第6話

「じゃあ、続きだが、いまの感覚を反復的にやって自分で引き出せるようになれば今日の目標達成でいいだろう」

 そうやって手に取り何度か同じ作業を繰り返す。繁忙時間帯ではないとはいえ、レストランで十数分も続けるようなことじゃない。その間レストランに居座るものだから、適当な王国風魚料理を頼む。これで文句は言わせない。

「やっぱあれだな、王国って基本は味が薄いんだね」

「料理のことか? つっても、帝国の料理って最後に入れる調味料と材料が全部なところがあるからなぁ」

「そう? そこまで薄いとは思わないけど」

「薄い味全般が好みじゃないだけで、美味しいとは思うんだけどね。ここの店、普通に美味しいし」

 二、三時間訓練して、ノルマも達成したので店を出て物見遊山する前に適当な料理を頼んで文句を言いつつ食べていると、見知らぬ少女がカウンター席から僕らの隣、ゼフテロの対面に位置する席に座り「終わった?」とだけ質問。

「えっと?」

 意図を測れずにいるとゼフテロが親しげに答える。

「あぁ、街を見て回るってこれが終わったら」

 ゼフテロの知り合いか、

「はじめまして、トリタ・フォルトゥーナと申します」

 眠いのかと思うほど無表情な……体つき的に十代前半序盤くらいのか? 傭兵のたまり場に居ることは不自然だが、親御さんが傭兵づとめの子供と考えると不自然でないくらいの年齢。

「はい、どうも、ジークフリート・ラコライトリーゼ、長いので基本的にフリッツって呼ばれてます」

「はじめまして、ユウリ・サトウです」

 目が動き、言葉を探しているようだが、彼女がなにかいうより先に僕が言ってしまう。

「その……」

「ゼフテロの親族かなにかなの?」

「え」

「だってファミリーネーム同じだし」

「いや、別に血縁とかじゃない」

 説明はそれ以上なにもなく、ゼフテロは何も言おうとしない。

「家族……みたいなもの」

 トリタがそう言ったから、なにも聞くべきでないのかもな。

「え……結婚!?」

「違うだろうが」

 ユウリの間の抜けた回答に思わず正してしまう。

「え、血縁じゃないって、なら」

「そうなれば、ね」

「そういうのじゃないから、俺が預かっている」

 顔を赤らめて年相応にませた反応でくねくねと身を捩る。トリタに無難な返事を返すゼフテロ。なにか訳ありなのは察したが、まぁ、気にするべきでないな。

 そう思ったが、ユーリは空気を読まずにトリタを煽る。

「えぇ、ってことはゆくゆくは、ゆくゆくままにってこと!? そうなの、ねぇ!」

「……えーっと……、……あぁ、そうだな!」

 ゼフテロが何を答えるか本気で困惑して結果ひねり出したのが肯定だった。一瞬で汗拭きだしてる……。

 そんな様子と反比例するようにユーリはキャーキャーと興奮して、赤くなる頬を抑えて身悶えするトリタに「どんなところが好きなのか」ただそれ一つで質問攻めを開始する。

「粗暴なの雰囲気なのに事あるごとに気配り始める繊細で力強いとことか」「ギャップって大事よね。どんなときとか?」「えーっと、なんか話してて……いや多すぎるわ」「いやーべた惚れね」「……うん!」「どんな……――――」

 会話内容自体にあんまり意味はなさそうだ。

「なぁ、トリトラじゃないんだな」

 二人に聞こえないようにボソリと吐いた意地の悪い質問に、友は息を呑む。

「いや、理解した。彼女の名前、君と同じような由来なんだねって」

「ん、あぁ」

「運命の相手かもね」

 そういうかしましいノリに火種を吹いて談笑に混ざる。

 偽名にするなら、名前の由来を合わせたりするんじゃないよってしか、思うことはない。


 他人の色恋沙汰への興味など、男も女もない、若ければ姦しく興味をそそられるものだ。

 ――――この頃からユーリも自然体というかなんというか、緊張が溶けてよく笑ってくれるようになった気がする。後から思い返してみるとね。


 ◆


 レンガ造りの街を4人で見て回って食べ物屋と鍛冶屋をそれぞれ10件ほど見て回るが、ユーリは興味は惹かれてるようだが商品というより建物というか、街並みに興味があるらしい、

「そういえば、商業街と居住区で建材がだいぶ違うよね?」

「ケンザイ……?」

「あぁ、建築資材、居住区は木造なのにこっちはみんなレンガ造りばっかりってこと」

 そんな質問をトリタに聞くが、「あぁ、気づかなかったよ!」と発見に対する反応を受ける。

「前にフリッツに質問したら、『治安悪いから放火対策』とか『製造業が多いから耐火』してるんじゃないか? って想像で返事されたけど、結局どれもピンとこなかったし何が正解かなって」

「あぁ、ふふ、それはまた、想像力豊かだな、フリッツ」

「ごめん、適当に答えたのは確かだけど」

 ふざけた回答を恥じるとゼフテロから常識的な回答、

「この街が大きくなったのが帝国崩壊あとだからだよ。街自体はその前からあったんだ」

「一気に大きくなったのね」

「あぁ、塀を延長する際に区画を分けて、新しい街はほぼ同じ時期に建てられた建物ばかりだから素材が同じものになったってだけさ、旧帝国近くの王国の街はこういうの結構多い……とはきくな、実際に全部見たわけなじゃないからそれ以上言えないけど」

 なるほど、と、頷いていると

「ねぇ、さっきの鍛冶屋のアクセサリー、もうちょっと悩んでいい?」

「あぁ、いいぞ……時間もいい頃だな」

 空を見てゼフテロは「じゃあ」と

「フリッツ、今日はここらへんで明日宿へ押しかけるからな……あと、本当に普通の剣は要らないのか?」

「あぁ、また明日、剣、大丈夫だね、これでいいよ」

 そういって腰の両側に差した本来の方向と逆方向に大きく婉曲したサーベルに手をおいて撫でる。

「ショーテルなんてマイナー武器見つけるのにだいぶ、回ったが、本当に使えるのか?」

「どうだろ?」

「どうだろって……」

 額を抑えてゼフテロに呆れられるが、別に僕も考えなしってわけじゃない。

「どうせ鍔迫り合いになったら本職とじゃ鍛え方が違うんだ。力負けが確定してるんだから、切っ先を敵の鎧の隙間に差せるくらいじゃないと護身武器にならないかなって。……それに、な」

「それに?」

「殺すだけなら十分すぎるだろ。それで、剣はともかく鎌なら使っていたから、新調するなら使いやすいものをってね」

「……農具感覚だったのか、とういか鋒を当てたところで、なにが、いや、相手をひるませるだけなら十分か、いや、そもそもお前が力負けするほどか?」

「何を言っているんだ? お前は僕の魔術を知っているだろう」

「いや、すまない知らないフリをしてんだよ! ま、いいか。待たせたなトリタ、いこうか」

 話を切り上げて手をひらひらと振りながら、ゼフテロはトリタを連れて何件か前に見た店のアクセサリーを見に行った。


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