人の愛が奇跡を起こした、かな。知らんけど。いやあ、自分から愛なんて言うのは照れるね」

 知らんのかーい。心の中でつっ込んじゃった。

「『恋×勇気×友情!で、愛』ですわ!」

 あら。銀子ぎんこがうまくまとめてくれた。しっくりくる。

「ええと、えーと。相乗効果…なの?」

 か、借表かりおもて君。わざわざ難しく言わなくても。

「まあ、愛は置いといて」

 照れてもまた愛って言うのね。意外とカワイイ。あ、招いたって言ってたけど。

せい君。わたしから君に言いたいことがある。いいかな」

「は、はい」

せい君。私の残した文献を読み解いて、ずっとペルソナの小さな灯火ともしびを絶やさずにいてくれた。君が私の心を継いでくれたんだ」

「はい? ぼくが?」

「分かりづらいかな。では。私が、仮面かめん清助せいすけと呼ばれていたことは知っているね。それは俗に言うあだ名、ニックネームだよ」

 清助せいすけさんは咳払いをした。そして深呼吸を一回。もったいぶるというより、新ためて言わなきゃいけないって感じ。

「私の本当の名は、『仮面かめん』と書いて『かり おもて せい すけ』と呼ぶ」

「ぼくと同じ、かりおもて?」

 ええっとそれってつまり。つまり!?

せい君。君こそが私の子孫であり、ペルソナ創造の後継者である」

「ぼくが、後継者……」

「はいいいいい!? ですわ!!」

 びっくりした! 銀子ぎんこったらいきなり大声あげて。そうか。は『かり』、めんは『おもて』とも読める。借表かりおもては形を変えた当て字だったのね。悪い者たちから隠すために。

 銀子ぎんこは最初から清助せいすけさんの子孫に会えていた。わたしも〝約束〟を果たしたんだ。

 それに、借表かりおもて君のペルソナが望月もちづきのそれと同じ気配なのも、彼が清助せいすけさんの血と霊力を継いでいたから。でも、こんな偶然でいいの?

唯子ゆいこ! おめでとうございます。あなたはもう、呪いに怯えることはありませんわ」

 自分のことのように喜んでくれている。銀子ぎんこの祝福を素直に受け止めよう。

 彼女も借表かりおもて君に、清助せいすけさんの子孫に会えたんだから。

「ありがとう銀子ぎんこ。あなたもおめでとう」

「良かったね望月もちづきさん。君は獣人にならなくて済んだんだ」

「ありがとう。借表かりおもて君も、清助せいすけさんに努力を認められたんですね」

 わたしの言葉を聞いて、彼はハッて顔をした。

「ぼくは、後を継いで良いんだ。ペルソナのために生きることができるんだ」

 今度はわたしがハッとした。最初から〝約束〟を果たしていたのに? 

清助せいすけさん。わたしが一度、獣人になったのはなぜですか?」

「あの時点で君は、せい君が子孫だと気づいていなかった。〝約束〟は有効だよ」

 納得した。それが〝約束〟の厳しさなんだ。

 そうだいけない、一番大事なことを。

「あの! わたし、どうしても優和ゆうわさんを」

 その先は言いづらい。あんな言葉は。

 優しい彼女はもう、いない。わたしを信じてくれない。

 みんなとペルソナを守るにはこれしか。心がチクチクした。

 獣人になれないなら清助せいすけさんに聞くしかない。優和ゆうわさんの、命を……。

 それをしたらわたしは、借表かりおもて君のそばにいる資格はない。でも、決めたんだ。

唯子ゆいこさん。私が一番伝えたいことはそれだよ。マアミが信じるのは誰だか分かるね」

 それは、決まっている。

真美まみさんです。優和ゆうわさんがお母さんと呼ぶ人」

「うん。マアミには聞こえない、気づけないんだね。だったら、真美まみさんの声を、願いを直接聞こえるようにするしかない」

 直接って、二人は会えないのに。どうやって。

 わたしの顔を見て察したのか、清助せいすけさんは続けた。

「君自身でマアミの魂を、直接チョーカーに入れる。真美まみさんの魂に触れさせるんだ。それにはマアミの妖力がつきて、彼女の命が消える寸前を狙う。だが、絶対死なせてはいけない」

 それが出来るなら、良い方法だと思う。でも。

「今の、なんの力も無いわたしじゃできません。無理です」

「力を、私とペルソナの霊力を貸そう。銀子ぎんこさん、せい君。二人の力も必要だよ」

「マアミを止めることが出来るのでしたら、惜しみませんわ」

「ぼくも、優和ゆうわさんと真美まみさんを助けたい」

 二人の言葉でわたしに勇気が湧いた。優和ゆうわさんたちを救える。

 わたしたちは、お互いの決意を確かめてうなずきあった。

「ただし」

 清助せいすけさんの声が重い。

「どうしても駄目なら、私が手を下そう。唯子ゆいこさん。君がやることではない」

 わたしの気持ちはもう変わっている。それは絶対、させない。必ず、二人を助ける。

「ではみな。共に行こうか」

 金色の霧が、この世界が輝いた。──希望の光。

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