第十話 少年期(小学5年生) その4

 昼休み。


 俺と夏鈴は花壇を囲うコンクリートの段に座り、頬杖をつきながら小学生たちが遊び走り回る様を眺めていた。


 「ねぇ、もうちょっと離れてよ」


 「なんでだよ」


 「デートだと思われるでしょう」


 仕方なく、俺は拳二つ分夏鈴から距離をとる。


 あれ以来、俺と夏鈴の恋仲の噂がクラスでは持ちきりになってしまった。


 それからというもの、夏鈴はずっとこんな調子だった。


 元々練習がない日は一緒に過ごすことが多かったのに、それも最近では夏鈴の方から断ってくることが多い。


 「なぁ、クラスの子達のことは気にするなよ。人の噂も75日って言うだろ」


 「それも小学生女子だけは例外よ。あの子達ったら、休み時間には噂話をすることしか頭にないんだから」


 そういうもんなのかな。俺は男子達と消しピンや手遊びに興じているため、よくわからない。


 これくらいの年齢になると段々と遊びも一緒にやっていて楽しいぐらいのものになっている。


 さすがに保育園の頃のレンジャーごっこなんかは、とてもじゃないが楽しめたもんじゃなかったからな。


 「それで、いい奴は見つかったか?」


 「そうね、数人は」


 今俺たちは、ただ運動場で雑談に興じていたわけじゃない。


 運動神経のいい野球向きの子どもをスカウトするために、夏鈴に品定めをしてもらっていたのだ。


 「今見た感じ、めぼしい子は四年生に一人と、二年生に二人。でも、野球が最適ってわけでもなさそう。単純に運動神経がいいのね」


 夏鈴は転生時の特典として、相手の能力や個性を、ゲームのステータス画面のように確認できるスキルを獲得している。


 ただ、それがどのような形で彼女の目に映っているのかはわからない。


 彼女と出会ってからもう5年になるが、その間にも、俺の能力はどのように彼女にみえているのか、聞いてみたい衝動に駆られることがこれまで何度となくあった。


 だが、それも恐くて聞けずにいる。


 まぁ、彼女のことだから、聞いたところで教えてはくれないだろうが。


 「六年生は?」


 「そこそこの子はいるけれど、即戦力となると……あっ、ちょっと待って」 


 サッカーをしている集団を指差す。


 「あそこの中に一人、長距離打者にうってつけな子がいるわ」


 「いいじゃん。早速近づこう」


 「ちょっと待って!二人して用もないのにズケズケと近づいたら完全に変な奴じゃない!」


 「大丈夫だ。お前は最初から完全に変な奴だ」


 「自然な流れでディスらないで!」


 俺は夏鈴の手首を掴み、強引に近づいていく。ブランコや鬼ごっこに興じる同学年の男女は見せ物でも眺めるみたく歓声を上げる。


 無論、夏鈴の顔は真っ赤になっている。


 「それで、誰だよ」


 「……………あの子よ」


 赤面する顔を隠しながら、夏鈴はサッカー集団の中のガタイのいい少年を指さした。


 少しばかり太っているが、逆三角形のプロレスラー体形。


 確かに、見るからに才能がありそうだ。


 この子ならアメフトでもレスリングでもいけそうだ。


 「おい君」


 俺はこれまたズケズケと、サッカーの輪を横切りキーパーの前に立ち、その少年を指さした。


 「なんだ?」


 サッカー少年たちの動きが止まる。


 俺たちの目当ての少年もボールを追いかけるのをやめ、こちらに近づいてくきた。


 近づくと、その大きさに俺は驚いた。


 早めの成長期か、俺よりも身長が10cm以上高い。


 目の前に立たれると、そのまま少年が見下ろされる形になった。


 「急になんなんだよ」


 非常に筋肉質で恰幅の良いその少年は、訝しげに俺を見てくる。


 まるで睨んでくるみたいに。



 じょ、上級生怖えぇー。



 これ、喧嘩したら絶対に負けるだろうな。


 小六相手に、久しぶりに本能的な恐怖を覚えた。


 だけど、こんなことでヒヨっていてはいけない。


 「話があるんだ」


 それから俺は話し始めた。


 自分は野球をしていて、新入部員を募集していることと、少年がサッカーをしている姿を見て、是非とも新しい部員になってほしいということ。


 それらをおべんちゃらを交えてほめそやし伝えた。


 少年は最初は怪しいという目をしていたが、次第に納得したようで、表情を緩ませた。


 「なるほど、そういうことか」


 「そうなんだ。だから、是非とも君の力を我が野球チームに………」


 「悪いな。俺、もうバスケチームに入ってるから」


 「あっ、そうなの……………?」


 「こいつ、NBAを目指してるんだよ」


 近くの子が仲良さげにその少年の肩を掴んで補足をしてくれた。


 なるほどねぇ………。


 そんなわけで、すげすげと俺たちは定位置(花壇の塀)に戻ってきた。


 「あの子の体幹はもっとパワーが必要なスポーツが向いているのだけれどね。野球だったらプロの4番も目指せたわ」


 なるほど。才能があっても、選ぶスポーツでこうしてミスマッチが起こっていくんだな。


 いやはや、適正というものは実に難しい。


 それからも、俺たちは同じように、野球適正の高い子に次々とアタックをかけていった。


 だが、ことごとく全滅した。


 それも、迷う素振りすら見せずに。


 何せ、適正の高い子は何かしらのスポーツや習い事をしているのだ。


 「体操にサッカー、バスケにピアノ……………」


 「フィギュアスケートの子までいたわね。でも、中でも塾通いで勉強漬けになってる子が多いのは意外だったわ。せっかくスポーツの才能があるのに」


 親も案外子どものことがわかっていないってことだな。


 「他の候補はまだ残ってないのか?」


 「見たところ、高学年はほぼ全滅ね。4年に一人、かなり適正の高い子がいるけれど」


 「4年かぁー」


 体が成長過程にあるため、小学生の頃の学年の差は一年違うだけでその力に大きく違いが出てくる。


 野球未経験なうえに4年生となれば、どれだけ才能があっても大会までに十分な力がつくかも微妙なところだ。


 とはいえ、ここまでくれば仕方がない。


 「まぁ、今年は無理でも来年の全国大会出場の力になってくれるかもしれないもんなどの子だ?」


 「あそこよ」


 夏鈴が指をさした先には、3人の少年の後ろ姿があった。


 ちょうど校舎に戻ろうとしているところなのだろう。


 「どの子だ?」


 「真ん中」


 真ん中ねぇ。


 集団の中で一番背の小さい、Tシャツに短パンの子だった。


 「じゃあ、行ってくる」


 俺は立ち上がり、駆け足でその集団に近づいていく。


 「なぁ君!」


 正門前の階段の手前で、俺は呼び止めた。


 少年たちは一斉に振り返った。


 左右の少年は、いかにも野外スポーツをしていそうな感じに小麦色に肌を焼いていた。


 対して、真ん中の子は色白で、頭には鍔の広いデニム地の帽子。それに大きくつぶらな目をしていた。


 そしてスヌーピーのイラストが描かれたオレンジのシャツに目が行った時、俺は心底驚かされることになった。


 「えっ………?」


 シャツの胸元が、わずかに膨らんでいる。


 よく見ると、その目元も心なしか愛らしさを感じさせる。


 この子、女の子だったのか……。


 「あ、あの………」


 彼女は顔を赤らめて、節目がちに俺を見る。


 「な、何か用ですか………?」


 何か、彼女の様子がおかしい。


 胸をおさえて、チラチラとこちらに視線をやっている。


 これ、見覚えがあるぞ。


 遠い昔、毎日のようにみていたやつだ。


 まさか。


 この子、俺に一目惚れしているのか………?


 いやいや、と俺は首を振る。


 俺は訓練をして、十分にモテオーラを抑えている。


 だから、多少なりとも漏れ出ていることはあっても、一目惚れを引き起こすことはない。


 もしかして、年々オーラが増してきて、知らない間に抑えきれなくなってるとか?


 いやいやまさか。


 今朝だって、何も女の子たちは反応していなかったんだ。


 だって、こうやってちょっとでも解放してみたら、違いは一目瞭然だ。


 こう、抑え込んでいた心のタガみたいなものをちょっと外してやるだろう?


 そうすると、すぐに周囲の女の子たちが振り向いてきて………。


 ………って、まずい!!


 「はうっ……………ッ!!」


 まるで心臓を矢で射抜かれたように、彼女は胸を押さえる。


 まずい、まずいぞっ………!!


 彼女はのように顔を真っ赤にさせ、そして目を回す。


 そしてのぼせ上がったように、ふらふらとして、体制を崩した。


 「危ないッ!!」


 俺はさっと駆け寄り、倒れる彼女の体を支える。


 彼女の体は見た目よりもズシリとしていて、筋肉を感じさせた。


 両隣にいた男の子は、突然の展開に言葉を失いただ茫然と俺たちを見ている。


 やがて、うっすらと彼女が目を開ける。


 アニメなら目がハートになっているところだ。


 そして彼女は、掠れそうな声で言った。


 「あなたのためなら、死んでもいいです………」


 「死ぬな。一緒に野球しよう」


 「はい…………」


 ちゃんと理解をしているのか、謎の勧誘に彼女は頷いて、そのまま意識を失ってしまったのだった。


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