しっぽ17本目 〝約束〟と、わたし。

 銀子ぎんこ優和ゆうわさんに体当たりした。同時に振り下ろされた爪は、ペルソナに傷をつけた。

ペルソナのつむった右目に、四本の深い爪痕。

「ワタクシは平気です唯子ゆいこ。ペルソナが守ってくださいましたわ」

「二人とも怪我は? 銀子ぎんこ、ごめんなさい。私がいながら」

 おばあちゃんもわたしのところに来た。剛田ごうだ君を抱えたままだからどうにもできなかったようで。でも次の動きは早かった。

 銀子ぎんこのイヤーカフを取ってブローチと握ると、その手を優和ゆうわさんに向かって振った。

退け!!」

 おばあちゃんが叫ぶと彼女は魂とともに弾け飛んで、地面に押しつけられた。

「うああああ!!」

 彼女の悲鳴が響く。苦しいはずなのに、まだ睨んで立ちあがろうとしている。

望月もちづきさん」

借表かりおもて様、だいじょうぶですか。あなたのおかげで唯子ゆいこは無事ですわ」

 銀子ぎんこの声に応えて、膝の上でにっこりと笑ってわたしの顔を見た。

「良かった。おばあさんも。銀子ぎんこさん、ぼくたちをかばってくれてありがとう」

「とんでもございません。ご覧の通り、ワタクシは平気ですわ」

 ふらふらなくせに無理してる。借表かりおもて君も痛いはずなのに笑ってる。

 やだ、泣きそう。

「泣かないで。よく聞いて望月もちづきさん。優和ゆうわさんはもう、ダメかもしれない。彼女は君の言葉を理解していない。君を殺すことだけに執着している。真美まみさんには悪いけど……」

 そんな、わたしたちの声は? 真美まみさんの願いは? 優しかった優和ゆうわさんは?

「本当に、本当にもうだめ?」

「ごめん。ぼくは君と一緒に、助けることができなかった」

「ワタクシが行きましょう。その間にみなさんはお逃げください。こんななりですが、なんとかできますわ。唯子ゆいこ、どうか諦めてくださいまし」

「その体では無理よ銀子ぎんこ。マアミを抑えておかないと、とうてい勝つことなんてできない。私も残るわ」

 わたしは自分の耳を疑った。二人の言っていることは、つまり。

「そんなのダメ! 銀子ぎんことおばあちゃんを残すなんて! わたしたちだけなんて!」

唯子ゆいこ。公園の結界を縮めて、あなたたちを外に出す。縮んだ分だけ結界は厚くなって、マアミはすぐには抜けられない。終われば剛田ごうだ君も元に戻るわ。大丈夫、安心して」

「おばあちゃま……。よろしいんですの?」

「付き合ってくれてありがとうね銀子ぎんこ

 なんでうなづいてるの銀子ぎんこ。大丈夫? 安心して? そんな、おばあちゃん。

「〝約束〟はどうなるの! ペルソナは!? 守人もりとは!」

「イヤですわ、そんな顔をして。ペルソナは守ります。そんなにやわじゃありません」

唯子ゆいこ。私と銀子ぎんこは必ず戻るから」

 そう言うと二人は前へ出た。おばあちゃん、ウソよ。そんな目をしていない。銀子ぎんこも笑っているけど、ウソ。わたしたちとペルソナと〝約束〟だけが残るなんて──。

【〝約束〟……と、わたし】

 ある。見つけた。銀子ぎんこもおばあちゃんも、みんなが、わたしが助かる道が一つだけ。

 優和ゆうわさんを止める、わたしだけが出来るたった一つの方法。

「ねえ、借表かりおもて君。また、ペルソナにお願いしてくれる?」

 銀子ぎんことおばあちゃんに聞こえないように小さな声で耳打ちすると、

 彼は見開いた。わたしの目を見て、とても悲しそうな顔を……。

「ダメだ。まだ〝約束〟を果たして ない。君が 幸せになったなんて 思ってない」

 うまく話せなくなってきている。でも必死に止めようとしてくれて。

 もう、充分に幸せよ。わたしを信じて人に戻してくれた。救ってくれた。

 あなたは、〝約束〟を果たしている。きっと、あなたのペルソナは叶えてくれる。

 それまで待ってる。

「もう休んで」

 借表かりおもて君の手が、わたしのほほに。それから目をつむって。──気を失ったみたい。

 痛いのに我慢するからよ。わたしはその手を強く握りしめた。

 借表かりおもて君の顔がぼやけた。ああ、わたしの涙か。おさえきれなくなって、彼のほほを濡らした。イケメンを台無しにしちゃった。片方の手で彼の温かい顔をそっと包んだ。

借表かりおもて君。わた し は」

 声がゆれる。いけない、しっかり言わなくちゃ。本当はもっと早く言いたかったけど。

 学校で、元気な彼の前で言いたかったけど。


せい君。わたしは、あなたが大好きです」


 この勇気を最初に使えたら良かったな。

 ごめんなさいおばあちゃん。望月もちづきを継ぐことができなくて。

 ごめんね銀子ぎんこ。わたしを憎んでもいい。あなたからのどんな罰でも受ける。

 わたしは今から、獣人になって優和ゆうわさんを……。

 銀子ぎんことおばあちゃんの後ろ姿へ向かって、はっきりと叫んだ。

「わたしは、〝約束〟を破ります!」

 振り向いた二人は何かを叫んでた。

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