しっぽ20本目 憎しみも悔しさも無い、〝約束〟に一番近いところ。

(みんな。これから起こることに耐えてください。ペルソナの九尾の霊力を弱めます。それで痛みや苦しさはあるかもしれません。でも、優和ゆうわさんを油断させたいから)

 全員がうなずくのを確かめてから、霊力を弱めた。

 爪の一撃が伝わる。ペルソナの左ほほに、傷がついた。攻撃は止まらない。

 ついに胸に強い衝撃と激しい痛み。みんなの苦痛が分かる。

 それでも待った。しっかりと立って、彼女のほんの隙を、狙う。

 ドンッ!!

 今までとは違う黒い雷撃が。痛い! 黒い太い電流がしつこく体をはい回る! しびれが取れない。彼女の渾身の攻撃に思わず膝をついてしまって。耐えてみんな!

 顔を上げて優和ゆうわさんの目を見た。

 彼女が笑った。『勝った』。そんな目だ。来た! わたしは右手を、素早くのばす。

 チョーカーをつかんで、引きちぎった!

 真美まみさんを、チョーカーを高くかかげて力の限り握る。

 優和ゆうわさんの目の色が変わった!

「ごめんなさい。真美まみさん!!」

 ミシッ ビシッ! チョーカーにヒビ。

「お母さん!!」

 優和ゆうわさんが正気に! 必死になって飛びかかって来た。取り返すために、

 真美まみさんを守るために! 彼女の爪が手が、わたしの右手首に食い込んだ。

 今しかない。左手の借表かりおもて君の小さなペルソナを握りしめて、わたしは願いを込める。

望月唯子もちづきゆいこがお願いします! 優和ゆうわさんと真美まみさんを! あなたの世界へ連れて行って!〝約束〟は!」

 もっと大きく、力強く込める!!

「誰も!! 不幸にはさせない!!!!」

 まばゆくて優しい光が優和ゆうわさんと真美まみさん、わたしとみんなを包んだ。

              ◇ ◇ ◇ ◇

 ここは。白い、まっさら。二人だけを小さなペルソナに送ったはずだけど。

「なんと、本当にせい君のペルソナに引き入れることが出来たとは」

 清助せいすけさんの声? わたしの耳に直接届いてきた。ここ、ペルソナ?

「ここが、ぼくのペルソナ……」

「あら、なんて静かな。暖かいですわ」

 借表かりおもて君と銀子ぎんこの声も聞こえる。

 人影が浮き上がってきた。ひとり、ふたり、三人? 四人も? それに四つ足の影。

唯子ゆいこ! 銀子ぎんこ! みんなもどうして。ここは公園じゃないの?」

 あれ? おばあちゃん。剛田ごうだ君の魂と体も。みんなもいる!

唯子ゆいこ、変身は? それに、そのお方はどなた?」

 おばあちゃん何を言って。あ。わたし、元に戻ってる。知らない人もいる。

 長い白髪を一つにまとめて後ろで結んだ男の人。背が高くて、すっきりとした顔立ち。

 借表君に似ているような。手に、清助せいすけさんのペルソナを持っている。

清助せいすけ様! あの時のままのお姿。ここでお会いできるなんて」

 銀子ぎんこが叫んだ。じゃあこの人が。って銀子ぎんこ

銀子ぎんこ! ペルソナは? 被ってない!」

 初めて見る銀子ぎんこの素顔。赤い、キリッとした目をしている。美人。

「あら? あれ? 無いですわ」

 肉球でペタペタと自分の顔を触りだした。思わず彼女の顔に手をのばすと、暖かい感触。魂なはずなのに、ふれられるのは、なぜ。

みなは、魂ではなくここに実在しているようだね。しかも私まで。奇跡だ」

 そうだ。優和ゆうわさんと真美まみさんは! チョーカーも無い。

望月もちづきさん。あそこに」

 人になった優和ゆうわさんと髪の長い綺麗きれいな人。真美まみさんだ。わたしたちと離れたところで、

 二人はじっと見つめ合ったまま。

 真美まみさんは優しく微笑んでいる。優和ゆうわさんは、涙を流して……。あの涙とは違う。

真美まみさんの霊力が弱い。おそらく、マアミを止めようとし続けて力を使いきったのだろうね。待とうか。彼女たちが心ゆくまで、そっとしておこう」

清助せいすけさんの言う通りなら、真美まみさんはもう……。せっかく二人は会えたのに。

 優和ゆうわさんが笑った。あんなすてきな笑顔は初めて見る。真美まみさんも笑い出して、二人でずっと笑っている。このまま終わらなければ良いのに。

 ──どのくらい時間が過ぎたんだろう。風。暖かい風がほほを撫でる。

 風が、真美まみさんの髪がなびく。合わせるように彼女の姿もゆらいでいる。

 二人は、抱きしめ合った。お互いを慈しむように。

 やがて、真美まみさんはゆっくり、消えていった……。わたしたちにも笑顔を向けて。

 そしてチョーカーが現れて。でもそれも優和ゆうわさんの頭の上でいっぱいの光る粒に。

 羽みたいに花びらみたいに、静かに降り注いだ。

 わたしには、真美まみさんがもう一度優和ゆうわさんを抱きしめたように見えた。

「ねえ、借表かりおもて君。真美まみさんは、本当にいなくなってしまったのかしら」

「それはないよ。真美まみさんの魂は、きっと天国へ行ったんだ。それに優和ゆうわさんの心に生きているよ。彼女も分かっているはずさ」

 そうだよね。二人はこれからも一緒に生きていくって思いたい。

「お母さん……真美まみお母さん!」

 真美まみさんを呼ぶ声。両手で顔をおおって泣き崩れるのを見たら。

優和ゆうわさん。マアミ!」

 たまらず彼女の元へ走った。そして抱きしめて、

「良かったね。真美まみさんと会えてお話しができて。チョーカーは残念だけど」

 わたしの胸の中で、マアミは涙声で、

「チョーカーはいいの。お母さんに会えたから。それよりごめんなさい。あんなひどいことをして。わたしの欲でつらい目に合わせてしまって。その……ありがとう」

「いいのよ。マアミが幸せになってくれれば」

 くすっ

 ん? 今、マアミが笑った? わたし何か変な言い方したかな。

「ふふっ、真美まみお母さんと同じこと言ってる。まるで唯子ゆいこがワタシのお母さんみたい」

 キュン! てなった。彼女の髪を撫でながら、

「いいのよー。いいのよー。わたしをお母さんだと思って甘えて」

「それは断る。ワタシのお母さんは、真美まみお母さんだけ」

 ガクってきた。わたしの愛を返して。

 マアミは涙でグシャグシャな顔を思いっきりほころばせた。

「マアミ。私も君を祝福しよう。本当に良かった」

「だれ。このおっさん」

 言い方! 清助せいすけさんに向かってなんてこと。絶句して目をパチクリさせてるじゃない。

「ねえ唯子ゆいこ。どうすればいい? あれ」

 マアミが向けた顔、の先には。あああ忘れてたたた。剛田ごうだ君の魂と、体。

「捨てとく?」

 ちょっとちょっとおおぉ。ムリこわいこと言わないでよ。

「そ、それはダメだよ。剛田ごうだ君を戻さないと」

「そうだぞマアミ。彼が不幸のままじゃ、〝約束〟を破ることになる」

 それもムリこわい。呪いはもうたくさんよ。

「わたしからもお願い。剛田ごうだ君を治してあげて!」

「ん。唯子ゆいこがそう言うなら」

 マアミは剛田ごうだ君の魂を直接つかむことが出来た。あの威力はもう無い。

 メリッ ズブッ ズブズブ ズブブブブ

 うわあ、やっぱりイヤな音。借表かりおもて君は耳をふさいでる。モザイクもかけたい!

 魂が戻ったとたん、剛田ごうだ君は目を覚ました。

「あれ、ココはだれ? 僕はドコ?」

 ……なんだか様子がおかしい。いつもの彼と違う。剛田ごうだ君が『僕』?

 わたしと目が合ったとたん彼は、ニコニコして。ムリこわい。

「やあ望月もちづきさん。借表かりおもて君に優和ゆうわさんもどうしたんだい? 見ない人たちがいるね」

「これは……。彼の魂から邪悪な物が、はがれてしまったのかな」

 そんな剛田どうだ君清助、なんかムリこわい。《せいすけ》さん、怪談はやめて。

「やだキモっ! 剛田ごうだが」

「乱暴な剛田ごうだ君が」

「あの剛田ごうだが、ですわ」

 わたしも言いたい、思いっきり。

「キレイな剛田ごうだ君になった!」


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