第十六話 少年期(小学5年生) その9
八王子オリオンズとの練習試合。
一回にカルムズは3点を先制したが、二回はお互いに無失点に終わった。
続く三回も、凪乃は三者凡退に抑えた。
二回のフォアボール以外では出塁を許さず、既に三奪三振の好投だった。
後攻のカルムズの攻撃で、打線が爆発した。
凪乃の出塁を皮切りにヒットが連発する。
その結果、追加点が生まれて5対0まで点差が開いた。
「先発の人、あんまり上手くないんですか?」
隣で葵が質問をする。
「いや、いいピッチャーだよ。あれだけ投げれたら、どこのチームでもエースを張れる」
「じゃあ、それ以上にうちが強いってことですか?!」
目を輝かせる葵に、俺は曖昧に笑みを浮かべて見せる。
うちの選手が練習を積んできたことも、そこと関係はしているだろう。
だがここまで俺たちが打てているのは、ゲームの流れが一回裏で一気にうちに傾いたことが大きい。
そしてなにより、うちのチームとあのピッチャーの相性が良すぎたのだ。
「あっ、さっきの子、降ろされたねー」
凪乃がマウンドを去っていくピッチャーの子を指さした。
無言ながら、悔しさを表情に滲ませていた。
まさかうちのチーム相手に、ここまで打たれるとは予想もしていなかったのだろう。
100km/h出せる小学生なんてそうはいないから、そのへんのチームなら、大抵の選手は打ち取れるはずだ。
だが、うちはそのクラスの球を投げれる奴が俺と凪乃と二人もいて、なおかつコントロールも優れている。
だから、うちの選手たちは100km/h台の球速に慣れていたのだ。
まぁ、恩着せがましい自慢みたいになっちゃうから言わないけどさ。
火消しに入った相手のピッチャーもそれなりにいい球を投げたが、勢いは止まず追加点が入る。
最終的に、三回裏のカルムズの攻撃は4点を取ったビッグイニングとなった。
そして四回。
ツーアウトで再び、藍染の打席が回ってくる。
もう既に6対0。
敗色濃厚だが、藍染のバッティングフォームを見ると、そこに諦めは見えない。
初球、凪乃はストレートを放る。
これも甘さのない、厳しい内角の球だ。
「……………ッ!!」
藍染は振り子のように体を揺らしてタイミングを合わせ、バットを叩きつける。
カキンッ!、と耳に刺さるような金属音。
打球はセンター方向に、勢いよく飛んだ。
中堅手の俺は、後方へ駆け足で下がる。
高めの打球だったが、その間もぐんぐんと伸びて、フェンスへと向かっていく。
「まさか…………」
俺は打球を追いかけて下がっていくが、ある時身体が止まった。
フェンスにぶつかったのだ。
嘘だろ………。
そのまま打球は、フェンスのぎりぎり上を通り、その向こうの芝生へポトリと落ちた。
ホームランだ。
「うそ……………」
凪乃はへたりとその場に座り込む。
その周りを、藍染は澄ました顔で走っていく。
「……………」
キャッチャーが凪乃の元へ駆け寄る。
そのタイミングで、内野手たちも集まり、各々声をかける。
俺も励ましてやりたかったが、球場の端から今から向かったら試合の流れを止めることになる。
とはいえ、幸いにも走者はいなかったから一失点で済んだ。
6対1。
まだまだ優勢だ。
だが、続く打者から、今度は一気に相手チームに風向きが来ることになる。
3番打者はレフト前ヒット。
4番はフォアボール、5番は二遊間を割ったところにヒットを飛ばした。
勢いづいたというよりは、打ちやすくなっている。
凪乃の球が、急に勢いを無くしてしまったのだ。
持ち味のコントロールも冴えない。
監督も流石に見かねたようで、タイムをかける。
俺も凪乃の元に駆け寄った。
監督からの話はもう終わっているようだったが、凪乃の表情は優れない。
「大丈夫か?」
「うん…………」
「ツーアウトなんだ。あと一人打ち取れば、また仕切り直せる」
「そうだよね。がんばる」
そう言って笑顔を作った凪乃だったが、無理をしているのは見え見えだった。
そして6番。
凪乃の心を揺さぶるかのように、代打が送られてくる。
高身長の男の子だ。
凪乃は初球、二球目と外して様子見をする。
三球目は比較的いい球がストライクゾーンの端に入る。
打者は見逃して、ストライク。
続く四球目。
これは、すっぽ抜けてボール球になる。
「………………………」
これで3ボール1ストライク。
凪乃は大丈夫だろうか?
いや、大丈夫じゃないだろう。
満塁だから、これでボールを出すだけで点が入るのだ。
凪乃の心境を考えるだけでも辛い。
五球目。
凪乃が投げた球は、キャッチャーの指示から大きく上へ外れてしまった。
ど真ん中のストレートだ。
打者は勢いよくバットを振り、球を弾き返す。
やや振り遅れた鋭い打球はライト方向へ。
右翼手の子は追いつけずに、球はフェンスに激突する。
結果は、2ベースヒット。
ゲームは6対3まで戻された。
「タイム!」
ここで、遠坂監督が再びマウンドにやってくる。
その時、俺の方を見て手招きをした。
マウンドまで来た時には、凪乃は両手で顔を覆い静かに泣いていた。
「七海」
「はい」
「交代だ」
仕方がないことだろう。
ゲームの流れもそうだが、凪乃がこれでは、とてもじゃないがもう投げられない。
俺は凪乃から球を受け取る。
監督の指示で凪乃はライトに入れられる。
凪乃がこんな状態でも、流石に向こうのチームと凪乃抜きで戦うのは厳しいと考えたのだろう。
俺はマウンドに立ち、球を握る。
相手チームのベンチの方に目をやる。
不意に、藍染と目が合う。
藍染は、相変わらずの澄まし顔で、じっとこちらを見ているのだった。
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七海くんはモテにスキルを全振りしたのに、甲子園に出たいようです。 夏目夏樹 @natsumenatsuki
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