第二十一話 少年期(小学5年生) その14
地区大会が始まった。
全国大会へとつながるこの大会は、いつもの練習試合や地域の大会とは一線を画すだけの重みがある。
俺はエースナンバーの背番号1番をもらい、凪乃は2番手投手という立ち位置となった。
凪乃は当初驚いたものの、わりかしすんなりと受け入れた。
なにせ、元々投手としても俺の方が優っていたが、監督のエゴでずっとエースを譲られてきたのだ。
そんな俺たちカルムズは、初戦を8対0で快勝した。
続く二回戦も4対1、三回戦は7対3と、大きく差をつけての勝利を収めた。
その間、俺は全部で2イニング、凪乃は3イニングの登板と、要所にピンポイントで起用されたのみで、基本的には温存に回された。
葵は入部してまだ一ヶ月ほどだが、一回戦と二回戦で代走要員として出場し、二回戦では回ってきた打席でヒットまで放っていた。
順調すぎるほどの結果だったが、試合終わりの監督の表情はいつも重かった。
この大会を優勝して全国大会に出場し、そこでスカウトからの注目を集めて凪乃を世界大会の選抜メンバーに抜擢させる、というのが、監督の当初の目論見だったのだ。
凪乃は同年代でもトップクラスの実力を持っていたが、いかんせん覇気が抜けてしまっていた。
かつて持っていた勝負に対する執念のようなものがなく、そのおかげでいい意味で抜けたピッチングができているとも言えたが、コースの甘い球も少なくなかった。
まだ相手との実力差があるから猛打は浴びていないものの、依然としてスランプ状態のままだった。
そうして迎えた、準決勝。
相手は、桜庭ファイターズ。
地域で20年以上続いている老舗チームで、OBからはプロも輩出していた。
かつての全国常連だった頃と比べたら、最近は優勝が遠のいているものの、れっきとした強豪チームだ。
事実、俺たちは去年このチームに敗れている。
整列し、試合が始まる。
先発に選ばれたのは凪乃だった。
つまりこれは、できる限り決勝に俺を温存させるという監督の策だった。いつもなら逆だったが、凪乃の状態を見れば致し方なしといったものだろう。
マウンドに立つ凪乃は、準決勝とあっていささか緊張の表情を浮かべていた。
そして、試合が始まる。
一番バッターの長身の男の子に、凪乃は鋭いストレートで三球三振で仕留めた。
続く二番手はサードゴロ、三番手はピッチャーフライで、あっという間に三者凡退となった。
攻守交代でベンチに戻る凪乃の背を俺は叩く。
「いい感じだな」
「うん!」
事実、今日のピッチングはいつもよりよかった。
程よい緊張感がそうさせているのだろうか。
最近は練習もそこそこにしているからか、端から見ていても、肩が軽い感じがする。
一回裏、カルムズの攻撃。
ファイターズの先発としてマウンドに立った選手は、やたらと小柄だった。
「……………女の子?」
葵がオーダー表を見る。
先発として書かれていたのは、栗原莉里(くりはらりり)。
まだ4年生だった。
「エースを温存ときたか」
隣に座っていた監督が腕を組み唸る。
「4年生をマウンドに立たせるとは、うちも舐められたもんだな」
一番バッターの凪乃が、バッティングボックスに立つ。
少女は腕を振り上げる。
身体を捻り、極端なほど足を振り上げる。
かなり特殊な投球フォーム。
そして投じられた球を凪乃は初球打ちしたが、バットの上をかすめて左後方へと飛んでいった。
ファール。
「球速は大したことないな」
「葵でも打てそうですね」
二球目は外角寄りのコースだったが、これも凪乃は振りにいく。
今度はタイミングが合っていたが、また芯を食わずに打球は真後ろへと飛んでいく。
ファール。
続く三球目。
独特のフォームから繰り出された球は、不思議な軌道を描いていた。
球速は、遅い。
「…………ッ!!」
凪乃は思い切り振ったが、軌道に合わせることができずにボール2つ分ほどひらいてバットは空を切った。
空振り三振。
「七海さんっ!あの子変化球投げましたよ!禁止されてるのに!」
葵が隣で騒ぎ立てる。
だが、俺は首を横に振った。
「違うんだ。あれはナチュラルスライダーなんだ」
「ナチュラルスライダー?」
言って、葵は首を傾げた。
確かに、栗原の球は緩やかな軌道を描いてバッターの外角へ曲がった。
だがそれは、スライダーをかけた時の急な曲がり方とは少し質が違う。
ストレートを投げたつもりでも、未熟ゆえに自然にスライダー方向へ曲がったり、シュート回転がかかったりすることが、少年野球ではよくあるのだ。
「あの子の投球フォームは綺麗とは言えないし、我流でやってるんだろう。だからきっと握りも、教えられても守ってないに違いない」
「だから、変な回転がかかっちゃうわけですか」
三振に打ち取られた凪乃は、悔しそうにベンチに戻ってくる。
きっと、球速が弱いから、思わず手が出てしまったのだろう。
続く二番、三番の打者は、変な変化に翻弄されてボテボテのゴロとなり、こちらも三者凡退となってしまった。
「あんな変なピッチャーに打ち取られるとはな」
遠坂監督は呆れとも怒りとも取れる微妙な表情で首を振った。
そしてまた、攻守の交代。
俺がバッターボックスからセンター方向へと走るとき、栗原莉里とすれ違う。
そのすれ違いざまに、目が合った。
彼女は、キャップを外していて、ピンクのアッシュの入ったおさげの髪が走るたびに揺れている。
「七海くん」
「えっ………?」
今、小さな声で名前を呼ばれた気がする。
俺は立ち止まり、振り返る。
彼女はもうベンチに戻っていて、悪戯気な笑みをそこから俺に向けていたのだった。
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