第十七話 少年期(小学5年生) その10
八王子オリオンズとの試合は、四回表6対3の勝勢ながら、凪乃が打ち取られる形で俺が登板する事態となっていた。
その四回2アウトの打者を、俺は三振で沈める。
四回裏に入り俺たちの攻撃は無失点に終わったものの、五回表はこちらも三者凡退に抑える。
そして、カルムズの攻撃に移るためにベンチへ戻る時、俺は浮かない顔をしている凪乃の背を叩いた。
「元気出せよ。試合に集中しないと」
「うん………」
少しばかり笑みを浮かべるものの、表情は晴れなかった。
そんな五回裏は、ヒットが出るものの点には繋がらずに、6対3のままとなった。
そして、六回表。
先頭打者に、あの藍染が来る。
「…………」
バッターボックスで構える前から、藍染はこちらを睨むような目で見ていた。
明らかに意識されている。
俺は一球、外角に緩い球を放る。
当然見逃し、ボール。
二球、内角に鋭いストレートを放る。
「……………ッ!!」
藍染は慌ててバットを振るがタイミングが合わず、ストライク。
相手ベンチでも、どよめきが沸いていた。
三球目、同じコースに入った速球をなんとか合わせてバットに当てるが、打球は中途半端に浮き上がって、浅めのライトライナーとなった。
あのコースを当てて前に打ち返しただけでも、十分に賞賛に値する。
こいつの将来を恐れる気持ちに変わりはない。
まずは先頭打者を打ち取りワンアウト。
とはいかなかった。
「あっ……………」
なんと、ライトの凪乃が、緩やかなその打球を取りこぼしたのだ。
フェア。
藍染自身あっけに取られたように、一塁で止まる。
俺たちは各々のポジションから凪乃を見つめ、硬直する。
ありえない。
普段の凪乃なら、100回やって100回取れるような球だ。
結局、その後は三振とゴロで押さえて、六回も無失点に終わった。
その後の試合展開は、語るほどでもないだろう。
八回にタイムリーを打ち、7対0。
守備においては危ういところがなく、俺は無失点のまま完投した。
正直なところ、今の俺の実力じゃ、小学生では藍染も含めて相手にならない。
それだけ経験値の差があったのだ。
まぁ。
将来はわからないけれどさ。
そんなわけで、帰りのバス。
車内は興奮冷めやまぬ様子で、子どもたちは前後左右の席同士でわいわいと先の試合のことを語り合っていた。
まぁ、それも当然だろう。
全国レベルのチームを相手に、気持ちいいまでの快勝を収めたのだから。
「……………」
そんな中で一人、凪乃だけは表情が沈んでいた。
失点のために降板させられたことが、よほど堪えたのだろう。
大量失点することも、それで降板させられることも、一流の投手ですらよくあることだ。
だが、思い返してみると、凪乃は同学年では抜きん出た資質を持っていたうえ、監督からかなり過保護な起用法をされていたから、ここまでめった打ちにされた経験がなかった。
しかも、今回のあの藍染のホームラン。
凪乃の投球は決して悪いものではなかった。
同学年の子に、純粋に実力で打ち負かされたと言って差し支えない勝負だった。
「なぁ、凪乃……」
俺の声にも気付かず、上の空でぼうっと窓の向こうを眺めている。
「七海さん……」
葵も心配そうに俺に目配せをするが、俺にはこれ以上どうすることもできなかった。
せめて、早いところ立ち直って、元の凪乃に戻ってくれることを願うばかりだ。
「はぁ………」
凪乃は頬に手を当て、物憂げにため息をつく。
こんなに落ち込む凪乃を見ることは、俺自身初めてのことだった。
とはいえ、この時は俺も葵も監督も、そこまで重く受け止めてはいなかった。
だが、この試合のダメージを、凪乃は後々まで引きずることになるのだった。
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