第四話 幼少期(5歳児クラス) その3
昼食が終わり自由時間。
外は清々しいまでの晴天だった。
そんな昼の暖かな光に包まれ、無邪気な園児たちが鬼ごっこで駆け回り、ブランコに乗り、すべり台に列をなす中、俺たちは砂場の一角で殺伐とした雰囲気に包まれていた。
「ごちゅうもんをどうぞー?」
「カプチーノひとつくださーい」
あんなちゃんが注文を聞き、店員の俺と夏鈴が砂遊び用のコップに、それらしい泥水を注いでいく。
そしてそれをあんなちゃんがお客さんに渡していくわけだが、当のお客たちは、出された飲み物よりも、裏方で泥をこねくり回す俺の方が気になる様子だった。
「ねぇ」
同じく店員をしている夏鈴が俺に声をかける。
「なんだ?」
「これって楽しいの?」
俺は泥を適量放り込んだコップを夏鈴に渡す。彼女はそれにジョウロで水を注いで、中の泥を溶かしていく。
「楽しくないのか?女の子って、こういうの好きなのかと思ってた」
「女の子はみんなごっこ遊びが好き、なんて雑な括りはしないでほしいわ。人類の半分は女なんだから。日本人でも寿司や納豆が嫌いな人はいるでしょ?」
ふぅん、と俺は適当に相槌を打って、注文のキャラメルモカを作るために泥をカップに入れる。
やけに理屈っぽい子だな。
「こんななんら生産性のないことに時間を使うなんて耐えられる?私たちが丹精込めて注いだ泥たちは、店を出た瞬間に地面に落とされるのよ?」
それもなんの悪びれもなく無邪気な顔でね。そう言って、夏鈴はジョウロをまた傾ける。
「生産性のある保育園児なんてほとんどいないだろう」
「でも、それなら本を読むなり運動でもしていたほうが将来のためだわ」
そりゃあ、俺だって凪乃とキャッチボールがしたかったさ。
ちなみに凪乃は、このカフェごっこに混ざって現在列の中腹ほどにいる。
うんざりしたように空を見上げる夏鈴の向こうで、やけに自信に満ちた女の子がレジの前にやってきた。
彼女はブロンドに染められた長いウェーブがかった髪を撫でて、あんなちゃんの前に立った。
「ごちゅうもんをどうぞー」
他の子と変わらず、あんなちゃんは応対する。
お客の女の子は、そのふっくらした頬を歪ませてニタリと笑みを浮かべ、こう言い放った。
「シングル ベンティ キャラメル アーモンド ヘーゼルナッツ モカ ホワイトモカ ツーパーセント チョコチップ エキストラホイップ キャラメルソース チョコソース ジェリー バニラクリームフラペチーノ」
「……………えっ?」
一瞬、周囲に沈黙が訪れる。
そう、そこにいたのは、まきちゃん。
彼女はこの5歳児クラスでも強い統率力を持った存在だった。
現に、今も取り巻きの女の子2人を引き連れている。
「まきちゃん、今なんて言った?」
「シングル ベンティ キャラメル アーモンド ヘーゼルナッツ モカ ホワイトモカ ツーパーセント チョコチップ エキストラホイップ キャラメルソース チョコソース ジェリー バニラクリームフラペチーノ」
「なにそれ」
お客の子たちがざわつく中、まきちゃんは髪をさらりと払う。
「ちゅうもんをしたの。ここ、カフェ屋さんでしょ?」
「そんなシングなんとかとか、置いてないけど」
「あるはずよ。だって、さっきの子フラペチーノ注文してたもん」
そう。
まきちゃんの魂胆は見え透いていた。
この遊びを仕切るあんなちゃんに恥をかかせるために、困らせにかかっているのだ。
あんなちゃんは、イライラした様子を見せながら、毅然として俺たちの方を向く。
「じゃあななみくん、それ作ってあげて」
「ちょっと待って」
俺たちが手を動かし始める前に、まきちゃんのストップが入る。
「てんいんさんは、ごちゅうもんをくりかえすんじゃないの?」
「……………ぐぬぬ」
あんなちゃんは、乳歯が折れるのではないかというほどの歯ぎしりをする。
「ごちゅうもんをくりかえすので、もう一度言ってください」
「トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ」
「長くなってない!?」
「やっぱりエクストラソイとエクストラチャイエクストラホイップエクストラクラシックは抜いてね」
「えくすとら……そい……なに?」
戸惑うあんなちゃんを見て、まきちゃんは満足そうに笑みをこぼした。
晴天ののどかな空の下、子どもたちは戦慄するほどのやりとりを、固唾を飲んで見守っている。
状況は、まきちゃんの優勢。
このまま押し切れば、あんなちゃんは恥をかかされるうえ、このカフェごっこで思うような進行ができなくなる。
この状況をどう打開するのか。
あんなちゃんは奥歯が砕けんばかりの歯ぎしりをやめ、顔を手で覆った。
「ななみくーん!」
そう。
あんなちゃんは、厨房に引っ込んだのだ。
「まきちゃんが意地悪してくるよー!」
この対応に、周囲はさらにざわつきを見せる。
よりにもよって、渦中の俺に泣きつくことで、対応を丸投げしたのだ。
やれやれ、と俺はため息をつく。
まきちゃんはそういう意地悪なとこあるからな。きっと将来はきつめのギャルになる。
仕方がないなぁ。
「俺はコップを置いて立ち上がり、店頭に立つ。
すると、まきちゃんは突然恋に落ちたように目を見開き、胸をおさえる。
「ご注文、もう一回教えてもらっていい?」
「マンゴーフラペチーノで⭐︎」
「うぉおぉおおい!!」
厨房から、あんなちゃんが野太い声を出して入ってくる。
「お前、さっきシングルベンティなんちゃらソース頼んだだろ!」
「気が変わっちゃった⭐︎」
「お前の顔面の形も変えてやろうかぁあぁ!!」
ブチギレるあんなちゃんを羽交締めで止めている間に、夏鈴がまきちゃんにコップを差し出して、退店を促す。
「あいつの人生ごと潰してやりたい………」
呟くあんなちゃんを横目に、夏鈴は苦々しげな顔をした。
「なんか……殺伐としているわね」
「いつもこんな感じだ」
そんなこんなでカフェごっこは終焉を迎え、俺たちはお片づけをすることになった。
ちなみにお片づけはすこぶる不人気なので、俺や夏鈴、凪乃の他数人を除いて、みんなバックれて違う遊びを始めてしまっていた。
「やっと静かにお話ができるわね」
ショベルやバケツについた砂を水で洗い流しながら、夏鈴が言った。
「俺と話したいって、一体何の話がしたかったんだ?」
夏鈴は手を止めて、俺の方を向く。
「あなた、人生初めてじゃないでしょう?」
「……………っ!!」
俺は夏鈴を凝視する。
彼女は真面目な顔で、俺の表情を窺う。
「その反応を見ると、図星のようね。ということは、天使に会ったの?」
死後、真っ白な部屋で出会った天使。
あの天使の存在を知っているということは、目の前のこの子も、俺と同じ境遇なのだろう。
「………ということは、お前もあのふざけた天使に会ったのか?」
「どの天使を言っているのかわからないけれど、私の出会った天使は寡黙だったわ」
あの天使のことを思い出す。寡黙とは程遠い、控えめに言ってとても変な天使だった。
同じ天使と言っても、人間のように性格が違うのだろう。
「どうして俺が転生したと分かった?」
「それは、私の得た特典スキルのおかげ」
彼女はコップやバケツを洗い終わると、慣れたような手つきで手洗い場の脇に置いた。
ハンカチを取り出し、濡れた手を拭う。
「私は特典ポイントを使って、記憶の引き継ぎと、相手の分析のためのスキルを手に入れた」
「分析スキル?」
「ええ。私は個体の能力値や、おおまかな性格を読み取ることができる」
相手の能力や性格の読み取り。つまりは、ゲームでいうところのステータスの確認ができるということか。
特典スキルを使えば、そんなことまでできるのか。
「あなたは5歳児にしては、能力が突出していた。体力面もそうだけれど、特に知性面」
体力は、生まれた頃から鍛える努力を怠らなかった。
おかげでかけっこでまだ負けたことはないが、知性は比べる対象にもならないだろう。
前世の記憶を引き継いでいる俺は、5歳にして高校生の頭脳を持っているのだから。
「どうして俺にそれを明かしたんだ?」
「それはあなたにもわかるはずよ」
「………退屈だからか」
知性をそのままにこの現代で人生を再スタートさせた場合、最序盤でできることというのは極端に少ない。
両親の監視の元でしか何もできないし、そもそも幼年期にできることなんて限られている。
できるのはこの世界に溢れている大量のコンテンツの消費くらいなのだ。
「この5年間、幼児のふりをして過ごすのはそれなりに辛い作業だったわ。幼児向けの番組では心は満たされないし、かといって難しい書物を読んで過度に知性を見せてしまえば、神童と勘違いされて両親は私にエリート教育を施すでしょう。それは私の望む道ではない」
「わかる………わかるぞ……………」
俺だって、幼児のふりを続けるのは大変だったのだ。
とはいえ、俺はバカだったから、3歳の時、母親相手に完璧に近いオーバースローでゴムボールを投げ込んで、心底驚かせたことはあったが。
彼女は俺の方へ、小さな手を差し出す。
「私たち、お友達になれると思うわ」
現代に転生した、同じ境遇の人間。
他にも存在するであろうことはわかってはいたが、それがこんな場所で出会えるとは思いもしなかった。
「……そうだな」
俺は差し出された手を握る。
彼女は、おおよそ5歳児には見えない、慣れた微笑みを俺に投げかける。
ふと、その時疑問が浮かんだ。
「お前は、どうしてそんな分析スキルを特典に選んだんだ?」
「それは………まだ言えないわ」
彼女は手を離し、そっぽを向くように振り返る。
その時、お片づけが終わったことを見計らって、女の子たちが次の遊びの誘いのために雪崩れ込んできた。
「次は家族ごっこしよー!」
「鬼ごっこー!」
俺がその誘いの応対に追われていると、気づいた時には夏鈴の姿は見えなくなっていた。
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