第5話

 そうして、レンガ造りの建屋の金属製の妙に重い扉を開いて中に入ると、中にいた事務作業をしている人や、武器を装備した何人家から視線があつまる。

「あ、どうも」

「おじゃまします」

「えーっと、窓口は……こっち?」

「えぇ、ご依頼はこちらです」

 事務作業をしていた男性が席を立ち、それらしき場所に座った僕らの、対面に当たる仕切り越しの位置に座る。途中別の職員が立ち上がったが、手でなにか合図しわざわざ自分の方がこちらへ来た。

「これ、紹介状、です」

 男の立ち振る舞いに僅かな威圧感を感じてしまい、かなり緊張してまう。

「よく来たね」

 満面の笑みで迎えてくれるその男性、鍛えているんだろうなという体つきもそうだが、やや高品質な服装をしているのだからある程度稼いでいる立場なのだろうとは推し量ることができる。

「はい、紹介状を確認した。ジークフリート・ラコライトリーゼでいいね? 俺はイェルク・シュミットだ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 読み上げた男性はずいぶんな笑顔だ。ご機嫌なのだろうか? それとも、応対だからか?

「帝国までの往復、滞在を予約していたモウマドの男女二人組……手紙ではわからなかったけど。ずいぶん若いが、恋人かなにかかい?」「いえそういうのではないです」「まぁそういうのとは違うね」

 ユーリの食い気味の反応は少しさみしいが、即座に否定するもんだから僕もかぶせ気味に否定を合わせてしまう。

「へぇ、わけありかな」

 ある程度口裏を合わせはしたが、やはり、ユーリが異世界人であることがバレると不味い。強張ってユーリに視線を向けてしまう。当のユーリは指さきの爪を見つめながら動かして興味なさそうに見える。

「まぁ、どうでもいい。問題が起きた時は、……それこそ契約次第だ。期間内は違法行為をしても守れという契約なら手伝いはしないが守るだけはする。それが傭兵ってもんだ。ただし、契約終了後はしっかり兵士に通告する。そっちは倫理ってもんだ」

「へぇ、そのときの、……値段はだいぶ違いますよね」

「まぁ、普通の依頼の数倍はね?」

「どの道僕らには関係ないし、払えない契約ですよ」

「そうか」

 笑顔だが、推し量るような視線も感じる。異世界人と見分けることは無いだろうが、なにか態度から感づかれたか? あまり感情を隠せていない自覚はあるからな。結構苦手だ。

「予約通りに人を雇えたら、これは前金の手形です」

「そうか、モウマドのお嬢様から送られた紹介には、なるほど、男女の傭兵を一人ずつ雇う予約になってるね。……あぁ、それと……依頼とは別に同行する傭兵が増える可能性もある。予約以上に料金を取ることはない、ただ目的地が同じ者がいるので勝手に同行することがあるってだけで」

「あ、そうですか、そういうのもあるんですね」

「出発タイミング次第ではもしかしたらという話でしかない。まぁ、もしかしたら予定より傭兵が多いかもっていうわけだ。他の依頼主と一緒に送るわけではないからな、この契約は」

 ユーリを見るが、さっきとほぼ同じ体勢で指を見ている。話を聞いてないのか?

「わかりました。構いませんよ。では、いつ頃に出立できます? あ、ペン借りますね」

 渡すための銀行手形に署名と拇印を押し差し出すと、男はうなずく。

「はい、予約通りの額、確認しました。と、明日までに空いている人員を確認して、明後日以降に出立できるかどうかが分かるな」

「では、確認には、ここにくればいいので?」

「えぇ、明日来てくれ。いつ出発するか決まっているだろう」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 すごい威圧感のある笑みだが、接客業でもない傭兵って事業は舐められると商売が成立しなくなるっても聞くものだから、ある意味あの笑顔も生き残りの戦略なのかもしれない。


◆ ◆ 


やかましい商業区画でユーリの物見遊山に付き合い食事以外ただ見るだけで時間を潰し、この街に入るときに通った堀の橋が見える位置の住居区画にある宿にチャックインしに向かう。

 木造住宅が主流のこの周辺でこの建物は『レンガにしては落ち着いた』と、言った範疇ではあるが、素材が違う宿になっているため、場を乱していないのに目立つ良い建物だと思える。

 宿の奥のレストラン区画が少し覗けていい香りに興味が惹かれるが、先に部屋を取ろう。フロントで2日分の前金を払って署名が必要な用紙をもらう。

「部屋は一つでいいわ」

 宿のフロントで部屋を2つに分けて取ろうとした僕に、ユーリが言うが。

「いや、だめでしょ。僕も男なんで」

「旅費もなにもかも貴方持ちでしょう? 私のために無駄金を出させさせたら申し訳ないわ」

「僕が勝手にやってるんだから、いいんだ。一応、旅に出る時土地とか売ったから銀行から引き出せる路銀にそれなりに余裕があるし」

「命も助けてもらったもの」

 「それに」手を上向きに広げ、やれやれといった振る舞いでさらっと本心を告げる。 

「今更、命よりは操くらい捧げた方がマシかな? って」

「信用していないんじゃないのか?」

「守ってもらえる理由が、貴方から見えてこないから。そういう行為が必要かな」

 打算で捧げられてもなぁ。

「そんな変かな? 義務を果たすことが」

「不自然よ」

「……あぁ、そうか。ならそうだな『一目惚れした』とかって理由と、『心からの信頼を得てからそういう行為を』って考えているとかそういう感じの適当な理由をつければ自然になるだろう?」

 首をブンブンと振られ、ソレは違うと。

「絶対嘘じゃん!」

「そうかな……?」

「いや、そんなとってつけたような言い方をされたら、直接『これは嘘だ』って言ってるような言い方でしょう?」

「そうだね。建前以外のなんでもないし、そう見えるかもね」

 お互いから笑いするが、フロントの受付が困惑して「どうなさいます?」と促されたので、

「もういいや、一つの部屋でお願いします」

 完全に痴話喧嘩だと思われてるな、苦笑してしまう。



 「結局のところ、魔法っていうのは、ハッキリとした定義や具体的なものがあるものじゃないんだ。どちらかというと哲学的な概念や、学術的な命題につける傾向がある。だけど、魔法使いっていうのはよくわからない能力を生まれつき持っているやつの……後天的なのも含めるんだけど、あぁ、やっぱりこっちも定義が曖昧なんだ」

 傭兵詰め所の横に隣接して繋げられた酒場、というか酒場風レストランで味の濃い肉と味の薄い芋の帝国の文化圏ではよくある軽食をとりながら、魔法に関する話をする。

「まぁ、勝手に起こる大きくて不自然に見える自然現象は全部魔法って言うわけ」

 帝国以外ではあまり食べられないというか、避けられがちな芋だったが、問題なく食べるユーリの姿に案外、彼女の故郷では似たような食事があったのか? と、想像しながらその思案は異世界に関する情報であるからして、それだけで禁忌であることを思い出し忘れるように努める。

 少なくとも、街中でだけはそんな話はしないよ。

「なんだけどな。これも、あくまで僕が学んだ学術書の解釈を僕なりに消化した認識で、魔法がなんなのかを断定できる人は実際のところこの世界にはどこにもいないものだよ」

「そう、じゃあ魔術とは何が違うの?」

「名前の通りさ」

 食事をユーリより後に終えて、ナイフとフォークを皿越しの垂直に並べる。それに習って、ユーリも同じように置くと近くに居たウエイターに合図して食器を下げてもらう。

「魔法は学問における法則で、魔術は法則を使った技術のことを言うんだ」

 水を購入し、喉の乾きを潤す。

「魔法を魔道学って学問で分析した結果、人類が手に入れた人間に流れる魔力を用いた技術として魔法を再現する技能のことさ。それが魔術で、その魔道の学者は魔導師って呼ばれてる。例えば、魔力の掴み方を教えて法則を覚えたらたぶん、ユーリもなにかは使えるはずだ」

「え、できるの! かなり興味があるわ」

「わかった。食べ終わったら自分に流れる魔力の掴み方を、その後は使い方を教えるよ。使うのはまぁ、僕には一部、才能がなかったが魔道を情報として開発する程度には頭にありったけ詰め込んでるからさ。そこらの人よりはできる程度だ」

「……魔法って誰でも使えるものなの?」

「いや、そんなことはないね。魔法を使う魔法使いっていうのは、極稀に生まれるけどそれが自覚することなく生涯を終えることが多いとも言われているし、実際は使えたところでどうしろっていう現象を起こせるのが大半。魔法は生まれつき体に入ってないと」

「間違えたわ。魔法じゃなくて、魔術って言いたかったの。ごめんなさい」

 声を潜めて心配する彼女に苦笑してしまう。

「そう……魔術は、数学と読み書きができないとどうにもならないね。たぶん、仕事に必要ないなら使えない人は結構多いと思うよ」

「そ、そうなの?」

「生きるだけなら必須ってわけじゃないし」

 会話して少し息が切れたような合間で、いきなり同じテーブルに男性が座った。


「ひさしぶり!」

 一瞬誰か分からなかったが、声を聞いて理解した。

「……あ。うわっ、ゼフテロか?」

「そうだ。久しぶりだなぁ! たぶん5年ぶりになるのなか? 俺が、出ていってから」

 それが誰か理解してしまったら嫌な思い出を思い出し、血の気が引いて目眩がするような感覚を覚え、歪んだ笑顔であろう挨拶をする。

「久しぶり……うん、そうだね。4年と2ヶ月ぶりだよ」

「あら、知り合い?」

「あぁ、同郷の、というか幼なじみだな。色々あって俺は帝国の方で色々活動してるけど。昔は村中にいた元兵士のおっさんから一緒に剣術を学んだり、フリッツから直接魔術を教えてもらったりもした。言ってしまえば同門の兄弟弟子であり、俺の魔術の師匠みたいな関係だ」

「言い方で、ずいぶんと綺麗にもなるものだね」

「なんだ、元気ないなぁ。コルネリアとは上手く行っているか?」

「あ? ――――――! チッ……知らないよ。あんな人のこと」

 こわばる顔に笑顔がひきつる幼なじみに、申し訳ない気持ちとやるせない怒りがこみ上げる。

「どうしたんだよ。え、なんか喧嘩でも」

「知らないって! 本当に知らないんだ……。3年前からもうあの村には居なかったんだよ」

「なにが?」

「……村を出た君が興味を持つ資格はない話だ。僕にもだ、帰るまではそんな資格はない。だから、話す理由もないし、話したくない。本当に思い出したくないことなんだ」

「…………」

「すまない。今の詭弁は流石に自分でもどうかと思った。取り消させてくれ」

「あ、あぁ、そうか。その……」

 一度視線を泳がせて、再び僕に向き直ったゼフテロは口を開いてから言葉を探し出す。

「なにはともあれ、久しぶりにあえて嬉しいよ。えーっと、俺が普段滅多にこない王国側の傭兵組合に顔を出したら再開できて、俺は最高に嬉しいぞ。はは」

「ゼフテロ、あー、そうだな。嬉しいのは僕も、否定はしない」

 否定できないことすら苦々しく感じるが、まぁ、どうでもいいか。

「色々聞きたいけど、解放軍はやめたのか?」

「割とすぐ、なにかする前に抜けた。その後に俺が参加したのは解放運動。あくまで政治的なやり取りで、暴力的な運動と一緒にできないようなものだ……」

「……あぁ」

 目を背ける。彼にその顔を合わせられない。僕は彼のことが嫌いではないが、彼が村を出て別れた際に苦々しい感情があったからどうしても苦手に感じてしまう。あの時の僕は色々と無頓着で、酷い怒りを買ってしまった自覚もあったから、余計に苦手な気がしてしまう。

「なんか、調子悪いのか?」

「いや……」

 息を吸う。息を吐く、大きく吸って声をだして、頬を軽く叩く。

「あぁ、そうだ。……うんっ! よし! もう大丈夫、元気なくても空元気する。空元気でも僕自身戦わないから別に歩けるなら問題ないね! どうだっていいことだ」

「そうか、あぁ、そういやそういう性格だったな。お前は、で、その子はだれ?」

「ユーリ・サトーだ。今は彼女と一緒に旅にでるところ」

「旅の道連れにしてます。ユウリです」

「そうか、俺はゼフテロ・フォルトゥーナだ。フリッツをよろしく頼む」

 そう言って差し出された手をユーリは握り返す。

「私がよろしくされますよ。どうも、はは」

 自嘲して笑うが、気は楽そうだ。

「あ、で、ここにきた理由だけど。女性の傭兵を抑えるのに少し時間がかかるから出発は5日後になりそうだ」

「5日か」

「イェルクさんに頼まれて、これを伝えに来た。ついでに俺は同行する一人の予定だから出発まで休みもらった」

「あぁ、わざわざありがとな」

「俺の本心としては旧友と遊びたいというところかな」

「あぁ、それなんだが予定があるんだ。ユーリを……」

 彼女に5日間にやらねばならないことを説明する。

「出発までユーリには最低限護身できる程度の魔術を覚えさせておくから、魔力を掴めるようにさせるには、……」

頭の中で作業工程とそれにかかる時間とそれにより消費される日数を指折りして数えてみる。

「まぁいけるだろ」

「いけねぇよなぁ! そいつが天才って基準で話してんのか?」

 ゼフテロに否定されるが、そうはいってもなぁ。3日あればだいたいは

「いけるいける。一応、タイムスケジュール的には余裕あるから」

「……? その魔力を掴むってどうやるの」

「あぁ、それはな、結構原始的なやり方になるんだけども」

 ユーリの手を握り、手の魔力の感覚的な部分を四肢のように能動的かつ本能的に動かす。

「こうやって手を合わせるだろ? こうすると」

「なにこれ!」

 彼女は僕の手を払って胸元に抱え込む。

「なんか、すごい引っ張られるっていうか、ゾワゾワきたんだけど!」

 隣で飲料を呑んでいたゼフテロと目を合わせ、「まさか」という感想を表情だけで共有する。

「それは、奥底に眠ってる魔力を感じたからで、あぁ、その感覚に慣れて自力で引き出せるようになれば基本的な魔力の生成はできるようになったってことになる」

「そ、そうなの、先に説明してよ」

「いや、まさかと思ってね」

「『まさか』って?」

 飲みかけのコップを机に置くゼフテロは困惑したように唸り、

「そりゃあ、な、一発で感じるってことは無いから、え、本当に初めて? いや、初めてだよな。感覚に驚いてるわけだし、あぁ、冗談だったつもりだったが本当に天才だったってわけか」

 言い終えるとカラカラと笑い出す。

「どこで見つけたんだ? こんな逸材」

「…………」

「あー、っとその」

 黙るべきか、そう思案していたらユーリがなにか適当なことを言おうとするそぶりが見えるので、適当で曖昧な回答をかぶせ気味に述べる。

「人売りかなんかに誘拐されてたっぽい。断定はできないけど」

「……あぁ、辛いことを聞いたなすまない」

「いえ、大丈夫ですから、いいんです。頭を上げてください」

 謝罪したあとに、険しい顔になりゼフテロは疑問を口に出さざるをえない。

「お前、そういうの嫌いだもんな。昔から…………なにかにまた首を突っ込んだのか?」

「わからないけど、近くの工業街から兵士が派遣されて調べてる。本格的な調査が始まる前に村を出た形になるから詳しいことはわからないけど、帝国での用事を済ませたらこの街に帰る途中で彼女のために足跡を濁そうと思う」

「あ? また狙われるとかか」

「条件次第だろう。何もわからないし、人さらいの目的が儀式魔術に使う贄の可能性が高い。だから、兵士になにか仕掛けられる前に逃げてきた」

「兵士に裏切り者がいるって?」

「不都合な疑義が起きてからでは対処できないだろうね。それに……」

 「不都合な疑義って?」投げかけられたゼフテロの疑問をさておき反応に困るようなセンシティブな話題に話を逸らす。

「村に居たくなくなった……色々あって僕も旅に出たくなった」

「…………そうか、親父さんも、これで反省してくれるといいんだがな」

「……そう」

 何も言うまい。


 ◆ ◆

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