第五話 幼少期(5歳児クラス) その4
「なぁ、疑問があるんだけどさ」
俺は晴天の空の下、コンクリートの段差に座り、ボール遊びに興じる園児たちを眺めながら、隣の夏鈴に声をかけた。
「なに?」
「お前の目にはさ、俺の性格ってどう映ってるんだ?」
彼女、結城夏鈴の眼は、相手の能力値や性格をゲームのステータス画面のように確認することができる。
それは彼女が、人生をやり直す際の特典スキルとして得たものだった。
「それは、言えないわ」
「どうしてだ?」
「私の特典スキルどうこうではなく、あまり人の性格について口にするのはマナーに反するもの」
「別にそんなのいいじゃないか。俺は気にしないしさ」
「本当?」
彼女は意地悪げな笑みを浮かべて、俺の方を振り向く。
「仮に私の眼には、あなたの性格が『優柔不断で間抜けな性欲の塊』と表記されていたとする。でも私がその通りに言ったとして、あなたは少なからず私に馬鹿にされたと感じるか、そうでなくてもショックを受けるんじゃない?」
「……………確かに」
ショックを受けるどころか、しばらく立ち直れなくなること間違いなしだ。
そして、そのどれもが、ちょっと心当たりがあるのが悔しいところだ。
「なぁ」
「なに?」
「お前の眼には、本当にそうやって書かれてるのか?」
ジロリと彼女は視線を向ける。
「もう。仮の話だって言ったでしょう?」
それから、子どもをあやすように俺の頭を撫でた。
「でもこれでわかったでしょう?性格というのは、それだけ本人にとって繊細なものなのよ」
夏鈴と数日話すうちに、なんとなく彼女のことを掴めてきた気がしていた。
まず第一に、彼女は俺よりもずっと頭が良い。
対等な会話のはずなのに、話すたびに、時折俺があやされ、遊ばれ、教師が子どもにするように諭されることがある。
おそらくは前世で俺よりも長く生きたのか、あるいは同い年でもかなりの秀才だったのか、もしくは人生が3周目なのかもしれない。
第二に、結城夏鈴は、かなりの皮肉屋で、おまけにサディスティックなのだ。
彼女はその頭の良さを俺に対してだけは隠そうとしないし、むしろ俺との会話を楽しんでいる。
そんな奴ではあるものの、やはりレベルを下げずに相手と会話できるというのは、何より心地よかった。
「ふぅん、甲子園ねぇ」
この人生での目標の話になった時、そう夏鈴は釣れない反応を示した。
「それって、行って楽しいものなの?」
「楽しいとかじゃなくて、行きたいんだよ。甲子園はさ、実力と運と、チームワークと監督の采配とが合わさって、勝ち上がっていってようやく辿り着ける、夢の舞台なんだよ」
「つまり、貴方一人頑張っても行けないかもしれないってことでしょ?そんなギャンブルみたいなことに、人生を賭けられるなんて不思議だわ」
俺の熱弁にも彼女はイマイチ納得しない様子で、首を傾げる。
「プロ入りしたい、というのならわかるわ。練習をしていけば、それだけ純粋に確率が上がっていくもの」
「もちろんプロ入りもしたいけどさ、甲子園はそれとはまた別物なんだよ」
「よくわからないわ」
夏鈴は理解を諦めるように、首を横に振るのだった。
「ななみくーん」
そんな会話をしていると、保育室の方から、グローブとゴムボールを抱えた凪乃がやってきた。
「キャッチボールしよー」
「ああ、しよう」
俺は立ち上がり、ズボンの砂埃を払う。
「お前もやるか?」
「………今日はいいわ」
この数日、俺から誘って一緒にキャッチボールや鬼ごっこをしたりしたが、どうやら運動に関しては、夏鈴はからきしのようだった。
ボールの軌道を正しく読むことができず、取りこぼしてしまうのだ。
「運動神経、前世でもそうだったのか?」
「……ええ。生まれ変わったらあるいは、とも思ったけれど、鍛えない限りは伸びて行かないようね」
俺はグローブを受け取り、凪乃と距離をとる。
凪乃は一歩下がり、腕を上げる。振りかぶって、一球を投じる。
園児の球とは思えないほど、ゴムボールは鋭い軌道を描き、俺のグローブにぴたりと収まる。
見本にしたくなるほど綺麗な投球フォームと、軽いゴムボールでもブレない制球力。
相変わらず、凪乃はすごい。
「凪乃のお父さんってなんの仕事してる人なんだ?」
「んっとねー、らーめんやさん」
ラーメン屋さん、か。
おっとりしている凪乃の父親の職業としては、ちょっと意外だったな。
「ラーメン屋って忙しそうだけど、一緒に練習する時間なんてあるのか?」
「まいにちしてるよー。わたしとやきゅうするために、らんちがおわったら、ぜんぶ他の人にまかせて帰ってくるの」
「え、そんな働き方、あるのか?」
「わたしとやきゅうするのが、なによりも好きなんだってー」
凪乃はまたこちらへボールを投げる。吸い込まれるように球は俺のグローブに止まる。
なるほど。
非凡だとは思ってたけど、親の努力の賜物だったんだな。
「お父さんって、もしかして昔甲子園球児だったりしたのか?」
「えっ、知らないの?」
言ったのは、夏鈴だった。
「なにが?」
「この子の父親、遠坂臙士(とおさか えんじ)よ」
「えっ、後楽ギガンツの!?」
遠坂投手といえば、言わずと知れたセ・リーグのスター選手だった。
肘の怪我が原因で引退することになったが、それまでは華々しい成績と端正な顔立ちで、CMにも引っ張りだこだった。
そうか。
元プロ野球選手か。
それなら、凪乃のこの実力にも全て説明がつく。
ポテンシャルだけじゃない。指導者にも恵まれていたのだ。
「夏鈴、なんでお前が引っ越してきたばっかのお前が、凪乃の父親のことを知ってるんだ?」
まさか、転生スキルで、両親の情報まで読めたりするのか?
「別に能力は関係ない。お迎えに来たお母さん同士の会話を聞いてれば普通にわかることよ」
「えっ、そうなのか?」
「どうせ貴方のことだから、ろくに周りのことなんて気にかけていなかったんでしょ?」
「ぐぬぬ………」
言い返す言葉もなかった。
俺はゴムボールを投げ返す。
単純な投球のスキルとしては、前世での記憶がある分俺の方がまだまだ上手い。
だが、凪乃が数年後、同じように俺が優っているのかと問われると、自信を持ってそうとは言えない。
教えている人間が違えば、成長のスピードはまるで違うのだ。
凪乃がプロ野球選手に教わっているとなれば、おのずとこの差は縮まっていくことは間違いない。
「今日もお父さんと練習するのか?」
「そうだよー」
ならば。
こちらから行動を起こしていくしかない。
「なぁ、今度お前の家、遊びに行っていいか?」
「えっ、家に!?」
慌てふためいたのは夏鈴だった。
「大きな声出すなよ。びっくりするだろ」
「いきなり女の子の家に行こうとするなんて、一体どういう………」
「おい、絶対勘違いしてるだろう」
俺はため息をついた。
「いいか?俺たちは保育園児だ。別に異性であろうと家に遊びに行くのは不自然じゃない」
「まぁ、それはそうだけど………」
渋々、彼女は頷く。
「園児の頃からツバを付けとこうって魂胆なの………?」
「なんでそうなる」
どことなく腑に落ちていなさそうだったが、やがて夏鈴は凪乃の方を振り向いた。
「じゃあ、私も一緒に遊びに行ってもいい?」
「かりんちゃんもきてくれるのー?」
パァッと凪乃の表情が明るくなる。
「じゃあみんなでおにんぎょうさんであそべるねー」
「えっ、お人形?」
俺は遠坂投手に教えを乞いたいんだけど………。
「幼女とお人形遊びがしたいだなんて、一体どういう………」
こっちはこっちで勘違いが続いているし。
そうして、おやつの時間になるまで、俺たちキャッチボールは続いたのだった。
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