第83話

 場所を変え、窓先に走る背中を確認すると、風景を説明するだけの意味のない感想が口から漏れ流される。

「ジークフリードは早速ノートを抱えて出ていったみたいだね」

「えぇ」

「聞きたいのだが、シグフレドと彼、ジークフリードはどういう関係だ。知っているか?」

「えっと、見たままよ」

 やっと泣き止んだクラーラの表現の曖昧さになにか、不特定性を感じさせられてしまう。

「そうか、……兄弟、いや、父子か? じゃなくてもかなり近い血縁者か」

「え!? いやいや、違うわよ」

「違う? にしては見た目が何もかも同じすぎる。若い頃のあの人と似過ぎだが」

 暗い麻色の髪、少し焼けた肌、痩せ型で背も平均より僅かに低い小柄でありながら、不敵さその目の輝きから感じさせるくせに、臆病さを漏らす妙な声色。まるで、などではなく、僕が初めてシグフレドと会った時に胡散臭いと感じた過去の生き写しそのままだ。それなのだから、

「見て分からない? シグフレド様本人よ。言うなれば、若い頃のシグフレド様とか、過去の預言者、預言者になる前のシグフレド様って言ったらいいかしら?」

「……ん?」

「わかりませんか、……同一人物というか、シグフレド様の予言を回避しすぎた結果見失っていた、かつてシグフレド様と同じ過去を持っていたはずだった人よ」

「…………? ごめん、わからん。いや、分からなくはないが、何を言っているんだ?」

「だから、シグフレド様は昔、未来から過去に戻って未来の情報を『予言』と表現して教導会を立ち上げてマシンによる終末を回避し続けて」

「いやいやいやいや! 未来から過去にって、え、じゃあシグフレドってアイツ! 20年くらい前から……そうか、あー、うん。なんとなくわかった。流石に冗談だろ。それ、本当はなんなの?」

「でも、顔が同じよ」

「似ているだけじゃ?」

「骨格からなにまで同じよ」

「そんなの見て分からないな。そもそも、未来からの云々ってマジなの? シグフレドに確認した?」

「ジークフリードがいるってことは、シグフレド様は未来人なの。そのことを確認したら、変な顔でうなずかれたわ」

「そうか、ならそうなるか……。……そうだろうなぁ」

 ジークフリードは予言が『未来の自分の体験の話』だったっていうのは、どうしてもバレたくない話だったんじゃないか? だとしたら、あんなに可愛がってたクラーラを教導会からも距離を離した理由は……。いや、

「……考えてみたが違うな。ジークフリードはシグフレドにはならない。なにせ……」

「なんで?」

 それを俺が今から説明するんだよ!

「どう考えても性格が違いすぎる。今でこそ悟ったように振る舞ったり落ち着いた物腰で応対できるが、それは年を取って落ち着いたからだ。あいつがグニシアを部下に預けて旅をしていた頃は、教導会を立ち上げて間もない頃は、俺が住んでた下町では……いや、やっぱり違うんだ。もっと、……臆病なくせに自信満々だった」

 言い方を少し考えて、組み立てながら話を続ける。

「余裕が無かったせいかもしれないが、かなり優柔不断なところがあった。今もそういった人間らしい要素はかなり多く含んでいるが奴のように、ジークフリードのように即断即決なんてものは最も縁遠い、良く言えば一本芯が通っているとも言えなくもないが、あいつは自分の主張をした後、相手の事情を時間をかけて待つ。だが、アイツはどうだ……?」

「なに?」

 少し言い過ぎたか、不機嫌にしてしまいそうだから、シグフレドの人格の話はここらで

「ジークフリードの足りないものだけで作った……鏡のような……、なぁ、お前から見てそんなにシグフレドの坊やとお前らの親父さんはそっくりなのか?」

「え、えぇ! 鼻や目の周りの骨の形とか、みんながなんで瓜二つなのがわからないのか不思議なくらい同じ形よ!」

「…………お前って、人の顔を覚えるのって得意だったりする?」

「えぇ、仕事柄密偵とかはよくやったから」

「俺でも知っているから昔の姿に瓜二つとしか……」

 考える。なぜ、こいつは骨格レベルで判別しているんだ? 奇跡の子同士の共鳴的な要素もあったはずだが、それがどういう感覚なのか生まれつきなんて奇跡の子の要素を持ってるタニスの王妃や、ヴァロヴィングの軍務大臣くらいしか知らない感覚だからな。

 ん? そうだ! 奇跡の子の性質って、過剰な成長性を基にした適応能力と引き換えに生まれつきの虚弱体質になるという要素と、知的、肉体的学習能力の低さのかわりに肉体的な衰えが全く訪れない植物的な限りない成長能力だったよな。なら、仮に

「そうだった! お前も奇跡の子なんだったならさ、人の顔を識別する練習とかってした?」

「それが? それは、密偵をしていたらその仕事が顔を見分ける訓練にもなるし……」

「意図せず鍛えられすぎたんだよ! その訓練で識別能力がな。奇跡の子の性質なら説明はつく!」

「それじゃあ、私の言うことを信じてくれるのね?」

「可能性はあるという程度だが、考えられるもっと最悪な可能性を先に確認したい」

「最悪な……? なにがあるの」

 もし、骨格レベルで似ているのではなく遺伝子が同じものなのだとしたら……、それが意図してそうなった可能性も、

「やつが人造人間である可能性だ。王国内でのジークフリードの出生に関わる情報を調べることを頼めるか? 俺は、あいつの細胞サンプルを適当な理由をつけて回収して地元の捜査官に頼んでシグフレドとの遺伝子上の同一性を確認する」

「そんなことって、……いや、たしかにありえなくは……ないかな。彼の父はシグフレド様の信奉者だとジークフリードが自分の口で言っていわ」

「……あくまで可能性だ。否定できればいいが、否定できないとどちらか分からないという状況になると俺は思う。最悪が否定できず常に想定しなきゃいけない状況って一番対応しずらい状況なんだ。しないという選択肢もないからな」

「てっきり彼は分岐した過去のシグフレド様なのかと」

「それも可能性だ。不確定な内にお前がそう思うことは自由だ。だがそれはそれで確認して、他の可能性を排除することもどうしても必要なことだ。……俺はシグフレドにこの情報でどうするか反応を確認する。それが終わるまで、今ここで出たいくつかの考察は内密にしておけ。もしかしたらシグフレドにとって触れてほしくない苦痛の可能性がある。もし、やつの逆鱗に触れる内容だったとしたらお前が手を切られた本当の理由が見えてくる」

「ぇ!? それって」

「それも可能性だ。可能性に過ぎないからこそあらゆる情報を集めるぞ。それ次第ではできる対応も変わる」

「つまり、ジークフリードに対する調査を、私はシグフレド様の過去の姿と仮定して、貴方はクローンと仮定してあらゆる可能性を調べるということね」

「あぁ、否定はしない……王国内での動きはアンドロマリーに手を借りると良い。過去に遡っても不審な点が出ないならそだけで安心できるのだから十二分の成果だ」


 ◆


「クーングンデさん?」

 かけてきた若い派遣メイドの年長のお姉さんが水筒と包をもってかけてきた。

「ジークフリード様、お昼の薬を飲み忘れてますよ」

「あぁ、ごめん……」

「お水をどうぞ」

「ありがと」

 舌の奥の方の載せた粉ぐずりを水で流してできるだけ味を感じないように喉を通して腹へ溜める。

「あなたの力になれてなによりです」

「ねぇ、ちょっと聞いて良い?」

「なんでしょうか?」

「『義賊コロン』ってなに?」

「えっと?」

「あんたが僕がその義賊なんじゃないか? って思っているみたいな話を聞いたけど、僕は義賊じゃないから否定しておこうと思って」

 実験用の土を晒した窪地を取り囲む草原で研究者に見られながら、他愛もない話をしておく。

 魔道師たちは今、召喚関係の式を話すには人目のある場所ではあまりできないものなので、相互監視してエイリアンの持つ魔法を分析して新しい魔術の開発にご執心だ。

 連邦から来た彼らも、東の王国の研究者もオリエントかた派遣された研究者も楽しそうに、魔法を魔導理論に落とし込む努力をしている。

「あの、あたなは6年前に私達を、マフィアの拠点を殲滅したあとに救出してセシリア様の下へ送り届けてくれましたよね」

 それは、心当たりがある。

「あぁ、やったな。確かに、そんなこと、あの時はあまりに治安が酷かったから、一部法的に時効とはいえ虐殺したって話なはずだけど。……もしもの際は、アンドロマリーに泣きつかないとどうしもようもないくらいバレたくない話だったなぁ」

「そんな! 申し訳ありませんっ、まさか」「いや、いいよ」

 イガイガする昔のあの感情を懐かしむ、

「あの行動が間違ってるとは思ってないし」

「……あの時の囚われていた女の一人です。私はアタナに助けられたことを感謝しています。今でも心から感謝の想いを抱かさせて貰っています」

「うん……ところで、『義賊コロン』ってなんでそんな名前なのか知ってる?」

「犯行声明に『死因:』って書いてから悪事を綴っていたじゃないですか!」

 涼しい風に聞かれても良いのか? と汗が柔らかく拭われる。

「そうだったかな。本気でムカついたから……なんで殺したかできるだけ書いてたのは覚えているけど……そういえば、文頭はいつもそんなのだったな」

「はいっ!」

「そうだったね。そうだったな。うん、そうだった気がしてきた。じゃあなんで『義賊』なの? 侵入はともかくなにか盗んだ覚えは無いけど」

「えっ!? …………いや、マフィアや人攫いを討伐して回るので、正義のために悪を討つ、『襲う人』というニュアンスの義賊の『賊』だったのだと……。辻斬り扱いしている体制側の人も、盗賊だと思っている人はいないので」

「そうか。そういう意味ね」

「でも、いえ、……すみません。私達の前で普通に金貨盗んで渡してましたよね?」

「……そうだっけ? そうだった。そういえば……、そうだね。……たしか、医者に渡すときとか言って、マフィアから奪った金押し付けて頼んでたんだった」

「流石です」

 どうしよう。あのあと身内にバレて殺され父さんに殺されかけてマフィア狩りを辞めて閉じ込められてたからあんまり良い思い出じゃなかったんだけど……。

 無駄じゃなかったんだな。

 クーングンデさんの未来は守れたなら、あの時の僕の行動は正しかったと証明されたんだ。きっと、僕を怒鳴ったお父さんは間違ってたんだ。って……、


 ◆ ◆ ◆


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